「20センチュリー・ウーマン」 | やっぱり映画が好き

やっぱり映画が好き

正統派ではない映画論。
しかし邪道ではなく異端でもない。

【ネタバレ】あります。すみません、気を付けてください。

 

マイク・ミルズ監督の最新作はやはり期待を裏切らぬ。三者三様の女性と男性(少年)が悩みを抱えながら時に衝突をして人生の瞬間を肌で感じ取っていく物語。監督もお気に入りだが、今作は大好きな女優、グレタ・ガーウィグとエル・ファニングの二人がでている注目の一本。さらにこの作品の主演として好演するアネット・ベニングがイイ。悩める母をそして1979年という時代の過渡期に晩年を迎える女性を演じている。

 

時折社会と衝突する主人公はいささか労力を伴うアウェー感を避けるかのごとくルームシェアの住民や近所の人々を招待してパーティーを催す。これから生活する世界が広がっていく思春期の息子ジェイミーはホームを大事にするシングルマザーの存在を邪険に思わず、少々変な慣わしを持つ女性として受け止めている。彼は父親の不在が影響しているのか、女性に対して尊敬と憧れそして性に対する興味がない交ぜになっている。

 

そんな悶々とした少年にグレタ・ガーウィグ演じるアビーは自身の病気を負い目に感じて半ば自暴自棄になりがちではあるが"女性"という境遇を生き抜こうとする姿として鮮烈に映る。大人の世界に踏み出したいジェイミーにアビーがフェミニズム思想を授けようとする挿話が面白い。

 

そしてエル・ファニング演じるジュリーは"女性"という境遇を性の対象ではなく"私"という唯一無二な存在を主張する。母親が主催するグループセラピーに半ば強制的に参加するもそこに己の居場所はなく、性に対して興味深々なジェイミーに"友情を大切に"とSEXをおあずけにして添い寝するだけの態度はお互いに性の本質を知らない少年少女であり、一挙一動に配慮する少年に対して残酷な言葉を浴びせる少女の悔やみきれないクライマックスは切ない名場面となる。

 

劇的な出来事が起きるわけではない、しかし彼らの人生の瞬間を描く少し変わった物語は私達の過去にもほんの少しでも通じている。人生の数年間共に暮らした経験は各々のその後の人生へと導いていく。悩める母親のあまりに幸せな笑顔はラストシーンに相応しく、老いていくことは決して脱落ではない、ひとつずつ積み重ねていく、そこに引き算はなく足し算として人生を謳歌しようではないかと"空の散歩"シーンが描かれる。賛同。

 

この作品の制作陣のセンスが好きだ、常にどこか改装している主人公達が住む屋敷の内装美術、そして衣装が、特にアネット・ベニングの赤と青を基調とした服装が場面によって変わることに嬉々としてしまう。おや、ファッションチェックをしながらの映画談義はどこか双子のオネエ…となると、あの少年ジェイミーに恋心を抱くのは実は"私"であり、名前も"ラガ"改め"ラガママ"とカミングアウトするのか、人生、先はわからぬ。

 

---------------------------

ここまで読んで下さってありがとうございます。
ブログランキングに参加しています。もしよろしければ、
↓下をクリックしてください。よろしくお願いします。


にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村