「アメリカン・スナイパー」 | やっぱり映画が好き

やっぱり映画が好き

正統派ではない映画論。
しかし邪道ではなく異端でもない。

【ネタバレ】あります。すみません、気を付けてください。

アメリカンスナイパー


クリント・イーストウッド監督の新作をようやく観る。なにせ高校受験を控える娘が連れて行けと熱望。ならば試験が終わるまで待たされての鑑賞。それまで関連記事を避けての隠遁生活にようやくピリオドを迎える。

主人公クリス・カイルは実在の人物。彼は9.11の映像に衝撃を受けて、それまでのロデオに興じる生活を捨て海軍に入隊、その後数回に及ぶイラク派兵を体験、並外れた射撃の腕前から"伝説"と呼ばれるようになる。帰国しても日常生活に戻れない彼は家族との溝ができて孤独に追い込まれていく…

"伝説"と呼ばれたクリス・カイル。160人以上射殺した彼は敵から"悪魔"と呼ばれ多額の懸賞金がかかる。その主人公の目線から物語る展開でしっかりとみせていく傑作。おススメ作品です。クリント・イーストウッド監督は贖罪を主題とした作品が多いのだが、今回は少し趣が異なる。主人公は己の行動を悔いるより正当化しようと苦悩する。それは戦争というものが、正義の名の下に行使されることに疑わない兵士の一人として、誰も責める事はできない構図となる。彼は罪人ではない、実は国家こそ断罪すべきなのだ。そう、これは大量破壊兵器があったという誤報に扇動された悲劇として語り継がれる史実である。

クリス・カイルは国家や家族、仲間を守るために戦場に向かう。しかし仲間からの敬意は戦場でしか成立しない。彼が除隊となり国民の一人に戻った時、国家は彼に何も授ける事はなかった、何も守ってくれなかった。無力なる己に失望し、戻る場所を見失った彼を家族は無条件で受け入れる。帰国した主人公が一人、バーのカウンターに佇むシーンは名場面として印象深い。電話越しの家族との会話は、矢野顕子の名曲「ごはんができたよ」の世界観にも通じる。クリント爺さんの近作にみられる主題、「許す」ことによる人間讃歌がこの作品においても描かれる。

ひとつ許されざる場面として、敵の元射撃五輪選手スナイパーと対峙するクライマックスでクリス・カイルが向けた弾道のVFXがずっこける。クリント爺さん、そんな演出するなよ、なんだ、マトリックスみたいな映像効果は、この作品に似合わないよ、誰かしら入れ知恵でも画策したの、これさえ無ければ名作だよ、ホントに。

余談。冒頭にふれた娘の合格発表、見事サクラサク。おめでとう、ありがとう。ようやく映画自粛期間が解禁。映画三昧。しかし自粛といっても、昨年末の「ゴーン・ガール」まで観てるからほんの数ヶ月のこと。クリス・カイルが体感した自律とは程遠い。

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