昨日パートナーに悲しいことを言われた。
内容は詳しく書かないけど。
言われたあと、
ただ悲しくて辛くて泣いた。
一人で部屋にこもってわんわん泣いた。
言われた直後は、
「どうしてこんなこと言うんだろう。」
「ひどいんじゃないか。」
「相手がおかしい。」
そんなふうに相手にベクトルが向きそうになるのだけど、
こんな時こそ、ただ自分の心の底から湧き起こってくる気持ちを
自分のために感じてあげるようにしてる。
心の底から痛いと思う気持ちも、
ただ悲しいという胸が裂ける思いも。
一人っきりの部屋で、相手に言いたいことも
全部全部泣きながら、独り言として言うことを「許可して」あげる。
許可してあげる、っていうのは
意識的にしないと人は頭で考えるから。
私も今までは、
「一人で言っても意味ない」とか
「感じても相手には何にも伝わらない」とか
「泣く側の方が弱くて惨めな立場」とか、
そういうことを考えて
泣けない、言えない、認められなかった。
でも、あえて自分のために意識して「許可して」あげる。
状況が変わる変わらないは関係ない。
そうやって、
思うままに湧き起こってくる気持ちを感じてあげると
ふっとおさまる瞬間がくる。
そして、ここで感じた悲しみや辛さは
後で大きな気づきにつながる。
その時は何もわからないけど。
痛みを感じることが「いけないこと」だと思って、
抵抗してしまうと感じることができない。
感じることができないと、その後の気づきができない。
先日見た何かの本にも、
「感情が自分だと思うから辛い。
感情は自分を知るためのきっかけに過ぎない。」というようなことが書いてあったけど。
しばらく感じきった後は、放心状態になって
また前を見て生きていかなくちゃいけないという気にさせられる。
そうしてたらもうご飯にしなきゃいけない時間。
昔の、感じ切れていない私なら、
「こんな嫌な気分になったのだから、ご飯を作りたくない」となっていた。
でも今回は
「一生懸命泣いた今日の私の人生を豊かにしてあげるつもりで、ご飯を作ろう」そんな気持ちになった。
人生を前向きにしようとする自分も誇らしく思えてくる。
そうしたら、パートナーと何事もなく食事をする。
さっき言われたこと、話していた内容は脇に置いておく。
これも昔は、パートナーと何がなんでも
はっきりさせないとと思ってた。
でも、置いておけるというのも大事だと思えるようになった。
パートナーとの関係を置いておけるというのは
自分の内面的な課題や葛藤も置いておけるということ。
気づきはすぐ起こる場合もあるし、しばらくこない時もある
突然何かのタイミングで起こる時もある。
でも、感情がスッキリしてるから置いておける。
出来事を置いておけない、どうにかしないとと思うのは
感情でスッキリしていないことがある時なんだろうなぁ。
そして今回は翌日、気づきに繋がった。
そこについてはまた今度ブログに書こうと思う〜。