死産から1週間後に書いた日記 | .:*:・臨月での死産~また会いたい.:*:・           

.:*:・臨月での死産~また会いたい.:*:・           

2014年
2人目不妊で 3年間の妊活・不妊治療の末、授かった息子を臨月で死産。
死産後の気持ちの変化を綴ってます。

2020年
小6の娘、不登校について綴っています。

死産してから1週間後くらい
親しい友人にだけSNSに公開した記事です。




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今日は産後の一週間検診に行ってきました。

亡くなってしまった、あの子。
娘がずっと「レンがいい!」と言っていたから、名前は「蓮」にしました。


ここから先は死産の内容になるから、見たくない人は見ないでね。
でも誰かに聞いてほしい気持ちもあって、
見ても暗くならない人だけ見て下さい。



37週の正期産に入って安心しきっていて、
娘も37週で産んだし、蓮にも
「19日にパパが来るから18日に産まれておいでよ」といつも語りかけていて、
出産は明日かな、明後日かなとウキウキしていた。
まさかこんな事になるなんて、思ってもみなかった。



赤ちゃんは入院して陣痛促進剤で陣痛をおこし、出産する事になった。
赤ちゃんが出てこようとする陣痛ではないから普通の出産より大変になる。3日くらいかかるかもしれないと言われたけど、
陣痛促進剤を使うとみるみる強い陣痛が来て
「あぁ、今日は18日だ。この子はきっと今日産まれる」
そう思った。
そして18日、16:30に蓮は産まれました。



亡くなった原因は不明で、蓮は綺麗なままだった。
「解剖しますか?」
と聞かれたけど、綺麗なままでいてほしかったからしなかった。


最初は現実を受け入れるのが怖くて
蓮を見れなかった。

でもやっぱり会ってみると、可愛いくて可愛いくて、愛おしくて愛おしくて、世界中の誰よりも大好きで…
娘そっくりな顔をした男の子でした。
入院中は蓮と一緒に過ごしました。たくさん抱きしめて。

蓮と過ごす最後の夜、花火大会があって蓮と一緒に窓から花火を見ました。
「今度は生きて産まれて来て、花火一緒に見ようね」って何度も言った。


出生届けを出す予定が死亡届けに変わり、
赤ちゃんを抱いて、授乳服を来て帰る予定が
小さな棺を抱いて、黒い喪服を来て退院する事になってしまった。


義理の父母も来てくれ、蓮を実家に連れて帰り、みんなで棺に私やパパの服、花、おもちゃ、蓮の服、スタイ、手紙を入れ、火葬に行きました。







しばらくは、なんで?どうして?
正期産まで来てそんなわけない。

安静解除で急に動いたからいけなかったのか。
胎動が弱いと思った時にすぐ病院へ行っていたら、
もっと大きな病院へ行っていたら、
あのまま元の病院の先生に診てもらっていたら助かったのか。

どこまでが夢でどこからが現実なのか分からなくて

すぐに使えるようにと、全て用意してあったベビー用品と、
一緒に過ごすはずだったこれからの時間を思って涙しか出なくて


薬を飲まないと今も眠れない。















不妊治療が辛くて
生理が来ると泣いていた私にみかねて
あの子はやって来てくれたのかな。
夢を見させてくれたのかな…。



蓮が来てくれてから私に与えてくれた喜びや希望は計りしれない。
本当に本当に幸せだった。
蓮には「ありがとう」って気持ちでいっぱいだ。

そう思うと、私にはもうこれで最後なのかな…
そんな風に思ったりする。



蓮が亡くなった意味は今も分からないし、分かりたくないけど。



娘は「また赤ちゃんお腹に来てくれるでしょ?」と言う。
旦那も泣いていて「すぐにでも妊娠出来るように、また先生の所へ行こう」と言う。


私はもうこれ以上頑張れない
妊娠するのが怖い、半分諦めの気持ちもあるけど…
旦那と娘の笑顔が見たい。
落ち込んでいるお母さんを安心させてあげたい。
だから前に進むしかないという気持ちがある。



今は正直、人に会うのが怖い。
あの大きなお腹を見れば、私が出産間近だった事はみんな知ってる。
同情の目で見られるのが怖い。
慰められたり、励まされたくない。
気を使われるのが辛い。

蓮のために用意した服や、蓮の写真を眺めて、一人でずっと部屋にいたい…。




だけど、蓮は私を孤立させるために産まれて来たんじゃないし
私を苦しませるために産まれて来たんじゃない。

私は今まで通り明るく、楽しんで過ごさなくちゃいけない。
蓮が産まれて来た意味をなくさないためにも、娘のためにも強くならなくちゃ!

と、思いつつ今はまだ誰かと話す気になれない……

まだ日が浅いもんね。
そんなにすぐ立ち直れるわけないよね…




他の人からしたらお腹の中で亡くなった子は、一人の人間として見てもらえないと思う。

だけど、私にとって蓮は娘と同じ愛おしい我が子。
顔を見て、抱っこして、一緒に過ごして、私は確かに蓮を産んだ。
娘は第一子、蓮は第二子、もし次に授かれる事があったらその子は第三子。
私には可愛い子供が二人いる。





身内のみんなが遠方からすぐに来てくれて、蓮を抱っこして可愛がってくれてすごく嬉しかった。ありがとう。

蓮、私たちを4人家族にしてくれてありがとう。
今はただただ、蓮に会いたい。それだけです。





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この時から、私は時間が止まっていると思う。





この時はまだ"子供との死別"について
この後から激しい
悲しみ、怒り、不安、恐怖、孤独感、焦り
など、コントロール出来ない程の苦しい感情に飲み込まれる事を分かってなかった。




子供の死は そう簡単に受け入れられるもんじゃない。
"立ち直る"って言葉も当てはまらない。
また、『突然死』は受け入れるまでに長い時間が必要だそう。








今と全く変わらないのは

ただただ 蓮に会いたい

って気持ち。










この気持ちは全然変わらない。

全く 一緒。









蓮、
会いたいよーーーーー(  ̄▽ ̄)!!!