■すいません。

いきなり謝罪で入ります。今、イロイロ立て込んでいまして、今回は短めに。

すいません。

いや、そんな期待されてるブログじゃないから、二度も謝らなくていいか。

 

今回はリストに無い解説作品ではなく、

『IN★PCKET』2005年9月号です。

ここに、

『ブックガイド 北上次郎的 横山秀夫論』という特集が載っていて、

ちょっと珍しいな、と思ったんです。

ただ、これがどこで買ったか思い出せない(笑)

裏表紙とかにも何も貼ってないし、値段の書き込みもない。

多分、「彩の国古本まつり」の8階文庫コーナーかなー。

いや、「四天王寺古本まつり」だったか?

 

そもそも表紙には北上さんの名前は無くて、

偶然手に取って開いてみたら、北上さんが「横山秀夫論」を書いていて、

「おおっ!」

と購入したことだけは覚えてるんです。

でも、そこだけ。記憶力衰えたなぁ(笑)

 

■それはさておき。

北上さんは、一人の作家の解説を引き受けるに際して、過去作品も遡って

網羅的に読み、その作品が生まれた流れも踏まえて読み方を教えてくれる方。

だからこそ解説の中身が濃いし、他の作品名が次々登場して、こちらの読書も広がるんですよね。

だけど、ミステリ・エンタメ系作家で「○○論」とまで銘打つほど強い思い入れのある作家と言うと、

その時、僕が思い浮かんだのは、

夢枕獏、大沢在昌、阿佐田哲也、志水辰夫、北方謙三、クーンツ、クリーニー、

昔の西村京太郎、谷恒生……くらいだったんですよね。

「え、北上さんって横山秀夫、そこまで好きだったんだ」

と新鮮だったんです。

 

で、『北上次郎文庫解説リスト』を調べてみたら……

「おお、書いてはる…!」(なぜ京都弁?)

『陰の季節』文春文庫の解説を書いてました。

なので、今回は、

『IN★POCKET』2005年9月号の

「北上次郎的 横山秀夫論」を紹介させて頂きます。

どこで見つけたか謎で恐縮ですけど。

 

■その冒頭、北上さんは……

 

「横山秀夫の小説が決定的に新しかったのは、

 警察小説でありながら捜査畑の人間を主人公にしなかったことだ」

 

確かに。

『陰の季節』は警察が舞台の短編集だけど、

表題作の主人公は、いきなり人事部だし。

『地の声』は監察課。

今でこそ、今野敏さんなどが起こした警察小説ブームで、

様々な部署に光を当てた警察小説が出ているけど、

ここまで徹底して、捜査畑以外の部署にこだわった警察小説は、

横山秀夫さんが先駆けかも。

 

そして北上さんが「決定的に新しかった」という理由は……

 

「これまでの私たちが知らなかった新しいドラマが立ち上がってきたからだ」

 

つまり、捜査畑は事件の犯人を追うことだけど、

管理畑の人間にとって「事件」は警察内部で起きた問題の処理。

そのため、外に漏れないよう内部で処理しなければ、というサスペンスが

生まれるとのこと。

ふむふむ。

例えば、『陰の季節』では、元刑事部長が天下りしたポストを「辞めない」

と言い出す「事件」。

何じゃ、そりゃ! 

そもそも、そんなことがあってえーんかい! 

と一般庶民としては憤りたくなるわけですが(笑)

数年で退いてもらわないと、次の天下り先ポストが空かないから、

人事部としては困る。

そこで主人公が探りに動く、というストーリー。

とはいえ、表沙汰になっては困るから、単純に追い出して事を荒立てるわけにはいかない。

この元刑事部長を納得させつつ、いかに期日までにポストを空けさせるか……

というタイムリミットサスペンスが生まれるわけですね。

そのため、主人公は、

「なぜ、誰より組織の掟を知ってる元刑事部長が

『辞めない』

と言い出したのか?」

その心理を徹底的に探っていく……

そういう「心理ミステリー」の側面が、

 

「横山秀夫にしか書きえない」

 

傑作を生み出した、と北上さんは指摘。

 

「横山秀夫の管理部門小説において派手な事件は滅多に起きないが、

 それでもミステリーは成立することを見事に証明してみせたのである。

 謎はむしろ、人の心の中にあることを、鮮やかに描き出したのである」

 

なるほど!

確かに、何かと話題になった『半落ち』についても、

妻を殺した、と自首してきた警察官の真の理由、心の奥の真実を探るため、

「空白の2日間」について、6人の視点で迫っていて、

ヒリヒリした緊張感とサスペンスだったもんなぁ。

 

■でもね、この分析で終われば、「一般的な横山秀夫作品の解説」という人もいたと

思うんです。

しかし、北上さんはここからが違った!

ま、だから、紹介したい、と思ったんですけど(笑)。

北上さんは全く違う、ある作家との共通点を持ち出してきたんです。

 

「唐突ではあるが、横山秀夫の小説を読むたびに、

 私はいつも阿佐田哲也の小説を想起する」

え!? 阿佐田哲也? 『麻雀放浪記』の? どうして?

読んでいて、ここで、思わず声が出ましたね。

 

「坊や哲がフリー雀荘に入って、見知らぬ相手と卓を囲むシーンを

 思い出すのだ」

 

それはまた、なぜ?

で、読んでいって納得しました。

北上さんによると、坊や哲は、対戦相手の「捨牌」に注目する。

 

「異様な捨牌を見て、なぜそんな牌を捨てるのか、その意味は何なのか」

「捨牌からその人間を読む」

 

ざわざわ、ざわざわ。いや、福本伸行か(笑)

 

「ゲームを描くことよりも闘う相手の心理を読み取ることのほうが」

「遥にドラマチックだという観点こそ阿佐田哲也の独自性であり

 新しさであった。

 すなわちギャンブル小説を心理小説に転換したことこそ、

 阿佐田哲也のオリジナリティなのである」

 

うーむ、確かに!

言われると、雀卓から動かず、捨牌から相手の心理を読んで勝ち筋を探る

阿佐田哲也の麻雀小説と、

署内での「事件」をめぐって、当事者の心理を読んで内部での解決を図るという横山秀夫の小説。

構造は重なります。

派手な事件は起きず、建物から一歩も出なくても、卓から動かなくても、

どちらも凄まじい緊迫感。

 

いやあ、さすが北上さん。

横山秀夫と阿佐田哲也かぁ。

思いがけない所から、全く違うジャンルの作家との共通点をあぶり出す。

北上さんの解説もまた、他には無いオリジナリティ。

唸らされつつ、

横山秀夫も、阿佐田哲也も、また読みたくなっちゃった次第……(笑)

という辺りで、今回はおひらきに。

 

あれ? 忙しいとか言いつつ、結構書いたな(笑)

すいません!