ー第六夜 バブルの夜、そのあとでー
あの頃の銀座は、少しだけ地面から浮いていた。
黒塗りの車が並木通りに連なり、
扉はひっきりなしに開き、
氷の音さえ、どこか景気よく響いていた。
やがて波は引いた。
灯りは落ち着き、笑い声は控えめになった。
街は静かに正気を取り戻していった。
けれど私は、2003年、横浜のマンションを離れ、
銀座まで歩いて帰れる場所に移り住んだ。
それは偶然ではなかった。
仕事の都合もあったが、どこかで私は、
この街の夜を生活の一部にしたかったのだと思う。
行きも帰りも、並木通りを抜ける。
コリドー街のざわめきを横目に、自宅へ向かう。
夜が日常になった。
バブルはとうに弾けていた。
だが、私の中では、まだどこか弾けきっていなかった。
「ひとりバブルですね。」
そう笑われながら、
一軒、また一軒と梯子をする夜があった。
終電を気にせず、時間を気にせず、
朝の気配が忍び寄るまでグラスを傾ける。
午前二時を過ぎると、
街の音は少し柔らかくなる。
三時を回ると、言葉は減り、沈黙が増える。
四時近くになると、空気の色がわずかに変わる。
酔いの向こうに、
どこか澄んだ感覚があった。
熱狂の時代が終わったあと、
街は少しだけ本質を取り戻した。
過剰な肩書きも、派手な約束も消え、
残ったのは、人と人の距離だけだった。
歩いて帰れる銀座は、贅沢だった。
だがそれ以上に、
夜と生活がつながったことが贅沢だった。
バブルの夜を知り、
その静まりを知り、
それでもなお灯りの下を歩き続けた。
銀座は浮かれもしたが、溺れなかった。
そして私は、
弾けたあとの街で、自分だけの小さな泡を楽しんでいたのかもしれない。
夜が明ける。
並木通りの石畳が、朝の光を受けて静かに輝く。
あの頃の「ひとりバブル」も、
今では柔らかな記憶だ。
《第七夜につづく》