はっしんのバンでる感じ

馬鹿なこと、楽しいこと、面白いこと、退屈なこと、つまらないこと。

日常には意味のないことなんて存在しない。意味をなくさせるのは自分の問題。

だから、僕は日常から何らかのエッセンスを抽出したい。

そして、そのエッセンスを自分のエッセンスに付け加えていきたい。


エッセンス [essence]
(1)物事の重要な部分。本質。真髄。精髄。
(2)芳香性植物から抽出した香りの成分をアルコールなどに溶かしたもの。香料に用いる。

 「バニラ-―」

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完全に止まってた更新


アユタヤ



もはややる気ないのか自分と思わせておいて、いきなりの更新でございます。



なぜ今更更新したかというと、それには多々理由があります。



1■ 書きたいことが増えてきたため。

2■ やることが微妙にあるけど、かと言ってやる気も起きず、PCを開いてしまうため。

3■ mixiをやっているが、mixiにはとても載せられない経験を「バンでる感じ」で表現したいため。

4■ 急に「バンでる感じ」が可哀想に思えたため。



そんなとこでしょうか。



約2ヶ月ぶりの「バンでる感じ」ですが、この2ヶ月間何をしていたかと言えば、

何もしていないと言っても過言ではないでしょう。



ただ自分は9月4日~11日までThailandに行ってきたことが、

人生レベルとして大きな出来事として数えられると思います。


特に上に挙げた3のような理由はThailandに関してことです。



このThailand放浪記は、書き出すと非常に長くなるので、

明日以降の毎日1日ずつ更新していくことにしましょう。


また、上に挙げた4つの理由のように、「バンでる感じ」を再開させようとした理由がありますが、

その気持ちにさせた理由、つまりは再開させようとした理由のキッカケもタイにあります。



タイに行って、僕はコミュニケーションと言葉の強い結びつきを感じました。


非常に当たり前のことですが、

元々日本語で何か物事を表現し、話し、相手に伝えるということを僕はある程度得意としています。

そして、相手に言葉で物事を伝えることに何の違和感も感じてはいませんでした。


しかし、今回のタイ旅行をキッカケにして、言葉の壁を感じました。


多くの旅行者は「言葉がなくても、心は通じる」と言います。それはまさしくその通りです。

僕も「心が通じる」体験を何度もしました。

ほとんど日本語が無理で、英語もしくはタイ語しか話せない人とからむ機会が非常に多かったためです。


「心が通じる」という体験は非常に嬉しい限りです。

特に、違う言語野のお互いが同じ意識を共有し、そしてその意識について「好き」「嫌い」を共感しあう。

それは、難関な壁を幾度と乗り越え、フィーリングをマッチさせることに困難さと達成感を覚えるからでしょう。


しかし、お互いの言語野がもし同じであれば、その困難さは必要ではないはずです。

(困難さを共有したことにより、芽生える連帯感的な意識はあるかもしれないですが…)


言語野がすでに同じであるなら、同じ時間でもっと深い話ができるはずです。


事実、僕はタイで「こういうこと話したいのに、これはどう言ったらいいんだろう??」と悩み、

表現することに無駄でもどかしい時間を要したことがありました。




「言葉がなくても、心は通じる」

これはもちろん正しいですし、共感できます。

でも、

「言葉があれば、もっと心は通じる」

でしょう。



とても簡単。


簡単で当たり前のことをちょっと上では難しく書きすぎましたね。

文章の書き方の練習をしているとでも思っていてください。



そんなこんなで僕は、言葉をもっと練習しようと思いました。

タイの人が母国の言葉だけでなく、英語、日本語、中国語を結構勉強している人が多いことにも感化されています。

最近、mixiでもタイの人と仲良くなりました。感化されすぎですかね。(笑)



言葉を勉強するに当たって、以前から勉強していた「中国語」、「英語」を本格的にやり直すことに決めました。

1日2時間は言葉をマスターしていく時間に当てたいと思っています。


こういうことを考えていると他にもたくさんやりたかったことを思い出し、

これからやりたいことをリスト風にして手帳にメモっている状況です。



そして、これが「バンでる感じ」を再開させようと思った理由のキッカケです。

自堕落の橋本

落書き



リアルに自堕落な状態。


0→1を作ることってすごく難しいことに気づいた。

興味あることだったらモチベーションも上がるんだろうけど、

いささか学校の研究は上がらない。


夏、何して遊ぼうかなぁなんて考えてるときが一番ウキウキする。

同じように0→1を作る作業なのに、計画立てるのは結構面倒だったりするのに、

楽しいことのためなら面倒なところが一番楽しい。


ダーラダーラしてるこの感じ。

気持ち悪くはないけど、非生産的な自分が悲しい。

メリハリっていう言葉をよく中学のときに先生から聞いたけど、

あの頃嫌いだった言葉が今は心に沁みて、その言葉を求めてる。



がっつり遊び倒して、研究に没頭、そしてまた遊び倒して…

なんて動き方が一番心地よく集中できるんだろう。


疲れ果てて、家に帰った瞬間にベッドに倒れこむなんてこと、ここ長いことない。







最近、体ががたついてきてるのも、心が寂れてるせいなのかな。

合コンでも、イベントでも、研究でも、旅行でも、自分の価値を見出せるように頑張りたいね。ほんと。






そんなこんなでブログに手を抜き始めてる自分にも痛さを感じる。




<今日のエッセンス>

メリ!ハリ!はっしん!!

あーあーあ。

怖い


また更新止まってんじゃねーかよ。

何してたんだろ、俺??


ちょっと思い返してみよう。






うん、思い返してもブログ更新できないほど余裕がないことはなかったね。

言うなれば、本ばっか夜読んでたかな。

夜に100ページぐらい本読むと、ブログの方が完全に頭から抜け切ってた感がある。


10日はずっと本読んでた。

11日は友達が夜に来て、ずっと熱い話を淡々と冷静にしてた。

12日は就活で知り合った仲間と飲み会、その後友達が泊まりに。



振り返っても、色々有意義に過ごしてるなぁと思えるから、

エッセンスは毎日溢れ返ってたと感じてる。


継続性がないのは、自分の悪い癖だけど、無駄に過ごしてた日をワケじゃない。


こうしてブログのネタを書くことで日々を振り返って、日々を再認識できることもブログの利点だと思う。




<今日のエッセンス>

最近本を読んでるけど、読んでる本は小説。あえて小説。

ビジネス系の本を読むことも大切だけど、

ボキャブラリーと言葉の表現方法を知るには小説が一番今の自分に適してるなぁと思う。


毎日が頑張らなきゃ生きていけない、なんていう日々ではないけれど、

惜しみない日々を惜しむことなく過ごしていこうと昨日の飲み会で再認識した。


ちょっくら更新止まってました


神

ここ二日間ほど更新止まってました。

友達の家に泊まりに行ったり、中国語の勉強や読みたい本を優先しすぎて完全放置でしたね。


まぁ、それは充実した日々を送ってる証拠でしょう。

と、自分に言い聞かせてみます。


何もやってないときにブログを更新してるわけだから、

ブログを忘れてしまうほど、その何もしてない時間に没頭してる事があるってのはいいことだと思います。

と、自分に言い聞かせてみます。



<今日のエッセンス>

今日のバイトは結構ハードなものだったんだけど、

やっぱり諦めないで頑張っているとどこかで何者かが見ていてくれるんだと思いました。

何者かは神か仏か何者かはよくわからないけど、

その何者かのおかげで僕は気分よく最後のバイトを迎えることができたんだと思います。


頭使って考えながら頑張って、本気で望めばその願望は叶うような気がします。

運も一緒についてくるような気がします。


橋本教でも啓こうかしらね。


さて、ワールドカップ始まるまで本でも読もうかな。

1日100ページぐらいは読むのが日課ですから。

今読んでる本は、らしくなく小説なんだけど「希望の国のエクソダス」

前回の日記のトップ画像にしたやつ。

やっべ!!



希望の国のエクソダス



<昨日のエッセンス>


昨日、更新忘れてました。

昨日のエッセンス、それは本を読もうと思ったこと。

ボーっとテレビ見てる暇があったら、本を読もうと思った。


須藤元気の頭の良さに感服した。

言葉も良く知ってるし、何よりロジックが効いてる。

彼は練習終わりにいつも哲学書を読んでるという話を聞いたことがある。


本を読むことで、言葉を多く知り、そして日常での表現能力も向上する。

最近、ブログをやっていて、昔より語彙力が下がったなぁって思う。

「こういうことを表現したいのに」って思うのに、上手くその表現方法が見つからない。

で、結局、すごくチープな表現で文章が完結してしまう。


そんなこんなで、3日に1冊ぐらいのペースで本を読んでいこうかなと思った次第。


で、最近読んでる本が上の本。

村上龍はあんまり好まないけど、友達に薦められたこの本は面白い!


チャイ語

中川家


最近、中国語を勉強し直してます。

大学入ってから初めて触れた教科だけど、嫌いな教科ではない。むしろ好きな教科。

とりあえず、あと9ヶ月ほどの大学生活である程度の中国語レベルに達してみようかと目論み中。

習慣が命なので、このブログと同じように毎日少しでも更新し続けようと思う。

<今日のエッセンス>


大学生活ももうほとんどない。

夏にさしかかり、ウトウトしてると学生最後の夏が終わってしまう。


したいことをもう一度しっかり考えないとグダグダした日々で夏を閉ざしてしまう。



『夏にしたいこと』

キャンプに行く

湘南の海に行く

花火大会に行く

でかいプールに行く

武庫川を泳ぐ

武庫川の源流を探しに行く

九州に行く(福岡、熊本、宮崎)  福岡、熊本、宮崎には友達の家があるからね。


足りない!!こんだけじゃ足りなさ過ぎる!!

四国一周とかも付け加えるか。

不幸中の幸い

しんさん



<今日のエッセンス>

僕には不幸中の幸いというのが多い。

要は運悪く不幸なんだけど、ギリギリのラインで不幸のどん底まではいかない。


よく分からないけど、僕は運がいいのは確かだ。

いつも回りまわって、ここが自分の行き着く場所だったんだなぁって思える。

運命(さだめ)というやつが強く僕を導いてくれている気がする。


宗教チックな文だけど、多くの人が経験していることだと思う。



「類は友を呼ぶ」とはよく言ったもので、本当にその通りだと常々感じている。

不思議な縁を不思議に感じる。


だけど、歳をとるにつれて、自分の属するコミュニティが増えるにつれて、

ワガママばかりではやっていけない。

人間関係を上手く転がしていく術も学ぶ必要がある。最近そんな術をよく学ぶ。

中田英寿選手が引退することについて

中田英寿


中田英寿選手が引退を発表しました。

ニュース速報でも発表されるぐらいの国民的一大事ですから、

mixiでも様々なブログでも色々な意見が飛び交っていることでしょう。

少し僕の気持ちを今日のブログでは述べさせてもらいます。

中田選手が辞めると聞いても、僕はそこまで哀愁を感じませんでした。

それは僕にとって身近な人物ではないからでしょう。

インターンをしていたとき、尊敬していた社員が辞めると聞いたときの方がよっぽど哀愁を感じました。

また、中田選手は尊敬しうる人物で、好きな人物ではあるけれど、

決して愛してやまない人物ではないということも哀愁を感じなかった理由としてあるでしょう。

とは言うものの、

僕がサッカーをやっていた時にリアルタイムで観ていたのは中田選手のプレーで、

彼がイタリアに行き、世界で認められる日本人として好評されるのを聞いた時は心が躍ったものです。

サッカーだけでなく、プライベート、語学能力、社会的活動など、

彼の一挙一投足に友達同士で「すごいよなぁ」と話していた記憶もあります。

実際、僕は中学の時、絵のモデルにベルマーレ時代の中田選手を題材にしていました…(笑)

という僕のバックグラウンドを元に今から書く話を読んでほしいと思います。

「支持か不支持か」と聞かれれば、どちらとも答えることはできません。

それは、どちらにも理由があるからです。

支持の方の理由から述べると、

中田選手にはサッカー以外の才能にも溢れており、

そのため、あえてサッカーだけで終わって欲しくないという思いがあるからです。

もし、彼がサッカーを選ばずに、別の道を選んでいたとしても、相当な人間になっていることは確かです。

むしろ、サッカー以外の道を進む彼の行く末を見てみたいという気持ちが僕にはあります。

また、それは僕だけの気持ちではなく、現に彼にはサッカー以外にも数々の趣味を持っており、

自身もサッカーだけで生きていくという人生ではなく、新たな道を進んでいくという意思もあることでしょう。

だからこそ、僕はサッカーファンとしてではなく、一人の男として、彼の引退を支持したいと思います。

逆に不支持の理由としては、

彼はサッカーを人生の位置づけとしてどのように考えていたのか?というところに疑問が残るからです。

「昔からサッカーが好きで、そんな大好きなサッカーで食べていけることは何よりの幸せだから」

というのが、彼がサッカー選手になった本音の根本の部分でしょう。

それが、キャプテンとなり、日本代表となり、日本サッカーを背負う立場として、

「日本のサッカーをもっと良くしていきたい」と気持ちが大きく飛躍していったことだろうと思います。

そんな気持ちが、以前のマスコミ嫌いの彼を変え、テレビにもある程度露出するようになり、

その他、日本人がサッカーに接する機会がより多くなるようにと、「nakata.net cafe」を作ることにも繋がっていったのでしょう。

事実、彼の欧州での活躍を機に、数々のサムライが海外へ飛び出していきました。

それと同時に日本でも海外のサッカーに触れる機会が多くなり、

ワールドカップにしても、4年前と比べて民法で放映される試合も飛躍的に多くなりました。

これは、一つとして中田選手の貢献がかなり大きなものであるのではないかと思います。

と、上に書いたことはあくまで僕の憶測にすぎませんが、大きく間違ってはいないはずです。

しかし、僕が憶測するように彼にそのような思いが本当にあるのならば、

引退には少し早すぎるのではないか?という気がしてなりません。

彼は確かに日本人のサッカーへの見方を変えてくれました。

カズ選手がJリーグを沸騰させてくれたように、中田選手は日本代表を沸騰させてくれました。

昔からのサッカーファンとして、彼の貢献で生活も大きく変わりました。

しかし、その貢献は、サッカーを応援する側、つまり日本代表ファン側に向けての貢献です。

今、実際にサッカーをやる側、つまり次世代の日本代表に対しての貢献が少し薄いような気がします。

僕には「4年後のワールドカップ、あいつらならやってくれる!」という次世代が育っているとは思えません。

彼は、今まで経験してきたこと、海外で学んできたことを次世代に伝えていくべきではないかと思います。

新しい芽を育て、その芽が開花するまで見届けていってほしい。

それが、日本を世界に広めた親であり、兄である者の務めであると僕は考えています。

その務めは4年先、いや、4年以内の短期間でもいいと思います。

日本に帰ってきて、Jリーグのレベルを底上げし、現在のJリーグ若手選手を育ててほしい。

そして、彼の世界レベルのプレーを間近で見たJリーガーが感化され、世界に羽ばたくのを見届けてほしい。

こういった考えで、辞めるには少し早すぎるのではないか?という気持ちも僕にはあります。

しかし、彼が今引退してしまっても、この先、8年後、12年後には素晴らしい選手が育っていることでしょう。

彼は、世界レベルのサッカーを普段から観ることができる、こんな素晴らしい環境を用意してくれたのだから。

僕は、幼い頃から世界レベルのサッカーに接して育ってきた今の小学生や中学生に大きな期待を寄せています。

『補足』


もし、僕が本当に心の底から中田英寿というサッカー選手を愛してやまない人間だったら、

彼がサッカーを引退してしまうことに今すぐには納得はできないと思う。

「やめないでー!」というサッカーファンの意見は、刹那的な思いであるけれど、

その意見は本当に心から中田選手を愛しているからの思いであるに違いない。

本当に愛している彼氏や彼女から、

「好きだけど、お互いの未来を見据えて、今は離れましょう」

と言われても、すぐには納得できないだろう。

しかし、時が過ぎればその言葉は正しいものだったと感じ、

「あの時二人が離れたから、今の自分があるんだ」とその言葉を深く納得できるはず。

僕にはそんな似たような経験があるから、なんとなく分かる。

こんな恋人同士の気持ちが、今回の中田選手引退を聞いたサッカーファンにもそのまま当てはまるだろう。


今回の中田選手の引退に対して、僕が「支持か不支持か」を綺麗に定められない理由には、

「中田選手の新たな将来を喜ぶ思い」と「中田選手の今を好きな思い」

『補足』より上に書いたような客観視した思いもあるけれど、それとは違ったこんな単純な主観的な思いもある。

これが一番人間らしいっちゃ人間らしい思いだろう。



どっちが良かったなんて、それはもう少し時間が経ってみないと分からないのかな。

友達って



サークル


<今日のエッセンス>

友達は下らないことを言い合える仲が一番良い。

僕は下らないことを言い合うことで、日々のストレスを気持ちよく発散でき、癒される。


だから、疲れた夜は彼女よりも昔ながらの友達に電話する。

今日は昨日の疲れを友達に癒してもらっている最中。今日は2人の友達と電話した。


サークルのような短い付き合いの間柄では、上辺は仲良くても、深く付き合っていくとボロが出ることもある。

逆に、長い付き合いの間柄は性格が合って、一緒にいて気疲れしないから長く続いているんだと思う。

サークルの友達でも、その中で長く続いていく友達がいれば、それが本物の友達になっていくんだろう。

長い付き合いの友達の大切さを知った今日。


自分

空


<今日のエッセンス>

正確には昨日のエッセンスになりますね。

しっかりと自分を持っている人っていうのはすごいと思う。

自分を持ってる人っていうのは、自分に強い自信を持っていると思う。


まだ、僕は自分に自信を持って行動しているときっぱりとは言えないが、

僕が僕を信じずして、誰が僕を信じるというのだ?と自己疑問を持ってみる。


柔軟に色々な考えを持つことも重要だが、もっと根本に自分の強さを持とうと思った今日この頃。


ちょっと熱めの文章になってしまったなぁ。


これはこれで、全く自分らしくない(笑)