お久しぶりでございます
久々の日記でございます、橋本です。
1週間ほど、思いっきりサボってました。反省です…。
ここで、なんでサボってしまったのかを考えてみます。
きちんと今後の気の持ち方に活かします。
1■めんどくさかった
2■時間がなかった
3■日々にエッセンスがなかった
はい、考えるまでもなく上記の理由しか思い浮かびません。
1■めんどくさかった
これは小学生レベルの怠けですな。
日記という言葉の意味を全く理解できていない。
「めんどくさい」という言葉が出てくる時点で、
日記を「やりたい」という願望ではなく、「やらなきゃ」という義務になってる。
習慣化して、「今日は何を考えてたかなぁ」ってワクワクして書かなきゃブログやってる意味ない。
2■時間がなかった
言い訳ですな、こりゃ。
実際、「暇や」とか言いながら、バラエティ見てる時間がクソあった。時間ないわけないから。
それに、時間ってのはなけりゃ生み出せばいい。錬金術ならぬ、錬時術か?
本当に忙しい人を見たら、自分の「忙しい」っていうセリフがちっぽけに思える。
3■日々にエッセンスがなかった
これ、マジで最悪。
「何のためにブログ始めてんお前!」って感じ。UNKO味とちゃうんやから。
「どんなに無駄と思える日にも必ずエッセンスがあるはずや!」って言ってたのに、
「今日はエッセンスなし」って、自分の信念、道理に反しすぎなんじゃねぇのかと思う。
信念曲げてる上に、何も思うことがない生活って、リアルにブタ以下の生活やん。
これから、ブログを書くときには、毎回長文を書く必要はないと思った。
時間を上手く取れないときは、
いつも最後に書いている<今日のエッセンス>っていうところだけを書いていこうと思う。
そして、更新していない間、過去に書いた自分の日記を客観視してみて分かったことは、
『文章が発散的すぎるということ』、『構造化できていないということ』
僕はブログを書くとき、出だしのテーマだけを考えて、その話題を広げることにしている。
だから、書いていると、どんどん新しい考えや思いが生まれてくる。
それは、自分のその場のノリで書いた文に対して、「何で?」「どうして?」とツッコミ繰り返しながら
書いているからである。
このように書いていると、すらすら言葉が浮かんできて、非常に書きやすい。
でも、この書き方の問題は、結末がないということ。
だから、いつも「どうやって終わらそう?」「オチは?」と自問自答してしまう。
そのせいか、文章が発散的になってしまい、更には構造化できない。
別にこのブログは雑記に近いものだから、問題はないのではないかと思うけど、
せっかく書いているのだから、自分の論理性、伝達性、表現性を高めるように努力すべきだと思う。
こんな風に『』調で結論から書いていけば、締まりもよくなるんだなぁ。
<今日のエッセンス>
反省文を書いてみて分かったことが多かった。
以前の日記にも書いたけど、「習慣化」するために必ず短い文章だけでも書こうと思う。
『反省だけならサルでもできる(昔のCM)』
『小さなことからコツコツと!(西川きよし)』なんてね。
人の顔
人の顔には性格が出ると思う。
頭の良さ、優しさ、厳しさ、面白さ、などなど、挙げたらキリがない。
そりゃ持って生まれた容姿の違いはあれど、それ以上に何か感じるところがある。
思いついたところで言えば、
例えば、日本代表の中田英寿選手。
彼の顔には、確実に頭の良さがにじみ出ている。
例えば、お笑い芸人の次長課長。
ボケが河本で、ツッコミが井上。
僕の予想なのだが、河本は頭がいいと思う。
逆に井上は端正な顔立ちだが、確実に頭が悪いと思う。
偏見かもしれないが、ある種一般的な意見ではないかと感じる。
次長課長の河本がピンで司会をやる日は近いような気がしなくはない。
顔にその人の中身が出るなんてことは、医学的に証明されているということはない。
そんなabstractなことを証明するなんてことは不可能だろう。
けれど、実際に多くの人が人を顔で判断する。
根拠はないのに、なぜか判断する。
「~~よさそう」「~~悪そう」
のような想像を身勝手にし、それの身勝手さをみんなで共有している。
思うに、この「~~そう」な判断基準は、過去の経験によるものだろう。
以前にこういう系統の顔の人で「頭がよかった人がいた」などと曖昧なものでしかないはずだ。
しかし、この判断基準は曖昧であるが故に誰も意識していない。
仮に「どうして頭よさそうだと思うの?」って聞いたとしても、「なんとなく」という返答しかできないだろう。
この無意識にしている構造分類やマーケティング。
無意識分類型マーケティングでも呼ぼうか。(笑)
人の顔に対するこの無意識分類型マーケティングの面白いところは
無根拠で不明瞭で信憑性はないにしろ、ファーストステップの判断基準には大いに有効であるところ。
ファーストステップとは初対面での印象のこと。
どんな場面でも最初の印象は人の顔。人の顔は窓口。
この窓口の印象がいい人に初対面でのアイスブレイクはほとんど必要ないと思う。
イケメン、ブサイクなどの問題を話しているのではない。
付き合う付き合わないの問題を話しているのではない。
顔から生まれる印象の問題を話しているのである。
玉木宏と柳沢慎吾がサングラスをしてカフェにいるとして、どちらに話しかけるかという場合の問題に近い。
恐らく、話しかける人数の違いはそれほど大きくは変わらないと思う。
第一印象がいい人、話しかけられやすい人は、それだけ人と話す機会が多い。
人と話す機会が多いということは、新しい考え方を得ること、新しい環境に切り出すことが多い。
「新しい」を経験することで、チャンスはより広がる。
チャンスを広げることで、経験が豊かになる。
経験が豊かになることで、人生が豊かになる。
人生が豊かになることで、顔も変わる。
顔が変わることで…・・・エンドレス。
なんて好循環も生まれかねない。
結局、人の印象なんていうのは曖昧だからこそ、その曖昧さを上手く知ることがコツなんじゃないかな。
という僕自身も、人付き合いがめちゃめちゃ上手いかと言われればそうでもないんですがね(笑)
マイミクの数だけは異常なスピードで増えてますがねぇ。
<今日のエッセンス>
人付き合いの上手下手は、その人の表情じゃないかと思う。
自分が話したことに対して、反応がいい人は一緒にいたいと思う。
感情をあまり出さない無表情な人は、一緒にいてつまらない。
特によく笑う人は魅力的だし、一緒にいたいと思う。
総称して言うなら、ポジティブな人はやっぱりよく「モテる」
またまたお休みしていました
ブログって毎日毎日更新するのは難しいものなのですね。
前回日記に書いたエッセンスが、何にも実行されていない。
ここ最近はPCのない環境で寝泊りすることが多くて、家でゆっくりブログを書く時間もなかったのです。
書く暇がないというのは、それなりに意味のある時間を過ごせてる証拠だと思います。
元々のテーマとして、
「意味のなさそうな日々に意味づけする」というスタンスでやっていくものだったので、
(つまり、意味のある時間を過ごせていれば、むやみやたらにブログで意味づけする必要はない)
スタンスそのものはずれていないでしょう。
今日は、少しゆっくりできているのでこの3~4日間でより強く印象に残ったことを書きます。
■強く印象に残ったのは6月14日のわずか30分間。
その日は内定を蹴った(蹴ったつもりだった)会社の会長さんと会うために訪社。
わざわざ会社の役員から電話がかかってきて、「会長と是非サシで話をしてくれ」と言われ、訪いた次第。
会長と会うやいなや、
「単刀直入に言うと、橋本君には是非ウチに来て欲しい」と言われ、
僕は
「どうして僕をそんなに強く欲しがるんですか?」と聞いた。
すると会長は
「選考過程での実力、その他、人間としての器など、僕を含め役員全員の意見が一致した。
橋本君を新卒採用で採れないことは、今年07年の新卒採用最大の失敗だと考えた。」
素直に嬉しかった。
過大すぎる気はするが、僕を評価してくれたことに素直に感動した。
僕も会長の真摯な姿に、冷静に隠すことなく別の会社に行く旨を伝えた。
二人で話した時間はわずか30分だった。
けれど、会長は納得してくれた。
偶然にも会長自身が昔働いていた会社に僕が入るというため、話が早かったというおかげもある。
最後に会長はこう言った。
「2~3年後に社会人として、何か一緒にやろう」
本当に嬉しかった。
その会社は、ベンチャーとは言え、そこそこの規模で、かつ新しく面白いこともかなり打ち出している。
それでいて、学生からの支持もかなり強くなってきている。
「この人だからこそ付いていきたい」と、学生にそして社員に思われている会長に
今現在の自分を認められ、2~3年後の僕のポテンシャルも認めてくれた。
僕自身のどこを認めてくれているのかは分からない。
それに役員も会長も僕とはほとんど会ったことはないはずだ。
ウソくさいような気がするかもしれないが、会長に会った僕だけには分かる。
あの目はウソじゃない。
それに、懇親会、社内研修はもう終わっているにもかかわらず、僕を口説いてきた。
会社にとってはイレギュラーな採用の動き方のはずだ。
そこまでして僕を採ろうとしてくれたことに対して、ただただ嬉しかった。
そして2~3年後の僕を期待していてくれることに応えたいと思った。
応える以上を目指したいと思う。
むしろ、あの会長と同じ立場で何か一緒にやれるレベルにまで自分を持っていこう。
<今日のエッセンス>
自分を高めたいという意識は重要。
だけど、僕の在り方としては、「僕は僕」、自分を見失っては終わりな気がする。
高めたいという意識より、僕らしく「面白く」「飄々と」生きていく方が僕の魅力に繋がるのだと思う。
いつか必ずまた会いましょう、会長さん。
6月12日の日記を今更
画像は関係ないです。
ごきげんように彼が出ているから、何気に貼ってみました。
日記の更新率が異常なまでに遅れてしまっています。
まだまだ習慣化していないなぁ、こりゃ。
今日一日でがっつり書きまくってやろう。
■6/12 月曜日
この日は内定先の懇親会へ。
朝10時から、夜9時頃までのなかなかハードな拘束。
会社内部のことなので、内容はふせるとして、
やはりこの会社は色んな人がいるなぁと感じた日。
経験や体験が普通とは異色な学生が多いせいか、
考え方、自信、プライドが違うと印象を受けた。
だから、みんな妙に積極性やモチベーションが高い。
と思ったら、実はそうでもない。
マイペースでテンション低くて、
「熱いのあんまり好きじゃないんだよねぇ」
なんてタイプの人も結構多かったり。
どちらかっていうと、僕も熱すぎるのは苦手だし。
熱い時は熱く、冷静な時は冷静ってスタンスを取っていた方が僕は動きやすい。
行動するとき、盛り上げるとき、作り上げるときは熱く、考えるとき、話すとき、判断するときは冷静に。
僕の傾向として、熱くなりすぎると判断を見誤り、空回りする傾向が強いから。
時と場合によるが、
熱くなってるみんなの中で、あえて冷静な思考で客観視しているときもあると思う。
人にとってそれぞれスタンスは違うとは思うけど
僕の場合は、このスタンスが自分にとって一番心地よい。
無駄なエネルギーを使うことなく、そして自分も見失わずにいられる。
で、僕の内定先の人たちと総合して考えると、
基本的にみんな「育ちがいい」感じ。あくまでも例えるとね。
「育ちがいい」ところの「末っ子」っていう印象。
簡単に分類してみると以下の通り。
<育ちがいい>
妙にプライドが残っているタイプ
バカなことは自分から敢えてはしようとしないタイプ
良い意味で、さっぱりした性格を持っているタイプ
物事をさらっと冷静に見ようとしてしまうタイプ。
<末っ子>
マイペースに自分のしたいことだけを考えるタイプ。
家族の中を盛り上げるように、チームを盛り上げていくタイプ、そしてバカもやってしまうタイプ
上の兄弟を見るように、臨機応変にずる賢く考えるタイプ。
知らず知らずのうちに周りを巻き込んでいくタイプ。
などなど。
この「育ちがいい」と「末っ子」の性格のどちらかに偏ったり、
どちらの性格も微妙な割合でミックスされていたり。
ちなみに、僕の場合は、
「育ちがいい」70%、「末っ子」30%ってな感じですかね。
こうやって人の性格をある程度分類できると、
行動を予測でき、色んな意味で期待、諦めが先読みできる。
すんごい僕が嫌な奴みたいですけどね。
でも、誰もが普通に、知らず知らずのうちにこういった分類はしていると思う。
「あいつは明日遅刻してくるから…」
「あの人は頭いいから…」
「あいつなら、課題やってるだろうから…」
「あいつ面白いから…」
「あいつ、かわいい女の子たくさん知ってそうだから…」
みたいな分類は日常で普通にやっていると思う。
この分類を即座に仕事上で活かせるかどうかで、速度も変わってくるんじゃないかと。
つまり、対人リスクヘッジというやつ。
だからこそ、リスクヘッジを視野に入れた分類は深く、広く、細かく、適切に行う必要があるはず。
日常程度で行う分類は、浅く、狭く、荒く、不適切なもの。
浅く、狭く、不適切な分類は、ただの「決め付け」「固定観念」にすぎない。
このような分類はリスクヘッジとしても不十分である以上に、
「決めつけ」をされることほど、人として不愉快なことはないと思う。
深く、広く、細かく、適切に分類を細かくできれば、人事制度にも十分活かせるはず。
もうすでに多くの企業では行われているとは思うが。
しかし、データ化されると言っても、人に対するデータとしては、不十分なものが多いと感じる。
人が項目ごとでデータ化されることは難しいし、あくまでも人はイメージで分類されるから。
他人から見た自分と、自分から見た自分を上手くミックスさせて、
構造化、データ化、そして分類すれば、自社の人事制度にも活かせるのではないかと考える。
心理学関係の知り合いに聞いてみようかな。
もしくは自分なりに周りの友達から分類にかけてみようかな。
と、ここまで来て
文章がまとまらなくなってきたことに気付いた…。
最近、日記書いてなかったからなぁ。
<12日のエッセンス>
書いた内容と矛盾するが、
構造化、データ化しすぎて、コンピュータ人間になりすぎるのはよそうかなと考えた。
人の素直な気持ちを重視しつつも、ある程度バランスを取って構造化していこう。
気持ち7、構造化3ぐらいが一番いいのかな。
僕の考えにはいつも7対3が多いなぁとも感じたこの日。
<今日のエッセンス>
意識が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。
習慣が変われば、人格が変わる。人格が変われば、運命が変わる。
日記を書こうという意識が芽生え、行動や考えが変わった。
今の問題はこれを習慣化できていないということ。
これから、日記のつける時間を定時にしていこうと思う。これで習慣化できるはず。
怒涛の4日間
ブログ更新できませんでした。
地元から友達がやってきていたため、ブログはちょいとお休みさせて頂いていました。
地元友達は金曜日の8時から月曜日の23時までいました。
さて、少々時計の針を巻き戻ししてみましょうか。
■6/9 金曜日
8:00 朝8時という早朝ながら、地元友達「フラポ(通称)」がやってくる。
↓
8:30 友達からメール。「電車遅れてる!」
↓ 私、はっしん。「何でこんな時間に友達は電車に乗ってるんや?」
この時気付く。この日のゼミはイレギュラーで開始が9時だということに。
9:00 大学へと出発(完全遅刻)
↓
9:30 ゼミに30分遅刻。何気ない顔で入る。
↓
14:00 ゼミ終了。
↓
14:20 友達にコスプレ道具を借りるため研究室にて待機する。同じゼミ生とおしゃべりタイム。
↓
17:00 フラポと高田馬場で合流。未来堂書店に行き、その後HUBに移動。
↓
19:00 別の友達(通称 チラ)とロータリーにて合流。
↓
19:20 初のアウトドア鳥やすを経験する。
↓
20:00 またまた別の友達(通称 ロナウジジイ)到着。
↓
22:00 カラオケに突入、喉がやられるまで歌い続ける。
↓
24:00 コスプレ祭前夜祭終了!!!
■6/10 土曜日
待ちに待ったコスプレ祭りの日。
一人友達がドタキャンをするが、5人でゴレンジャーとして動き出す。
5人の勇士の名前は、チラ、フラポ、やっちゃん、ロナウジジイ、はっしん
コスプレは
○アメリカンスタイルビキニ&水泳帽ゴーグル(チラ)
○アキバ系スタイル(フラポ)
○80年代原宿スタイル、裸の上にジージャン&6分丈ジーパン(やっちゃん)
○タバコ屋のおばちゃん(ロナウジジイ)
○オカマバーのママさん(はっしん)
これらのゴレンジャーが高田馬場を出発し、山手線を乗って、原宿へ。
竹下通りを歩き、表参道と明治通りの交差点を歩く。
様々な反応が僕らを襲い続けた。
「え!?」「ウソ!?」「きもっ!」「カッコイイ!」「キレイ!」「きゃっ!」…etc
僕らは周囲のほとんどが冷たい痛い視線を投げかけていることに気付いたが、
気付かないフリをして歩き続けた。
いつしか、僕らは冷たい視線が、心地よくなってきているのを感じた。
むしろ、
「俺らマジすげぇだろ!?キャラになりきってるだろ?バッチこーーい!」
のような感情がこみ上げて来た。
自信たっぷりの顔と胸を張った歩き方。
それが、周囲の目を変えたのか、急に話しかけられた。
美容系の会社で働いている女性二人に、
「なんの趣味ですか??」
と、その言葉をキッカケに表参道の脇で5対2のトークが始まった。
僕らはこんな格好をしていなければ、声なんか絶対にかけられないだろう。
電話番号でも聞いていればよかった!!くっそ!
最後に
「話してみたら意外に普通なんですね!変で怖い人たちかと思いましたよ。」
そうか、周りからはそうやって見られてるのか…(笑)
その後、僕たちは人に認められたことでますます自信がついたのか、
体中にみなぎった自信を感じ取ったギャラリーに表参道で声をかけられまくることとなった。
日本人の人だけではなく、イタリア人の集団、ヨーロッパ系のモデル女性たち、韓国人…etc
GAP前には人だかりができ、写メの嵐だった。
実際声をかけられることなく、隠し撮りが多かった。芸能人の気分だった。
そんな風に僕らのコスプレ祭は4時間の原宿闊歩で成功に終わった。
何をもって成功としたのか?
それはたった一つだけ。
それぞれが心の中に「やってやったぞ!」という爽快感、達成感を持てたことが僕らの成功の定義。
記録に残し、人々の記憶に残したコスプレ祭。
僕らの学生生活の最高の思い出となったことは間違いない!
30、40、50代になってもこの思い出話をしていることも間違いないだろう。
コスプレ祭のあと、高田馬場に戻り、着替えて宴会。
異常に疲労感が溜まっていたのか、酔うのも早かった。
でも、気持ちよかった!
その後、僕の家に行き、4人で2次会。
はちゃめちゃなチラの悪酔い。
ロナウジジイとチラは上半身を裸で抱き合っていた。
チラは罰ゲームで、手に数10発のシッペを受けていた。内出血しまくっていた。
コスプレ祭が終わっても、祭りのテンションは朝まで尽きることはなかった。
■6/11 日曜日
疲れきった10日は、夕方4時からダラダラと動き出す。
中野に行き、寿司を食べ、高田馬場に行きゲーセンへ。
チラの天才的な格闘ゲームセンスを見、フラポとクズみたいなゲームを共にする。
その時生まれた名言が
「見事だ~」「正解~正解で~す」
これはチープなクイズゲームで流れたチープな電子音。
その後、僕の家に戻り、手作りぐちゃぐちゃ豆乳鍋を作る。
美味かったが、コクのない浅い味だった。まるでこの日の僕らの動きのようだった。
寝る前は気持ち悪い話をし、笑い転げた。
■6/12 月曜日
僕はこの日、内定先の懇親会に朝から新橋へ。そして夜から内定者飲み会。
この日の出来事は様々な関係でふせることにするが、非常に楽しかった。
同期の友達がたくさんできた。
またこの日思ったことを明日の日記にでも書こうと思う。
夜、フラポを見送るために新宿へ合流。
フラポとチラはまたビックリするぐらいの面白い行為をしていたらしい。
ロデオボーイに乗る気持ち悪いチラの動画。
靖国参拝をするフラポの奇妙な写真。
僕のいない部屋で僕のベッドに変な行為をするチラの写真。
警官にケツを出したというチラの犯罪行為のエピソード。
話を聞いたり、写真を見せてもらったりしたが、充実した1日を過ごしていたようだった。
非常に楽しい怒涛の4日間だった。
最高の思い出を共有したことで、僕らの仲はさらに深まったことだろう。
深夜バスに乗るフラポから僕に届いたメール。
「何やこれは……!?何で普通の写真が一枚もないんや!?」
<4日間のエッセンス>
「何をするかより、誰とするか?」を重視する僕の考え方。
しかし、この4日間は、「何」も「誰」も最高に充実していた。
計画的に考えられたバカな行為ほど、バカで楽しいことはないと感じたこの4日間。
この夏、もっとバカなことをしてやろうか?
父親の存在
思春期の頃、僕は父親があまり好きではありませんでした。
「こんな父親にはならないでおこう」と反面教師にしていた感があります。
それは、父親の性格があまり好きではなかったからです。
「楽観主義者で、薄考で、非常に子供っぽく、自分の価値観を無理に押し付けてくる」ような性格。
こんな書き方をすれば、友達としてこんな人がいたとしても、誰もが嫌がる存在でしょう。
しかし、自分が社会人に近づくにつれて、父親の凄さを感じるようになってきました。
上に挙げた性格は、ほんの一部のことで、父親の凄さが分かってきた今となっては、
本当にかわいらしく見えたりもします。
むしろ、思春期のころに自分が「父親よりもっと大人になろう」と心に決められたことは
良くも悪くも幸運だったと思っています。
で、父親の凄さをどこに感じているか?
やはり、社会人としてのキャリアに凄さを感じざるを得ません。
僕は半年間ほどインターンとして、創業期の会社で新規開拓の営業をやっていたのですが、
当初は「営業」というものを簡単に考えていました。
なぜなら、就職して「営業」に就くような人は、何の才能もない人なんだろうと思っていたからです。
つまり、学生時代に何も学んでいなくても、誰でもできる底辺の仕事が「営業」であると考えていました。
はい、ひどい間違いでした。
経験して思ったことは、
「営業」ほど数字に出やすく、過程よりも結果を求められ、精神的に辛い仕事はないということです。
もちろん辛かったのは、それは自分に「営業」の経験が全くなかったためですが。
ここで、自分が営業論を語ろうと思えば語れるとは思います。
しかし、経験の浅い自分が語れるのは「営業指針」であって、正しいことは正しいのですが、
全く説得力はないでしょう。
あくまでも、自分が「営業」をするときはココを重視しているというだけで、
「じゃあ実践で契約取れてたのか?」と言われれば、何も言い返せないですからね。
言うなれば、加藤鷹の「女の子を気持ちよくさせるコツ」みたいなAVを見て
「SEX指針」は語れるのですが、全然SEXの経験がない童貞君みたいなものです。
と、話を戻して、父親のことですが、父親は三流大学を卒業後、車のディーラーをやっていました。
つまりは、車を売るという「営業」をしていたわけです。
そこで父親は営業で凄まじい成績を上げ、29歳の若さで課長となりました。
車という高額な商品をお客さんに買っていただくということは、並みの営業マンでは務まりません。
BtoCの営業ほど難しいものはないと思います。
小額で小さな商品は、口の上手い営業マンであれば簡単に契約が取れるものでしょう。
しかし、大きく高額な商品の場合、口の上手さだけでは契約は取れません。
いくら口の上手い営業マンでも、お客さんは高額なため、お金を出すことを間違いなく渋るからです。
問題は、商品を魅力的に話すということだけではなく、お客さんから信頼を勝ち得なきゃいけないのです。
「この営業マンなら信頼して、車を買える!」と思わせることが重要なのです。
つまり、父親の場合、
「お客さんからの信頼がとてつもなく厚かった」という点が、僕が社会人として凄いと感じる点なのです。
実際に僕も小さな頃、父親のお客さんと何度も会ったことがあります。
しかも、全員がみんな父親と異常にフレンドリーでした。お客さんと一緒に旅行に行ったこともあります。
付け加えるようですが、父親は一滴もお酒が飲めません。
恐らく疑問に思うところでしょうが、酒の付き合いというのはいったいどうしていたのでしょうか?
つい最近聞いてみたところ、
「いや、俺の場合な、ウーロン茶飲んでてもテンション高いし、色黒やから…
『橋本さん!ウイスキー飲んでるんですか?やっぱ見た目通り、酒強いですねー!』
って言われるんやわ。」
だそうです。
改めて、本当に凄いと思います。
思うに、営業マンってのいうのは3種類に分かれると思います。
①口が上手く、プレゼン能力が高い営業マン
②人脈を作り、活用するのが上手い営業マン
③熱い、真っ直ぐな気持ちで、お客さんから信頼を得る営業マン
(もちろん、全てにお客さんの要望を聞きだすというヒアリング能力があることが前提としてありますが)
「あいつ、口下手なのに契約取ってくるんだよなぁ」
なんて思われているタイプの人は、②や③の能力に長けているのではないかと思います。
父親の凄いと思える点は、①~③を全て網羅している営業マンであるということです。
上に述べた「楽観主義者で、薄考で、非常に子供っぽい」なんていう性格は、
まさに「熱い、真っ直ぐな気持ち」と連鎖してくる性格であると思います。
父親はその後35歳ぐらいで、大手生命保険会社からヘッドハンティングされ転職しました。
別の大手会社からヘッドハンティングされるだけでも凄いのですが、
そこでもすぐに昇進し、新しい支社の所長に登りつめました。
この生命保険の営業ですが、生命保険という商品はリピーターというものは存在しないため、
営業は毎回が新規開拓の営業ということになります。
皆が嫌がる飛び込み、テレアポなどどいう泥臭い新規開拓で、しかもBtoCの営業。
よほどの能力がないと、契約を取りまくるなんてことは不可能なはずです。
ですが、父親は所長になってから出世をしませんでした。
それは、マネジメント能力の問題です。
父親自身は根っからの営業マンであるが故に、
部下を育てるようなリーダータイプの仕事はあまり得意としていないらしいてす。
僕が感じてしまった父親の性格
「楽観主義者で、薄考で、非常に子供っぽく、自分の価値観を無理に押し付けてくる」
という性格も、あまり尊敬されるリーダータイプではないのかもしれません。
実際に本人も、
「俺は長嶋や。王にはなれへんな。」
と洩らしていました。
つまり、長嶋は王より、プレーでは天才的な能力を見せ、圧倒したことが多かったが、
監督としてはパッとせず、王監督のマネジメントには敵いませんでした。
父親は、プレーを「現場での営業」、監督業を「マネジメント」に例えていたのでしょう。
自分もこんな父親の良い部分を遺伝しているといいのですが、
いささか僕と父親はタイプが違いすぎるなぁと感じています。
性格面を簡単に言えば、
父親はどこかエッジの効いた性格で、僕は以前の日記でも言ったようにバランス型の性格。
父親は、
・真っ直ぐで、単純な考え方
・常にテンションは高め
・軽く天然ボケ
・空気を読めないときが多少あり
・口が異常に上手い
・学歴主義
・目立ちたがり屋
・根っからの女たらし
・マネジメントは嫌いで苦手
それに比べ
僕は、
・若干ひねくれてて、単純な考え方(若干矛盾してるかも)
・常に低め一定のテンション、冷静
・天然ボケ度はまるでなし
・空気を読むのは得意
・口はそこそこ
・学歴無視
・目立つよりも参謀的存在を好む
・根っからの女たらし
・マネジメントは基本得意、好む。
こんなに性格が違うのも、僕が以前、父親を反面教師にしていたからでしょう。
(女たらしは生まれ持ったものなので、否定できませんが…笑)
僕も時たま異常に熱くなり、テンションが上がるときがあるのですが、
その時の自分こそが本当の自分だったりするんじゃないのかなぁ、なんて思ったりします。
事実、小学校までめちゃめちゃテンションの高い人間で、目立ちたがり屋だったのを覚えています。
もしかしたら、父親のこと最近好きになりだしたから、またそんな性格になるかもね。
<今日のエッセンス>
社会人としての大先輩は父親。
良い部分はたくさん吸収していこうと思った。
今年の夏ごろ、父親の営業に同行してみようかななんて思ってもみたり。
タイプが全然違うから、父親の考えを鵜呑みにすると、整理できなくなるから辞めておこう。
父親のコピーは良くない、結局オリジナルには敵わないから。
だからこそ良い部分を吸収、悪い部分は上手く切り捨てて、自分オリジナルを作っていこう。
「バカ」野郎になりたい
昨日の日記では、「昨日のエッセンス」を中心に書いたので、
今日の日記では、「昨日のエッセンス&今日のエッセンス」を関連付けながらまとめて書いていきます。
昨日は3年間ぐらい仲の良い友達と、最近仲良くなった友達と、僕とで3人とで夕方頃から共に行動。
3年間ぐらい仲の良い友達(T君)は、大学1年時にサークルにて出会い、
様々なバカなことをやり、全ての喜怒哀楽を共に経験し、そして死線をも共にした仲。
3年間しか一緒にいないが、「フィーリングのマッチング精度」はまるで何十年も一緒にいる夫婦の如くです。
そして、最近仲良くなった友達(S君)は、その夫婦のような友達繋がりで友達になった人。
思考力、そして行動力全てにおいて、学生レベルを逸脱しているキレ者。
将来どうなるんだ、こいつ?と同じ学生ながら、尊敬の念を抱いてしまいます。
このキレ者の友達(S君)と一緒に行動していて思ったことがあります。
それは先ほど上で述べた「フィーリングのマッチング精度」の問題です。
僕が推測するに、僕にしろS君にしろ、二人ともバランス型すぎる。
(バランス型の説明については、一昨日の日記「USENのシャッチョさん」を参照)
バランス型の人は、基本的にどんなタイプの人とでも共存でき、
対人関係の物事を上手くこなしていける人が多いと感じます。
つまり、サッカーで例えると、どこのポジションでもスペシャリストとはいかないまでも、
ゴールキーパー以外のポジションであればある程度こなせてしまうのです。
しかし、問題はその「ある程度」というやつです。
ポジションを「ある程度」上手くこなせたとしても、そのポジションに上手くなじむ精度は70%ぐらいでしょう。
つまり、上手くなじむ精度、「フィーリングのマッチング精度」に限界があるのです。
昨日、S君と話していて、行動していて、若干のギクシャク感がありました。
恐らく周りから見たら「二人は付き合い浅いのに、めちゃ仲良いねぇ!」と映ることでしょう。
それは、二人がバランス型であるが故、行動や思考を似通わせようとしているからです。
お互いだけにしか分からない、小さなギクシャク感。
二人の距離はサランラップのように透明であるが、多少の厚さと多少の屈折を感じていました。
飲んでる時に言ったS君の言葉がすごく印象的です。
「素直に弱みを見せられる奴はすごい魅力的に映るし、その分人が付いてくる。
俺は基本的に弱い部分は人には見せないし、人間的な穴を見せないからつまらないかもな。」
この言葉、このまま自分にも当てはまると感じました。
これはある意味、バランス型の苦労の一つでもあり、重要な性格の一つなんだろうとも思います。
バランス型は穴があってはバランスを取れないため、弱みを見せられない。
そのため、弱みをなくそうと裏で穴を埋める努力をする。
弱みを見せられないのが、苦労。そして、裏で努力をするというのが、重要な性格です。
しかし、そうやってS君の発言が自分にも当てはまると感じるのであるならば、
S君とのラップのような薄い壁を取りたいと切実に思います。
お互いが一歩心に踏み込むためには、まずはお互いの心の鍵を開けるのが重要。
僕がいつも心の鍵を開けるときに使う手は、「一緒にバカをやること」。
つまり、何か「物事を共有すること」です。
その物事は何でもいいと思っています。
しかし、自分の得意とすること、好きなことは「バカなこと」であるが故、
そして、「バカなこと」は利害関係が一切絡まないことであるが故、
「共有」の方法としては、いつも「バカ」な方法をすることを念頭に置いています。
S君のことは非常に好きで尊敬しているため、二人の関係が今のままじゃもったいない。
T君と同じぐらいに「フィーリングのマッチング精度」を上げていきたいと思った昨日のことです。
で、ここから今日の行動。
今日は、内定先の人事の人と二人で昼食。
非常に共感を得る言葉をたくさん得ました。僕という人間をひたすら深いところまで掘り出してくれました。
今日は、今まで自分が気付き得なかった自分を、言葉として、明確に知ることができた貴重な日です。
まずは、自分の今までの人生で何をモチベーションとしてやってきたか?
ぶっちゃけた話、僕はそこまでモチベーションや意欲が強い人間ではありません。
ですが、人間はどこかでモチベーションや意欲が生まれる時が存在します。
僕の場合はどうやら、そのモチベーションリソースが「内側」ではなく、「外側」に強くあるようです。
つまり、「内側」というのは「自分」の内。「外側」というのは「自分」の外。
例えば、「内側」にリソースがある場合、
一つの仕事に関しても、「自分を高めたい、磨きたい、カッコよくなりたい」などの思いが強く、
「今、この仕事をすれば、自分はこういった成長ができるから頑張ろう」と考える傾向が強いものです。
一方で、「外側」にリソースがある場合、
「周りの人たちが認めてくれる、笑ってくれる、褒めてくれる」などの思いが強く、
「周りが反応してくれて、面白いと言ってくれる、喜んでくれるから頑張ろう」と考える傾向が強いものです。
この話を聞いたとき、僕は間違いなく後者であると感じました。
もちろん割合の問題もありますが、8:2ぐらいで後者の思いが非常に強いと思われます。
別にどちらが良い、悪いということはありませんが、
自分のタイプを誤魔化さないためにも、しっかりと知っておくのは重要であると思います。
そして、このモチベーションリソースから生まれる行動力、行動指針ですが、
僕が思うに「行動するのに遠慮はいらない、バカになれ!」という精神が大事であると思います。
行動する際に、無駄なことを考えることなく好奇心のままに突っ込むこと。
そして、邪魔になるプライドを捨て、とりあえずバカみたいに動いてみるということ。
「バカになる」ということですが、
考えた上での行動だけじゃなく、とりあえず好奇心だけでバカみたいに行動することでも、
生まれる成果というものがあります。
シミュレーションをし、バカな行動を捨てることも効率を上げるためには必要ですが、
その捨てられた行動がその先に何を生み、どんな結果に繋がるかは分かりません。
効率は悪いけどバカみたいに動いてみなきゃ分からないことはあるはず。
人事の人が面白いことを言っていました。
「世の中の結果は、80%が偶然で出来上がっている。
しかし、その80%の偶然は、行動したための必然の結果である。」
つまり、行動するということが単発の結果で終わることはなく、
芋づる式にあらゆる結果を偶然的に生み出していくということです。
その偶然の結果も、行動したから当たり前に起こること(必然)であると言えるということです。
ここで僕が思ったことは、
今現在20代の今だからこそ、そのようなバカな行動を数多くした上で経験を見につけ、
そして年齢とともにバカな行動の割合を減らしていくことが重要なのではないかということ。
しかし、いくら年齢を重ねても、バカな行動をする割合を0にはしてはいけない。
考えた上での行動は、結局考えた範囲内にしか収まらないものだから、ということです。
「バカ」になるということ。
今の時期、最も重要であることだと僕は思います。
「分からないけど、とりあえずやってみる」という精神構造を持つタイプの人と、
「できること、想定の範囲内のことしかやらない」という精神構造を持つタイプの人とでは、
この先30代40代と年齢を重ねていくに従って、ベースとなる経験値に大きな差がついていることでしょう。
だからこそ、
新卒のポテンシャル採用では「素直さ」「行動力」というが重要視されるのではないかと思います。
今日人事の人と話していて、僕のタイプは
バランス型で「できること」が多く「想定上」で動くことが多い反面、「バカ」的な思考もあるということでした。
「バカ」的な思考は2割程度だが、これもある意味バランスがとれているのではないかと感じます。
もう少し無駄なプライドを捨てた方が成長度としては上がるのではと自己分析できた一日でした。
<昨日、そして今日のエッセンス>
「バカ」の在り方。
最も利害関係のない僕の好む「共有」の場を提供してくれるモノが、「バカ」
行動したための必然の結果、その行動の源にあるモノが、「バカ」
将来的な経験値を変えるモノが、若い今、行動する「バカ」
ファミレスにて雑々談
昨日はPC&ネットの調子が悪くて、日記更新できませんでした。
(いや、別にサボったわけではございません。2日坊主とかではありません。いや、ちょっと眠かったけど…)
昨日は妙に忙しくて、エッセンスをかなり抽出できたことでしょう。
ちなみに昨日のスケジュールは、昼12時に高田馬場に集合。
コスプレ祭り(※1)の衣装の買出しのために、ファミレスにてタイムスケジュール、移動行動の仕方をMTG。
※1
「コスプレ祭り」
6月10日に僕の友達6人で行われる祭り。
そのコンセプトは「リアルコスプレ。いそうでいないイメージ上の人をコスプレにて演じる」
ちなみに、そのいそうでいないイメージ上の人とは、
①アメリカンスタイルに身を包んだプロレスマニアの人
②アニメに身を囲まれた秋葉系の男性(22)
③古めかしい浪人生(勉三さんスタイル)
④尾崎豊の時代、裸にジーパン&ジージャン
⑤2丁目のバーでママをやっていそうなリアルなオカマ
⑥下町でタバコ屋を営んでるおばあちゃん
これらの格好をした若者6人がオシャレな街「原宿」「渋谷」を闊歩するというお祭りです。
そのMTGを高田馬場サイゼリヤで行ったわけですが、
移動、タイムスケジュールが決定したのち、すぐに行動することはなく、やはり雑談が始まったわけです。
テーマは「大手企業?ベンチャー企業」でした。
なぜ僕たちがこのテーマで話しあったかというと、
今巷で流行っている「mixi」内のコミュニティ「ミクナビ」でこの話題が白熱しているからです。
その言い争いが本当に醜いものばかり。
様々な言い分があり、それぞれがそれぞれの意見を叩く状態。
多くの人が思うかもしれませんが、
この話題、確実に一つの答えが決まることはありません。
大手企業に就職することのメリット、デメリット。
ベンチャー企業に就職することのメリット、デメリット。
そのメリット、デメリットを見る上でどちらを重視するかは、
個人の問題、つまりは個人の生き方、価値観に全て左右される気がすると思います。
という僕のこの意見。
実は、mixiに書き込んでいる人たちは皆分かっているはず。
この議論に収集つくことはなくて、結論は個々人で分かっているものなのです。
だからこそ、議論は平行線をたどるだけで、たまに線が交差しようが
ゴールは個人でバラバラで変わることはないでしょう。
元々は「大手、ベンチャーに就職した理由を一つの判断基準で書き込んだもの」だったのでしょうが、
その意見に対して、誰かが「否定」したことで、議論(ただの叩き合いだが…)が進んだものと思われます。
僕は議論することが悪いと言ってるわけではありません。
過程や結論がすでに見えている、既知の問題にわざわざ議論をすることがおかしいと言っているのです。
元々、議論やMTGとは、問題や課題に対して「どのように動くか?」という指針を話し合うもの。
そして、様々な意見を出し合い、イベント、商品、ビジネスのプランを一つの方向にまとめていくものです。
鼻から一つの方向にまとまるはずのない問題を、「大手orベンチャー」という一つの側面から話しあい、
「ベンチャー=会社が潰れる」「大手=安穏とした生活」などと決め付け、
そんな決め付けの元に一つの方向に進んでいこうとする論議は滑稽で無意味だと感じます。
「mixiでこんな話題があったんだよ」って友達と話していましたが、
僕の友達も同じように「そいつら暇人だな」と一笑しておりました。
で、その時友達が一言。
「その議論ってさ…
ファイナルファンタジーとドラゴンクエスト、どっちがおもろいかって言うてるようなもんやで!
どっちもおもろいっちゅーねん!」
「あはははは!!(笑)」
僕らもわざわざ既知の結果である「mixiの話」を持ち出して、無意味な論議をしただけかもしれませんね。
<昨日のエッセンス>
議論は一つの方向にまとめるべくして行われるもの。つまりコンセンサスが命。
平行線をたどるような議論でも、結果が見えていなければ議論は必ず重要になる。
なぜなら、全員のコンセンサスが取れるような結果が得られる可能性があるから。
平行線のたどる議論で、結果が一つでなく全てが正しい場合、議論は必要ない。
ぶっちゃけ、当たり前のことであるが、MTGでも意外と盲点になっている事柄であるかもしれない。
例えば、何かのイベント名を決める時、ブログの題名を決める時、チームの名前を決める時、
何時間も考える必要があれば、中身を濃くした方がより有意義ではないんじゃないでしょうか?
USENのシャッチョさん
USENの宇野社長。
ライブドアの大株主となったことで一躍メディアの露出が増えた彼。
元々、USENの社長ということで、紙媒体で拝見したことはありましたが、
紙媒体での宇野さんの印象と、テレビ等のメディアでの印象は全然違ったものに感じました。
紙媒体でのインタビューなどで風貌を見ていると、一見、黒くて、ヒゲ生やしてて、イケメンのチョイ悪オヤジって感じですが、
メディアでの彼の姿には、トゲトゲしさを感じず、むしろ爽やかな風が吹き抜けるかのごとく、サラっとした印象。
声質、声の大きさ、笑った顔、それらに落ち着きがあるせいでしょう。
(あくまでも、20代のIT社長とベンチャー系の社長と比較して、での話ではあるが…)
紙媒体で思い描いていた姿と、メディアでの姿にギャップを感じたのか、彼に妙に惹かれるものを感じた僕は、
(ギャップを感じて惹かれるとか、まるで恋する乙女の気持ちだな 笑)
彼の著書「カリスマはいらない。」を読んでみました。
その一つの章の中に「カリスマではないリーダー」という節がある。
社長としての宇野は、まるで社員と「仲間」のようでありながら、その中のリーダーとしての役割を果たしている。
<中略>
なにからなにまで命令するのではなく、ビジョンを示したり、真剣に働く姿をを見せたりして、社員が「一緒に頑張らなきゃ」と思う方向に動かす。
<中略>
宇野は自分の経営スタイルについて、次のように自己分析している。
『高校生、大学生くらいのときに、カリスマ性のある経営者を何人か見てきて、「自分はそうなれるのかな」と自信がなかったんですよ。子供の頃から、クラス委員とか、みんなを公に仕切るというやつはやったことありませんし。
でも、「カリスマ性だけが成功するスタイルではないんじゃないか。自分に能力がないなら能力のある人と一緒にやればいいじゃないか」
と、大学生ぐらいのときに思い始めてずっとそうですね。インテリジェンスのときも、チームという感じでやってましたし。』
僕はこの章を見て、非常に感銘を受けると同時に、自分の考えに通ずるものがあると感じました。
まず「仲間」という連帯感を大事にしているということ。
トップダウンで下に降ろしていくのではなく、ボトムアップとしてのリーダーの役割でチームを盛り上げているということだと思います。
僕はこの形を非常に重視しています。
なぜ僕がトップダウンで降ろしていくリーダーの形より、ボトムアップで盛り上げていく形を重視するか?
以下に一例を挙げてみます。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
能力の高い個々人が10人いるとして、彼らの能力が100であるとしましょう。
彼らは能力が高い故に100の能力を個々で使い、「仲間でやるより、一人でやった方が早い」という考えで働きます。
彼らは、個々人で動くため、100+100+………+100=1000(の仕事量)
一方、能力の余り高くない10人がいるとして、彼らの能力が10であるとしましょう。
しかし、個々で動くよりも、仲間で動くことを重視し、常に助け合うという考えで働きます。
このとき、時として、10×10×………×10=10の10乗(の仕事量)
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
差は一目瞭然だと思います。
この例は、極端な数字的な例で、しかも単純すぎるため、納得できない人も多いと思いますが、
チームであれやこれやと悩み、体を動かし、自分がチームのために何ができるか、チームのために少しでも自分の力を活かしたいと思い、そしてチーム全体の目の向く方向が同じになったとき、
思いもよらない力が発揮されることを経験した人がいると思います。
仕事だけではなく、部活、イベント、勉強、恋愛関係、etc…
僕自身も、チームで動いたときの言葉にできない絶妙の連帯感で、持ってる力以上の力を出せたときがあります。
その数字的な例として、上記の「+」と「×」を用いて表してみたのです。
(もちろん、チームで動くからには、意思決定の遅延性という穴もありますが…)
この考えは、宇野さんのように社長ともなれば薄れるものだと思いますが、
社長自身が真剣に働き、社員を同じ方向に動かすというリーダーの形に僕は感銘を受けたのです。
また、上記に記した「自分はそうなれるのかな」という宇野さんの話ですが、
僕自身もそんな風に自分に自信はありません。
周りからは、
「はっしんならできるよ。」「お前はどこでもやっていけるって!」「将来、何かデカイことやらかしそう」
なんて言われることもしばしばありますが、
そんな自分である、そんな自分になるなんてこと想像もつきませんし、大して自信もありません。
リーダー的なポジションに付くこともありますが、数多くそんな経験をしてるわけではありませんし。
こういった自分のバックグラウンドが、この宇野さんのバックグラウンドと非常に似通っていたため、
僕は非常に感銘を受けたのだと思います。
「自分に能力がないのなら、能力のある人と一緒にやればいい」
この思い、すごく共感できます。幸い僕の周りには能力のある友人がたくさんいます。
来年から入社する会社も、そんな才能、経験豊かな人がいっぱいいることでしょう。
「自分に能力がないのなら」っていうのは、「自分にその能力欠けているのなら」
「能力がある人と一緒に」っていうのは、「その能力を持っている人と一緒に」
という意味であると僕は受け止めています。
つまり、能力の「give and take」
仲間のない自分にある能力を「give」して、自分に欠けた能力を仲間から「take」する。
これがチームというやつの偉大さであると考えます。
自分が完璧になる必要はない。欠けている能力は仲間と補う。
ここで自分が一つ重要だと思う点は、「give and take」できるという能力の重要性。
つまり、チームを形作れるという能力、信頼されるという能力、仲間を信頼できるという能力。
宇野さんはこの能力に長けていたんじゃないかと僕は思います。
「女たらし」という言葉がありますが、彼は女の子だけではなく、「人たらし」であるのではないかと感じています。
「人たらし」になるには、魅力的な人を落とすには、自分自身が魅力的な人である必要があるはずです。
魅力的な人ってどこが魅力的なんでしょうか??
それは人によってそれぞれ違うはずですが、
少なくとも、僕が魅力的に感じる人は「自分の持っていない能力」と持っている人。
だから僕はチームとして、魅力的な人と何か物事を形作っていきたいんだと思います。
そのためには僕にも、何か人から見て魅力的だと思わせる能力が必要なはず。
そして、魅力的な能力をさらにキラリと光る能力にすれば、多くの人を落とすこと、巻き込むことができるでしょう。
能力に磨きをかけること。それが、「人たらし」への第一歩。
宇野さんの持っている魅力的な能力は、「バランス感覚」。
どちらかと言えば、僕自身も「バランス型」の人間、そして思考タイプ。
「バランス型」を極めるには、全ての行動や考えにおいて、フラットでなければならないと思います。
全てが中途半端で終わり、そこそこできる人間となり、魅力的でなくなるという危険性も内包しています。
今の僕は全てが中途半端なバランス。
だからこそ、まだまだ自信が生まれなく、くすぶっている状態。
このバランス型の能力をキラリと光らせるためには、
自分の考えだけに固執することなく、フラットに視野を広げていく必要があります。
バランス型って難しい。
「ココだけは誰にも負けない!」って誇示できる武器がない分、不安に駆られ、自信も得にくい。
だから宇野さんは、「バランス感覚」っていう能力があるのにも関わらず、自信を持ちにくかったんじゃないかな。
なんて推測してみたりもします。
<今日のエッセンス>
思えば、中学の時からそうだった。
得意とする教科がなくて、全部バランス的に良かった。
でも、大学受験となると、この分野が強いっていう人たちと理学系の分野で競い合った。
センター試験はバランス重視だったから得意だったけど、2次試験の理学的な専門性の高い分野ではあまり上手くいかなかった。
「バランス型」が難しいのは、百も承知。
今はフラットに固定観念をなくして、経験を積んでいくことが重要だと気付いた今日1日。










