3日の日に田舎に帰省。何時もは昼頃に実家に着ける様に自宅を出るのだが、
昼頃に高速を走れば少しは空いているだろうと思い、2時間ばかり遅く自宅を出発。
その期待も空しく、栗東ICの入り口で「大山崎JC-西宮JC35km渋滞」の表示。
毎度の事だがウンザリする。
不思議に思うのだが、山陽自動車道や新名神を作る前に、何故都心部を迂回する道を
先に作らないのだろうね?
山陽自動車道や新名神が出来きて交通量が増えるのみならず、都心部から行楽地へ
向かう車が多いのだから、都心部が昔のままでは、そこがネックになるに決まっている。
高槻と神戸JCとを結ぶ計画があるらしいが、一番最初に作るべきだと思うのだが。。。。
池田や吹田から渋滞ならそのまま高速を走るのだが、大山崎から渋滞なので
京都南ICで下り、洛西を抜け亀岡へ出て国道372号で帰る事にする。
30年前京都に住んでいた頃は、帰省するのに良く使った道だが、国道と言っても大昔の
街道に毛が生えた様な道で、亀岡から篠山まで民家の前を縫う様にして走る道だった。
途中八田峠という、樹木が生い茂って昼間でも薄暗い道が曲がりくねった箇所があり、
夜中に走る時は、男の私でも何かが出てきそうな恐怖を覚えたものである。
特に京都府側の道は酷い状態だった。(30年近く続いた革新府政の影響)
八田峠は昔のままだが、それ以外はバイパスが整備され、道幅も広いし信号も少ないので
高速道路の渋滞を抜けるのと変わらない時間で滝野社ICまで行ける。
雑木林の新緑を眺めながら走っていて、ふと30年前の事を思い出した。
次女が生まれていなかったので長女が2歳ぐらいだった思う。民家の庭先に泳いでいる
こいのぼりを教えてやると、女房の膝から乗り出すようにして、こいのぼりを見つけては、
「また、あった」とはしゃいでいたし、こいのぼりが上がっていない竿を見つけると、
「こいのぼり、ねんね」と言っていた遠い昔の事を思い出した。
昔は沢山のこいのぼりが泳いでいたが、3日の日に見かけたのは3~4軒だけである。
今は、高い竿にこいのぼりを上げるのではなく、短いポールで上げているのだろうか、
それとも少子化で男の子の数が減ってしまったのだろうか。
30年前と比べ、こいのぼりが泳いでいる数が少ない事に一抹の寂しさを覚えてしまった。