法金剛院 散策 | 日々の戯言

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JR西の花園駅で降り、北へ少し坂道を上がると退蔵院のある妙心寺に着く。
退蔵院に行く度に、駅前直ぐの所にある法金剛院は、気にはなっていたが、
訪れるのは後回しにしていた。
大河ドラマ「平清盛」で、待賢門院や西行(佐藤義清)が登場したので、
退蔵院を訪れた後、今回立ち寄ってみる事にした。

大河ドラマに関連するお寺となると、ポスターなどが貼られているのだが、
ポスターは1枚もなく、もっと観光客が多いと思っていたのだが、
カメラを持った男性と中年の女性連れのみで、ひっそりとしたものである。
法金剛院は、「蓮の寺」とも云われており、極楽浄土を模した庭園の池には
蓮が植えられ、礼堂の前には多くの蓮の鉢が置かれていた。
また、仏殿には重要文化財の本尊阿弥陀如来、十一面観世音菩薩と厨子、
僧形文殊菩薩、地蔵菩薩が安置されており、まじかで見る事とが出来、大満足。



<法金剛院(ほうこんごういん)>
京都市右京区花園にある律宗の寺院である。山号を五位山と称する。
本尊は阿弥陀如来、開基は待賢門院。境内に現存する浄土式庭園の一隅にある
青女の瀧は日本最古の人工滝とされており、
国の特別名勝に指定されている。
法金剛院は、古くから名勝の地として知られる双ヶ丘(ならびがおか)の東麓にある。
この地には平安初期の貴族・清原夏野の山荘があり、夏野の死後、山荘を寺に
改めたものが当寺の前身であるという。
天安2年(858年)、文徳天皇の発願で伽藍を建立し、天安寺と称した。
その後、寺運は衰え、平安末期の大治5年(1130年)、待賢門院により再興された。
待賢門院は藤原氏の出身で、鳥羽天皇中宮であり、崇徳天皇、後白河天皇の母。
最盛期の法金剛院には九体阿弥陀堂、丈六阿弥陀堂、待賢門院の御所などが
立ち並んでいたというが、度重なる災害により、壮観だった当時の面影はない。
(Wikipediaから抜粋)



  表門



  「法金剛院」の石柱標識



                            法金剛院の案内板





  礼堂











  待賢門院に仕えた待賢門院堀河の歌碑

  長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れてけさは ものをこそ思へ

  契りを結んだ翌朝に、男の心が変わりはせぬかと思い悩む女心を詠んだ艶かしい一首である。







  蓮の葉の水玉