観音正寺の元塔頭で天台宗の寺院「教林坊」。
多くの緋色の紅葉に混じって黄色の紅葉、竹林の緑と
紅葉の美しさを堪能した一日だった。
随筆家白洲正子(夫は白洲次郎)が、昭和44年1月に来坊し、
『芸術新潮』に連載の「かくれ里」で「教林坊」を紹介している。
~かつては観音正寺の末寺が三十以上もあり、繁栄を極めたというが、
現在は教林坊というささやかな寺が一つ残っているだけである~
~ここで私の興味をひいたのは、慶長時代の石庭で、
これが中心の庭になっているのだが、いきなり山へつづく急勾配に作ってあり、
よく見ると、それは古墳を利用してあるのだった~
~その石室の巨大な蓋石を、そのまま庭石に使ってあるのだが、
不自然でなく、日本の造園の生い立ちといったようなものを
見せられたような感じがする・・・・・
(「教林坊」HPより)
「教林坊」の復興には、1億円以上の費用が掛かっており、
寺の収入を増やす為には、拝観に訪れる人や浄財を寄付してくれる人が
増える事が望ましいのであるが、私としては観光客がわんさかと訪れる様になるより
「かくれ里」のままであって欲しいと思う。
「教林坊」のHP ⇒ 『本尊 赤川観音 石の寺 教林坊』
庫裏 こじんまりとした庫裏で、入母屋ヨシ葺の屋根の形が良い。
座敷に炉を切り茶室にしてある。
この茶室には掛軸をかける床の間がないので、
付け書院の障子を掛軸分開けはなち、
そこからながめる四季おりおりの庭園を
山水の軸にみたてて楽しんだ。
(「教林坊」のHPより)
書院3階の屋根裏 合掌造りの様子が見れる。祀られているのは大黒様
本堂 住職がほぼ一人で修復
不動明王と釈迦如来が祀られていた。
巨石の下に赤川観音が祀られている
太子の説法岩
この巨石と赤川観音が祀られている巨石で古墳の蓋石を形成していたのであろう。
園路にあった石仏
庭園の石塔
池の亀石 甲羅の部分しか写っていない。
池に浮かんだ紅葉
「正覚泉」の立て札の所に山からの湧き水があり、池に注ぎ込んでいる。
杉苔の上に落ちた紅葉
手水鉢
水琴窟になっていて手水鉢から流れた水が、
地中に埋められた甕(かめ)に落ち、反響で澄んだ音を奏でる。
住職が自費出版された小冊子 一冊2百円、3冊纏めて5百円也。
最後に「教林坊」の紅葉の写真を載せて6回の掲載を終了。














