私が神社の参拝に、はまり込んだ「記念すべき第1回参拝その2」です。

朝、伊勢神宮をお参りし、チェックアウトして、熊野に向かいます。

熊野といえば、熊野三山と呼ばれる熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社が有名です。昔から、参拝者が多く、とにかく人を惹きつける場所です。

熊野の印象は、何でも大きい!!

最初は、それに圧倒されると思います。

この第1回の神社めぐり1人旅から帰ってきて、各地の神社にお参りに行くようになるのですが、奈良時代前から鎮座している神社というのは、とにかくパワフルで、度肝を抜かれます。

古代の日本人が、この場所は、人間が住む場所ではなく、神様がご鎮座される場所だと認識したのを、自分も認識出来ると思います。

私自身は「鈍感」な人なので、何かしらの存在を見たり、聴いたりというのはほとんどないのですが、それでも、昔からある神社や、各地の一ノ宮をお参りすると、私でも肌で感じるものがあります。神域に入ると、自分にエネルギーが充電されるような感覚は感じるときがあります。

 

熊野では、「熊野権現」と呼ばれる「十二柱の神様」が祀られています。その中の特に重要な三柱は、三所権現と呼ばれ、熊野の信仰が始まった時から祀られていました。

家都美御子大神(ケツミミコノオオカミ) 素戔嗚尊  {家都美御子}
速玉之男神  (ハヤタマノオオカミ)  伊邪那岐大神{早玉}
熊野夫須美大神(クマノフスミノオオカミ)伊邪那美大神{結}

* 後の{ }は、昔の呼び方になります。

この熊野速玉大社では、
速玉之男(伊邪那岐大神)、熊野夫須美大神(伊邪那美大神)が熊野速玉大神と呼ばれています。日本を創世したご夫婦です。




熊野速玉神社の入口


速玉大神の“タマ”とは“霊魂”の意味で、これに“速い”を意味する“ハヤ”が加わっています。“霊魂がダイナミックに動く状態”を表している神名ですので、非常にパワフルな神さまです。

現在は、熊野本宮大社が三社の中で首座とされていますが、朝廷が神様におくった「神階」の記録を見ると、熊野本宮大社よりもこの熊野速玉大社のほうが、格が上だと考えられていたようです。

当初は、熊野速玉大社と熊野本宮大社の2社体制で、途中から熊野那智大社が加わって、3社体制になりました。その時に熊野夫須美大神が、熊野那智大社の祭神として独立しています。

熊野速玉大社は、朱塗りの大きな神社です。
神門をくぐり、拝殿、本殿を見て、あまりにもびっくりして、写真を撮り忘れました。

 




神門はこちら


公式hpに、社殿の写真がありますので、こちらをご確認ください。

境内の中には、日本サッカーのシンボルマークである、八咫烏(やたがらす)を祀る神社があります。調べてみると、八咫烏がシンボルマークになったのは、昭和6年とのことでした。

この八咫烏は、神武天皇が日向(宮崎県)から大和(奈良県)へ向かう神武東征の際、和歌山から大和への道筋を案内する役割を担った、足が3本あるカラスになります。神武天皇が、太陽を背にして、大和へ入るために、わざわざ和歌山から熊野に入られたのです。

 



八咫烏神社


境内の中に、樹齢千年と言われる「ナギの大樹」があります。

 

このナギの木の葉っぱは、この葉を懐中に納めてお参りすると、熊野詣での道中が安全に進むと言われています。

 

 

 

ナギの大木


 

そして、この熊野速玉大社の最大の見所は、摂社の神倉神社です。
神倉神社の入口まで、徒歩10分ほどです。

そこから神倉山の上にある神倉神社まで、急勾配の石段538段を登ります(源頼朝が寄進したと伝えられます)。

 

 

 

 

 

 

 


最初の熊野体験は、強烈でした。
 

次回は、神倉神社についてです。