「佐渡の伝説」 | はしの蓮のブログ

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はしの蓮です。古代史、古事記、日本神話などや日々のちょっとした出来事、気づいたことをブログに綴っていこうと思っています。また、民話や伝説なども研究していきます。

今からもう30年以上も前のことです。佐渡へ旅したことがあります。

佐渡島の北端に近い漁村の民宿に泊まりましたが、付近を散歩したとき、近くには「大野亀」、海には「二つ亀」が見える近くのバス停の丸い看板に「願(ねがい)」という一文字だけの標識が1本、ぽつんと立っていました。

私はそのバス停の標識を見たとき、急に胸が苦しくなって、哀しみがこみ上げてきた記憶があります。

 

「願」から海のほうに下って海岸沿いに歩いていくと、岩場になって高い岸壁があります。そこに洞窟があって、たくさんの積み石や子地蔵があります。「賽の河原」です。子供が死んで向かう三途の河原といわれています。積み石を崩しても、翌朝にはもとに戻っているそうです。子供を亡くした親がここに来れば、わが子と同じ顔のお地蔵さんに逢うことができ、泣き声も聞こえるといわれています。

 

私はこの旅で、他所にも訪れましたが、この場所だけが今でも鮮明に記憶がよみがえってきます。

 

遠い思い出です。

 

さて、この佐渡の伝説を数回にわたって、紹介したいと思います。

 

 

 

「八百比丘尼(やおびくに)」-1

 

 

遠い昔のことです。羽茂の大石の浜で村人たちが酒盛りしていると、見知らぬ男がやってきて、自分も仲間に入れてほしいというので、村人たちは快く仲間に入れてあげて一緒に酒盛りしました。

男は村人たちの、まるで旧知の仲のような歓待に大いに感激して、「今度、自分の家にみんなを招待してご馳走したい」と言って、同じこの浜で逢うことを約束して、いい気持ちで帰っていきました。

約束の日になって、男は村人たちに「自分の家を知られたくない」ので目隠しをしてもらって家に案内しました。男の家に着いて目隠しをとると、大きくて立派な屋敷でした。男はみんなに、たくさんのご馳走とおいしいお酒を出して、酒盛りはおおいに盛り上がりました。

途中、村人の一人が用を足しに行くとき、調理場をのぞくと、男が何か得体の知れない生物の肉を切り出して調理しています。厠から戻って、そのことをみんなに知らせると、なるだけ早く帰ろうということになりました。

さて、帰ることになって、男はまた、みんなに目隠しをして、もとの浜に帰しました。そのとき、男はさきほど料理していた肉をおみやげにみんなに持たせました。

浜に着いた村人たちはそのおみやげが気味悪いので、みんな海に投げ捨てました。

が、田屋のじいさんだけが捨てるのを忘れ、家に持ち帰りました。

翌日、孫娘のおさとがその肉を食べてしまいました。

おさとは数えの十六で美しい娘でした。じいさんは心配しましたが、その肉を食べても何事も起こらず、月日は流れて行きます。ところが不思議なことに、おさとは年をとらなくなりました。何年経っても、容姿は十六、七の娘のままなのです。

 

 

つづく