「たのきゅう」は秋田県の民話ですが、彦一とんち話-2「彦一と古だぬき」(2015年3月)に似たていたので、ここに紹介します。多少アレンジしました。
むかし、「たのきゅう(田能久)」という富山の薬売りがいました。
ある日、山を越えたところに急ぎ薬を届けに行かなければならなくなり、山のふもとの村までやってきました。日が傾きかけましたが、山に入っていこうとしたとき、
村人たちが、
「山には行かないほうがいい。山には化け物がいて、人を食っちまうらしいよ。いままで、行ったきり一人も戻ってきたためしがないんだ」
と、たしなめるが、たのきゅうは急いでいたので、村人の忠告もきかず山に入っていきました。
ところが、たのきゅうは山に入るとすぐに道に迷ってしまいました。あちこち迷っていたら日が落ちて、まわりはすっかり暗くなってしまいました。それでも歩いていたら遠くにひとつのあかりを見つけました。たのきゅうはホッとしてその家の戸をたたきました。すると、
「だれだ?」
中から初老の男が出てきました。
「道に迷ってしまったので、今夜、泊めてほしいのですが」
「そうか、それならまず入ってくれ」
男は、親切に、食事や酒もごちそうしてくれました。
たのきゅうはすっかり安心して男と話し始めました。
男が、
「おまえ、名は何というんだ」
「たのきゅうといいます」
と答えると、男は、
「なに? たのきゅう? たのきゅう〜 ふ〜ん」
男は、たのきゅうを上から下までながめまわして、うなずきながら、
「たのきゅう。たのき? かぁ〜 うまく化けたもんだなぁ〜、う〜ん」
たのきゅうはわけがわからないで、聞いていると、男は、
「そうか〜。じつはおれは、ウワバミ(大蛇)なんだ。どうだ、うまく化けてるだろう」
男はたのきゅうをにらみつけて、
「それから、このことは誰にも言うんじゃないぞ! 言ったら容赦しないぞ!」
「わかったな!」
たのきゅうはびっくりして、体がブルブル震えてきました。
それを見て、男(ウワバミ)は、
「安心しろ! オレは人間しか喰わない。たのきは喰わない」
そこではじめて、自分が人間に化けた「たぬき」と勘違いされたと気づきました。たのきゅうは気が気ではありませんが、それでもなんとか会話のつじつまを合わせていると、
男はとつぜん、
「なあ、たのきよ、おまえはこの世の中で何がいちばん怖いと思っているんか?」
たのきゅうは、酒の勢いもあって、冗談で、
「小判とか銭ですね。銭はこわい」
と答えると、男は、
「そうか〜 おれはな、たばこのヤニだな。あんな怖いものはない」
そんな話をしながら夜は更けていきました。
翌朝、たのきゅうは早々に男の家を立ち去り、山を越えて用事を済まして引き返し、男の家を避けて山を下り、もとのふもとの村にたどり着きました。
すると、村人たちが集まってきて、
「あんた、よく戻ってきたなあ! 化け物にあわなかったか?」
と、質問攻めにあいました。
たのきゅうは、山での出来事を話して、化け物がウワバミであることと、ウワバミがたばこのヤニが嫌いなことを教えました。
村人たちはさっそく、村中のキセルのヤニをかき集めて、ウワバミの棲み家や木々にヤニを塗りまわりました。
ウワバミは驚いて、山に棲めなくなり逃げていきました。
村人たちはウワバミがいなくなり、安心して暮らすことができました。
何年かして、たのきゅうは、用事でこの村にやってきて、村の宿に泊まっていました。すると夜中に戸をドンドン叩いて、たのきゅうを呼ぶ声がします。
「たのきゅう! たのきゅう!」
何だろうと思って、戸を開けると、
「たのきゅう! よくもやってくれたな! これでもくらえ!」
と言って、大きな袋を「ドサッ!」と投げ入れられました。
たのきゅうはビックリして外を見ましたがもう姿はありませんでした。
たのきゅうがその袋を、おそるおそる開けてみると、なんと、そこには、たくさんの小判や銭がぎっしり詰められていました。
おわり