日本の古代探索

日本の古代探索

古事記・日本書紀・万葉集の文や詩を通して我々の先祖の生きざまを探ってゆきたいと思います。

今回の二首は、従来の解釈があまりにもしっくりこないので、

載せてみます。

共感を呼べたら大いに嬉しいのですが。

 

大伴宿祢三依の歌一首

五百五十二、吾君者 和気乎波死常 念可毛 相夜不相夜 二走良武

 

読み:わがきみは わけをなみしと おもふかも あふやあはぬや ふたりはしらむ

 

訳:私の主君は 道理を無視していると 思うかもしれませんね 逢ったらすぐに 

  もし二人して逃げたりしたら(倒置法)

 

**「わけ」は「道理」。「なみし」は「(なみす:ないがしろにする・軽んずる)の連用形の名詞」。

「や」は活用語の連体形について(~やいなや)。

「走らむ」の「む」は仮定の助動詞(もし~ならば)。

 

この作者の三依(御依)は壬申の乱で功績のあった大納言大伴宿禰御行の子。

この詩は、恐らく、采女を見初めた三依にその采女も好意を抱いて、二人で駆け落ちしたら

主君はなんて言うかな、道理がないと云うだろうね、と語り合っている風情です。

 

丹生女王が太宰の帥の大伴卿に贈った歌

五百五十四、古 人乃令食有 吉備能酒 病者為便無 貫簀賜牟

 

読み:いにしへは ひとのをさせる きびのさけ やめばすべなし ぬきすたまはむ

 

訳:以前は 貴方がお飲みになっていた 吉備のお酒も 

  病気になったらしようがありませんね (手水の)貫き簀に差し上げましょうね

 

**ここで云う「古:いにしえ」は「お元気なときは」の意味。

   「ひとのをさせる」は「人(この場合貴方)が食さ:食す(飲む)の未然形

  +せ:尊敬の助動詞(す)の已然形+り:完了の助動詞」。

 

「貫き簀」は手水に置いた竹のすだれ、水の飛散を防ぐもの。(水をこぼすところ)

「お酒はお飲みになったら毒ですから、手水の貫き簀に捨てましょうね」と詠っています。

いつもお酒を飲んでいた大伴旅人に「病気の身だからお酒は慎んでください」

と贈ったものでしょう。吉備の酒が特に好きだったのでしょうか。(今の灘の酒)

尚、丹生女王は伝未詳ですが、ここで云う太宰の師の大伴卿は旅人と思われます。

今回の詩は笠朝臣金村が出張先でガールハントをした詩のようです。

何処か現代のサラリーマンの行状を見るようで、今も昔も変わらないなあと思ってしまいます。

 

二年乙丑春三月三香原(みかのはら)離宮に行幸した時、

娘子を得て作った歌一首と短歌 笠朝臣金村

 

五百四十六、三香之原 客之屋取爾 珠桙乃 道能去相爾 天雲之 外耳見管 

                  言將問 縁乃無者 情耳 咽乍有爾 天地 神祇辭因而 敷細乃 

                  衣手易而 自妻跡 憑有今夜 秋夜之 百夜乃長 有與宿鴨

 

   みかしはら たびしやどりに たまほこの みちのさらひに あまくもし 

おものみみつつ こととはむ よしみのなくば おもひのみ むせつつあるに 

あめつちの かみことよせて しきたへの ころもてかへて おのがめと 

たのめるこよひ あきのよし ももよのながき ともにぬるかも

 

訳:三香之原で 旅の宿りをするので 街道を何回も行き来して 都(みやこ)から来たような

     振る舞いで 容貌だけみて 言葉を掛けよう つてがあるわけではないので 

     (今夜の女性を得たいという)想いで 必死になっていたので 天地の 神祇にお願いして 

    やっとのことで 着物を脱ぎ交わして (今夜の)私の妻だなあと 期待している今夜は 

    秋の夜でもあるし  長い長い夜を 二人で寝ることにしよう

 

**「さらひ」は「さらふ:復習する」の連用形の名詞。「あまくもし」は「天來(く)もし」で

      「天(都)から来たようにして」。「も:終助詞、し:代用動詞(す)の連用形」。

  この「来(く)も」の「も:終助詞:表現を和らげる」は主に奈良時代以前、

  形容詞終止形・動詞終止形或いは否定形、を受けて、用言の叙述を言い放たずに

 不確定の意を添えてその表現を和らげる、とあります(岩波古語辞典)。

    「おも」は外見・容貌。「こととはむ」は「こととふ:求婚の言葉をかける+む:話者の意思を表す、~しよう」

    「おもひのみ」の「おもひ」は「恋慕の情」。「むせつつあるに」は「息がつまっている」状態だが、

    この場合は「必死になっている」状態のようです。「ことよす」は「委託する・かこつける」。

    「しきたへの」は「じっと我慢していた・やっとのことで」。

    「有與」は人体で目や耳など対にあることを言う言葉だそうです。(諸橋大漢和)

 

反歌

五百四十七、天雲之 外從見 吾妹兒爾 心毛身副 縁西鬼尾

 

 あまくもし おもてからみる あぎもこに こころもみさけ よりにしものを

 

訳:都風を吹かせて 様子(容貌)で一緒になった 娘子に 

心だってそれほど寄せてないで 近寄ったのでしょうに

 

**「みさく」は下二段で「遠く見やる・遠くをはるかに見やる」。

 

五百四十八、今夜之 早開者 為便乎無三 秋百夜乎 願鶴鴨

 

  このよるし はやくあければ すべをなみ あきのももやを ねがひつるかも

 

訳:この夜が 速く明けてしまったら 困ってしまうから 秋の夜長を 

(ひたすら)願ったのでしょうよ

 

**「すべをなみ」は「やりようがないので:(なみ)は(無し)の語幹+接尾語(み)で(ないので)」。

安貴王謌一首並びに短歌

五百三十四、遠嬬 此間不在者 玉桙之 道乎多遠見 思空 安莫國 嘆虚 不安物乎 

水空徃 雲爾毛欲成 高飛 鳥爾毛欲成 明日去而 於妹言問 為吾 妹毛事無 為妹 

吾毛事無久 今裳見如 副而毛欲得

 

 とほしつま このまあらねば たまほこし みちかたとほみ おもふそら あんずるなくに 

  なげくそら あんぜぬものか みなそゆく くもにもならむ たかくとぶ とりにもならむ 

  あすゆきて いもにこととふ われがため いももことなく いもがため われもことなく 

  いまもみるごと たぐへてもえむ

 

訳:遠くにいる(私の)愛しい人は 今ここにいないとすると 道標だよりに行く 

     道は遠いことです (だから)思うのみですよ 案ずることはないと 嘆くのみですよ 

    心配だなあ いやそんなことはないと 空を行く雲にもなりたいよ 高く飛ぶ鳥にもなりたいです

   明日にでも行って 愛する人に言うのです 私のために 妹(君)も(誰とも)共寝ををしなかったよね 

    君のために 私も(誰とも)共寝をしていないよ 今こうやって抱き合っているように 

    このまま一緒に連れて(帰って)でも(君を)欲しいよ

 

**「嬬」は「そばめ」としての意味合いが強い「妻」でこの場合、采女の事ですから

      「愛人」と訳した方がよさそうです。

  後書きで安貴王が因幡八上采女を娶り、仲が親密だった時に、不敬の罪で裁かれて

  本郷に戻されてしまったとあります。おそらく戻されたのは「因幡八上采女」の方でしょう。

    この詩は、本郷に戻された采女に贈った詩のようです。

 

    「此間:このま」は「今現在のこの場所」。「あらねば」は「居ないとすると」。「みちかた」は「道の方は」。

    「とほみ」は「遠いので」(連用修飾語)。「思空」、「嘆虚」の「空・虚:そら」は

    「実体のない様を表す形容動詞の語幹」で、「おもふそら・なげくそら」を「おもふのみ・なげくのみ

   と読んでみました。後ろの「安莫國・不安物乎」と倒置法です。

    「安ずる無くに」は「按ずることはないと」(連体形の準体法)。

    「不安物乎:あんぜぬものか」は「心配だなあ、いやそんなことはないと」。「事無」をどう解釈するか?

    「事無し:セックスが行われないでしまうこと」という解釈が金田一にあります。

    「異性と事をしなかった」という意味でしょうか。即ち「浮気」。

    「いまもみるごと」は「今も一緒に抱き合っているように」。

    「たくへても得む」は「一緒に連れて帰っても(妹を)得たい(欲しい)」。

 

反歌

五百三十五、敷細乃 手枕不纏 間置而 年曾經來 不相念者

 

  しきたへし たまくらまかず まをおきて としこそへくる あはずおもへば

 

訳:じっと我慢をして 共寝をしないで そのままでいたら 

年だけ取るのですよ 逢わずに思っていたら

 

**「敷細乃」は「しきたへの:じっと我慢している様の」

 

この返歌は「このままでは年だけ取ってしまいますよ。どうするのですか」と詠っているようです。

   安貴王(阿貴王)は天智の第七皇子である施基皇子の子、春日王の子とされています。

   後に紀朝臣鹿人大夫の娘の小鹿(紀小鹿女郎・紀女郎:万葉歌人)を妻にしたとあります。