日本の古代探索

日本の古代探索

古事記・日本書紀・万葉集の文や詩を通して我々の先祖の生きざまを探ってゆきたいと思います。

1836・風交 雪者零乍 然為蟹 霞田菜引 春去爾来

 

   かぜまじり ゆきはふりつつ しかすかに かすみたなびく はるのへにくれ

 

 訳:雪交じりの 風が吹いています ですけどね (本当は今は)霞が棚引く 

   春が来ている(はずな)のですよ

 

**「しかすかに」は「さすがに・それはそうだが」。

  「はるのへにくれ」の「へに」は「へ:(過・經:ふ:季節が巡ってくる)の連用形+に:

  完了の助動詞(ぬ)の連用形」。或いは「はるさりに」。 

  又、雪が降り続いている状況では、霞は棚引いていません。そこで最後の「来」を

  「くれ」と已然形で読んで条件句「来ているのに」と解釈いたしました。

 

 *何なの!もう、本当だったら、霞が棚引く暖かな春の季節だというのに。

  早く恋がしたい!!(女性の詩にしてしまいました)

 

次の二首は問答歌です。

 

1841・山高三 零来雪乎 梅花 落鴨来跡 念鶴鴨 

  一に言う 梅花 開香裳落跡

 

   やまたかみ ふりくるゆきを うめのはな ちりかもくると おもひつるかも

 

 訳:高い山から 降ってくる雪のことを 梅の花が散ってきたのだろうかと 

   思ってしまいましたよ

   (一に言う)(うめのはな さけかもちると)」

   (梅の花は 咲いたのじゃないの、(それなのに)散ってると)

   (かも)は反語。

**「ちりかもくる」は「ちり:(散る)の連用形+かも:係り助詞で疑いを込めた詠嘆、連体

  形で終止する+くる:(来・く)の連体形」

 

 *あの高い山から降ってくる白いものは梅の花じゃないんだ。

 (一に言う):梅の花が咲いたのではないんだ、散って落ちてきたと思っちゃったよ

 *いずれにしましても、春を待ちわびる気持ちが溢れ出ていますね。

 

1842・除雪而 梅莫戀 足曳之 山片就而 家居為流君

 

   ゆきのけて うめをこふるや あしひきし やまがたつきて いへゐせるきみ

 

 訳:雪かきをしながら 梅に恋をしているのではありませんか 

   険しい山の田舎に居着いて 生活している貴方は

 

**「のけて」は「のけ:(除く:どける)の連用形+て:接続助詞(~の状態で)」。

  「莫」は疑問の助辞で「~なからんや」。

  「やまがた」は「山の(縣:あがた)田舎」。

  「つきて」は「就く:一体になって離れな い」。「いへゐ」は「家居:家に住むこと」。

 

 *「梅莫戀」を「うめなこひそ」と読むと「梅を恋などしなさんな」となって、否定の言い回

  しで、咎めているように思えます。

  「あんたは雪かきしていればいいんだよ!」では問答歌の趣を損ないます。

 

 *雪かきは疲れるもんね!早く春が来るといいね、お互いに。

 

詠柳

 

1846・霜干 冬柳者 見人之 可為 目生来鴨 (霜干)は(元:霜十)

 

   しもかわき ふゆのやなぎは みるひとし かざしするべく めおひくるかも

 

 訳:霜が無くなって 冬の柳は(いよいよ) 見る人の 翳しにするために 

   芽が出てくるかなあ

 

**「見る人」は「柳の陰から好きな人をそっと見る人」。「かざし」は「顔を隠す」、亦「意

  味を隠して他の表現をする(翳し文句:謡曲)」。

 

 *春は恋の季節です。柳の木の陰から窺う人を隠すために芽吹いて枝を多くする、と言う意味

  でしょうか。

 

 *春になったから、柳も気を利かして芽吹いて、そっと見る場所を提供してくれるでしょう。 

  彼女を見ていたい貴方!

 

1849・山際之 雪不消有乎 水飯合 川之副者 目生来鴨

 

   やまぎはし ゆききえざるを みめしあひ かはしそふれば めおひくるかも

 

 訳:山の方では 雪が未だ消えていないなあ (でも里では)お互い体を寄せ合って 

   川のように寄り添えば (女は)慕情を寄せてくることよ

 

**「みめしあひ」は「身召し相ひ」で「お互いに体を招き寄せる」の連用形。

  「めおひくる」は「め:女+おひ:(追ひ:だんだん~する)の連用形+くる:(来:女が

  男に慕情を寄せる)」。

 

*尚、「飯」を西本願寺本は「煞:さつ・さい:ころす、はやい」としているそうです。

   万葉考・万葉古義は「水激合川之楊者」

   その場合「水煞(激)合」は「みなぎらふ:水が満ちあふれている」と読めます。

*西本願寺本:やまぎはし ゆききえざるを みなぎらふ かはしそふるは

   めおひくるかも

 

 訳:山の方の 雪は消えていないのになあ 水の溢れている 川に添う(柳)は

   芽生えてくるかなあ

 

万葉考等:やまぎはし ゆききえざるを みなぎらふ かはしやなぎは めおひくるかも

 

 訳:山の方の 雪は消えてないのになあ 水の溢れている 川の柳は 

   芽生えてくるかなあ

***この1849の詩は「詠柳」のジャンルにはいっていることから、西本願寺本、万葉考、万

   葉古義の用字で読むのが常識的かもしれませんが、寛永版本、その他、を是とすると「パ

   ロディー」的な詩となります。

 

 *寛永版本などの場合は、

 

  山は未だ冬でも、俺の心はもう春。早く、心優しい人に逢いたいなあ!

  と、恋人を待ち望んでいる青年の叫びが聞こえます。

春の雑歌

 

1817・今朝去而 明日者来牟等 云子鹿丹 旦妻山丹 霞霏微

 

    けささりて あしたはこむと いふこがに あさつまやまに かすみたなびく

 

訳:今朝行ってきたのに 明日は(復)来ようと 云う子のように 

  旦妻山に(今朝も) 霞が棚引いています

 

**「がに」は推量の意を表す助動詞「~のように」。

 

 *あさつま山が「復、来てね!」と、何時までも霞を棚引かせて招いていますよ。

  まるで子供がおねだりしているようですね。

 

1820・梅花 開有崗邊爾 家居者 乏毛不有 鶯之音

 

    うめのはな さけるおかべに いへをるは ともしもあらず うぐいすしこゑ

 

訳:梅の花が 咲いている岡のあたりの 家に居るのは 

  不足(つまらなく)ありませんよ 鶯の声が(ありますから)

 

**「ともしもあらず」は「不足ではない」。

 

 *ここに独りで居ても、ちっとも寂しくなんかありません。

  鶯がいっぱい来て鳴いていますから!

 

詠雪

 

1832・打靡 春去来者 然為蟹 天雲霧相 雪者零管

 

    うちなびく はるさりくれば しかすかに あまくもきらひ ゆきはふりつつ

 

訳:心もはづむ 春が来たのに どうしてというように 雨雲がたちこめて 

  雪が降っています

 

**「うちなびく」は「(恋に)心を寄せる・心弾む」の強意形。

  「はるさりくれば」の「ば」は逆接の接続助詞「~のに」。

  「しかすかに」は「そのようにするか?のように」。

  「きらひ」は「(きらふ:たちこめる)の連用形」。

 

 *春になったので、新しい恋が見つかるかなと、心時めかせているのに、どう言う事!

  こんなに雪雲が垂れ込めて。意地悪ったらありゃしない!

 

1834・梅花 咲落過奴 然為蟹 白雪庭爾 零重管

 

    うめのはな さきちりすぎぬ しかすかに しらゆきにはに ふりかさねつつ

 

訳:梅の花が 咲き終わって散ってしまっています そのように(散って) 

  白くなっている庭に (更に雪が)降り重なっています

 

**「しかすがに」は「そうあるところで・そうは言うものの・しかしながら」。

  「白雪庭」は「白ゆき(行き:連用形の名詞:白くなったところの)庭」で「散った梅の花 

  びらで白くなっている庭」。

 

*梅の花が散って、真っ白になっている庭に、雪が降り足りないと思ったのか、

 ムキになってしっかり降り積もっているようですね。

妻に与える歌一首

 

1782・雪己曾波 春日消良米 心佐閉 消失多列夜 言母不往来

 

   ゆきこそは はるのひくらめ こころさへ けうせたれつや こともかよわず

 

訳:雪が 春の日差しで消えるように 心までも 消え失せてしまったのではないか 

  言葉も通わさずに

 

**「くらめ」は「く:(消・く)の終止形+らめ:(らむ:推量の助動詞)の已然形」で「消

  えるであろう」。「けうせたれつや」は「けうせ:(消失せ:消えて無くなる)の連用形+

  たれ:(垂る:表し示す)の連用形+つ:完了の助動詞+や:問いかけの終助詞」で「(心

  さへ)消え失せて(本性が)現れてしまったのではないか」

 

 *この頃、昔のように、心を込めた会話がないけれど、私に対する愛情が失せたのかい?

  

 

妻が和した歌一首

 

1783・松反 四臂而有八羽 三栗 中上不来 麻呂等言八子

 

   かへりまつ しひてあるやは みつくりの なかのぼりこぬ まろなどいはね

 

訳:お帰りを待っていました いやいや待っているのではありません 三つ栗の真ん中の其の

  仲、二人の仲で 言い寄ってきてくれませんね 麻呂はどうして(なの) 

  想いを訴えて欲しいのです

 

**「しひてあるやは」は「しひて:むりやり・むりに+ある:いる(連体形)+やは:係り助

  詞(反語:~だろうか、いやそんなことはない)」で「無理をして(待って)いるのではあ

  りません」。「なか」は「仲:男女の交情」。

  「のぼりこず」は「のぼり:(ほれる)の連用形+こ:(来)の未然形+ぬ:否定の助動詞 

  (ず)の連体形」。「など」は「なぜ・どうして」。ここで意味はいったん切れる。

  「いはね」は「いは:(言ふ:言い寄る・想いを訴える)の未然形+ね:願望・希望の終助

  詞(~てほしい)。

 

 *いいえ。 一生懸命お帰りを待っていましたのに、昔のように、貴方こそ、優しい言葉を掛

  けてくれません。麻呂こそどうして? 思いを訴えて欲しい!

 

 *お互い様ですよね。昔も今も変わりませんね!

 

  右の二首は柿本朝臣人麻呂の歌集の中に出ています。

 

1799・玉津島 礒之裏未之 眞名仁文 爾保比去名 妹觸険

 

   たまつしま いそしうらみし まなごにも にほひいぬるな いものふりけむ

 

訳:玉津島の 礒の浦の周りの 真砂にも 良い匂いを残して亡くなってしまったお前

  愛しいお前が触ったのでしょうね

 

**「まな」は「可愛い子=まなご=細かい砂」。「にほひ」は「にほふ:良い香りがする」の

  連用形。「いぬる」は「いぬ:(亡くなる)の連体形」。「な」は「汝:お前」。

  (「ふりけむ」(古形)は「ふれけむ」に同じ。)

  右の五首は柿本朝臣人麻呂の歌集に出ています。

 

 *玉津島の礒のこのあたりを 君と良く一緒に歩いたね。

  君の移り香が残っているような気がするよ。懐かしいなあ。

 

ここから第10巻です

 

1816・玉蜻 夕去来者 佐豆人之 弓月我高荷 霞霏微

 

   たまかぎる ゆふさりくれば さつひとし ゆづきがたかに かすみたなびく

 

訳:はかない 夕暮れが過ぎて 猟師の 弓月の中を飛んでいる鷹に 

  霞が棚引いているよ

 

**「たまかぎる」は「靈が終わる・はかない」。「さつひと」は「猟師」。

  「ゆづきがたか」は「ゆづき:弓月(ゆみづき):半月の中を(飛ぶ)鷹」

 

*この「さつひと:狩人」は「鷹狩り」のようです。

 「鷹狩り」は我が国では貴族の遊びとされてきたようです。

*「さ、霞が掛かってきたから、今日はもうお終いにしよう。お疲れ!お前(鷹)も頑張った

 な」

 と、漁師が鷹に語りかけている声が聞こえるような一情景ではありませんか。