一人伊豆で、「海辺のカフカ」を読んでいたらハツとする一文に出会った。人間は柵を作ることで文明を発展させてきた、とジャン ジャック ルソーが言った
らしい。本当だな!!万里の長城やイタリアの都市国家を始めヨーロッパは壁ばかりだ。日本だって鎖国で柵を作っていたときに独特の文化が発展した。ただ、
アボリジニだけは根っからの自由人で一切柵を作らなかったという。イギリス人が来て、彼らが作った家畜のための柵を見てまるで理解出来なかったそうだ。そ
のアボリジニも、今では柵に入れられてしまった。
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浅川マキが天国に旅立った。
一昨年の新宿での年末コンサートに真剣に行こうと思っていたが、家人が反対するので断念した覚えがある。もう二度と見ることが出来なくなってしまった。ラジオから流れてきたその歌声を聴いたのは、もう40年も前の時代だ。歌がめちゃくちゃ上手いわけじゃない、美人でもない、その歌を聴いてハッピーになるわけでもない。むしろ逆だ!!思いっきり落ち込ませる。その歌はブルーでマイナーな曲ばかり、だから妙に体のどこかに覚えていてあるとき何かの拍子に思い出す。
4-5年前に佐渡で赤い太鼓橋を見て「赤い橋」を思い出し、その日の真夜中キャンプ場で一人でこの曲を思い入れたっぷりに歌っていたら、かなり後になってその事を非難されたりした。(せめて、次の日に言えよ!!)今こうしてYouTube:
で聞くと、ストレートに入ってくる。
長いこと友達にでさえ、その曲調の故浅川マキが好きだと言えなかった。もう、空気を吸っていないのですか!?
追悼浅川マキ。
一昨年の新宿での年末コンサートに真剣に行こうと思っていたが、家人が反対するので断念した覚えがある。もう二度と見ることが出来なくなってしまった。ラジオから流れてきたその歌声を聴いたのは、もう40年も前の時代だ。歌がめちゃくちゃ上手いわけじゃない、美人でもない、その歌を聴いてハッピーになるわけでもない。むしろ逆だ!!思いっきり落ち込ませる。その歌はブルーでマイナーな曲ばかり、だから妙に体のどこかに覚えていてあるとき何かの拍子に思い出す。
4-5年前に佐渡で赤い太鼓橋を見て「赤い橋」を思い出し、その日の真夜中キャンプ場で一人でこの曲を思い入れたっぷりに歌っていたら、かなり後になってその事を非難されたりした。(せめて、次の日に言えよ!!)今こうしてYouTube:
で聞くと、ストレートに入ってくる。
長いこと友達にでさえ、その曲調の故浅川マキが好きだと言えなかった。もう、空気を吸っていないのですか!?
追悼浅川マキ。
南伊豆の家を出たのが、23時ジャスト。
136 号の海岸線をひたすら走っていると前にそんなに遅くはないけれど、出来ればもう少し早い速度で走ってほしい黒塗りのセダンが道をふさいでいる。カーブやト ンネルの連続なので追い越すには微妙な速度だ。しばらく後をついていきながら、やっと追い越し車線のある見通しの効く道路に入ったので思い切って追い抜い た。何ということだ、すぐにその車に追い抜かれた。しかもわりと危険なカーブで、、、、。その先はいつもの港町の近道。右折するのだが、その車も右折し た。当然俺も曲がった。そこは市街地の細い道で夜中の12時ごろ、なんと奴は道の真ん中に車を止めて俺を通せんぼしているではないか!?ヤベッ、これって 喧嘩売られている状況!!???黒塗りだしもしかしてヤクザ!?と一瞬で考え、猛スピードでバックして別の道を通って帰ることにした。しかし、道はその先 で合流する。どこかで待ち伏せでもされたらまずいかも、と思いながら運転していたら予想は的中。山道のカーブを回ったところで奴は待っていた。急だったの でUターンはもう出来ない。猛スピードで逃げた。でも、しっかり後を付いて来る。すぐに奴の運転テクニックはそんなに悪くはないと感じ、このまま猛スピー ドで逃げおおせる自信もない。奴は、止まれのパッシングをしてくる。分かった止まります。横につけた男は茶髪の若い奴で、俺の顔を見るなり「テメェー、ジ ジィ、抜かされた奴の気持ちになってみろよ!!テメェー、ナメンナヨ!!」とかなりの勢いで怒りまくっている。このアンちゃんと喧嘩しても勝てる自信はな いので、仕方なく謝ることにした。すると奴はどうしたものかと一瞬躊躇した挙句、そのまま去って行ったのである。
わざとゆっくり走って喧嘩を吹っかける奴もいるので、皆さんご注意してください。