6月1日(日)、今朝の仙台は小雨が・・。

 

今日から6月ですね。当地はまだ梅雨ではありませんが梅雨を思わせる雨が・・。

 

愛犬も昇天し、飼育している虫たちの飼育もなかなか思うような成果が得られず。

 

時間も取れるようになったはずですが、いつものように朝は4時には目が覚めます。

ギフチョウの飼育箱を確認し、えさ不足になってはいないかと確認します。なんとかなるかもと。ギフチョウは個飼いではありませんのでほぼ瞬時に作業は終わります。

 

さて、朝食までの時間をどうしようか。パソコンを眺めながらテレビのスイッチを。ボリュームを最小にして。耳はテレビの音声を。手と目はパソコンに。

 

すると、しょうみょうとの音声が。えっ、なんだ。テレビを見るとどうやら仏教の話。音声と画面には声明との表示。永年研究されてきた仏教の話題が。なになに、ふーん。ついつい画像にくぎ付けに。宗派を超えた僧侶が集まりしょうみょう。仏教の原点に近づきつつあるような。宗教を信じていない小生には全く理解できませんが、今の混沌とした世の中には…。なんでしょうね。自我の話題も。なるほど。修行された方が集まり、新たな方向性を示しているような。ついつい魅入ってしまいました。

 

続いてある放送局の番組を。全国の短歌の大会での優秀作品についての話題。選者のコメントが。そうなのかとうなづきながら選者の弁に耳を傾けてしまいました。先ほどの宗教の話題に引き込まれていた余韻を残しながら。

 

ところがです。

その中に 10歳の・・・・・。という短歌が話題に上りました。この短歌に対して次々とコメントが。

一人目、じゅっさいのこの子がとの発言。びっくりしました。

二人目、同じくこの短歌は・・。じゅっさいの・・。えっ。

三人目、この選者も じゅっさいの子供 と。いやあ、まいった。

   10歳。これは じっさい と読むんでしょ。

 

先ほどまで宗教の画像で漢字の読み方とその意味するところに注視していたためか、なおさら読みには敏感になっていたかも。

 

この選者たちの読み方に大きな違和感を感じてしまい、昔、水俣病を誤読して首になった◎◎を思い出しました。

 

なんだかなあ。今朝から心臓に悪いなあ。気を取り直さないと。

 

こんなことを気にする小生も大人になっていないかも。

 

 

さて、雨が止んだら作業が待っています。