朝からミラジーノの修理をしていたが、ほぼ走行できるようになったので秋保の作業場まで試走。まあまあなので今日の作業はひとまず終了。帰宅して蝶の幼虫にえさを補給。のんびりしてネットに接続。するとなんと子供たちの学習ノートの昆虫などの表紙が教師や保護者からの気持ち悪いなどの意見のため取りやめたとのこと。いやはやなんたることだ。
 詳細は承知していないが、非常に腹が立つ。こんな教師がいるから子供たちがだめになる。こんな保護者が子供をだめにするのだ。
 昔、ある集会でこんな質問をしたことがある。お集まりの先生方、入り口からこの会議場までの脇の木はどんな木でしたでしょうかと。松ですか。杉ですか。それとも檜ですかと。すると沈黙ですよ。会場に入るとき何を見ているのでしょうかね。地面だけですかねえ。
 技術家庭の授業ではこの杉の板を・・・・などと説明しているんでしょ。板はわかるが木はわからないなんて。
 そんな教師がゴロゴロ。いや教師ではなくて先生ですかね。いわゆるただ先に生まれただけのヒトなんですね。こんなヒトがこれらの貴重な写真を見て気持ち悪いなんて言い出したりするんですね。おまけに保護者。いやいわゆる過保護者ですかね。保護もしない単なる親かもしれませんね。こんな親に限ってムシは全部気持ち悪いと大騒ぎする。そして何でも反対。
 本当の価値が見えず、わからず、自分の無知を棚に上げて声高にわめく。世の中恥を知らないヒトが増えたような気がする。バランス感覚がなくなっているのでしょうか。
 
 ちょっと腹立たしくて熱くなってしまいましたね。しかし、冷静になって考えてみるとやはり戦後の教育の欠陥と核家族化の弊害が現れてきているのでしょうね。どこかの国よりはましですが、いずれ同じレベルになるんでしょうね。
 
 ほぼ一生の大半を昆虫などの写真撮影のため世界を奔走され、その成果の一部だけでも見られたことは幸いでしたが、これらを見られなくなる子供たちは実に不幸の極みです。