こちらは、サツマイモの後作
腐葉土と化学肥料をまいて土作りをしておきました。
来年もサツマイモを植えようと思っているので、元肥は入れませんでした。
かわりに土がふかふかになるように籾殻を混ぜ込んでおきました。

畝の半分は菜の花の種子を蒔きました。
この植物、花を楽しむときは「菜の花」「菜花」とよび、種子をとるときは「菜種」とよびます。
私は春先に若芽を御浸しにして食べようと考えています。
このようなときは「摘み菜」とよんでいますが、地域によっては「かき菜」とか「アスパラ菜」とよぶそうです。

1cmほどの溝を作って、


種子を一列にまくのですが、小さいのできれいに等間隔で蒔けません。



土を軽くかけて終了

のこり半分の畝にはホウレン草の種を蒔きました。



こちらは2条まき
菜の花の種より大きいのでまきやすいです。

春にまいたときは、一袋すべて使って密にまいたので、間引きが大変でした。
今回はほどほどに・・・・

オクラ,モロヘイヤの後作として、タマネギを育てることにしました。



苦土石灰を撒いた後、腐葉土,鶏糞,化学肥料を加えて土作りをしておきました。

ホームセンターで50本束になっている物を購入しました。
いろいろな品種が売り出されていましたが、病気に強く早い時期に収穫できるということでトップゴールドという品種にしました。
早生種を選んだのは、後作として夏野菜の栽培を考えているからです。

しばらく水を与えておきました。



その間に、マルチングを張りました。



今回使用したシートはミシン目が入れてあり、


必要に応じて穴を開けることができます。



2時間くらいたったけど、多少元気になったかな。
You Tubeのよると、根の先を切っておいた方がいいとかそのままでいいとか、葉先を切っておいたほうがとう立ちしにくてよいとかそのままでよいとか、いろいろあるようです。面倒なので、そのまま植えました。

2cmほど穴を開けて土をかけていきました。

穴のまわりに籾殻を敷いておきました。
雑草・霜の発生を抑え、保温と保湿に役立つそうです。



余った籾殻をジャガイモの根本に撒いておきました。

元気なんですがまっすぐ茎が帯びていた春ジャガイモ(男爵)に比べ、秋ジャガイモ(出島)は行儀が悪く四方八方に曲がって伸びています。

サツマイモを植えてから、120日目になりました。
週末に収穫しようかと思っていましたが、



台風の影響で思わしくない予報です。



といことで、急遽収穫することにしました。



まずはつるを切って脇にどかしました。
移植ゴテで少し掘ると


ありゃりゃイモに当たって皮をひっかいちゃいました。

このあとは素手で掘ることにしました。

西の株から掘り進め、最初は調子よかったのですが、
だんだんイモが少なくなり、東の2株はやたら長く根は張っているもののイモは見当たりませんでした。

8株植えてこんなところ。


大きさや形は悪くないけどちょっと少ないなぁ

ジャガイモの芽かきから一週間たったので、土寄せをしました。

土寄せの目的は、
• 緑化(毒化)の防止:地下で大きくなるイモが地表に露出して日光を浴びると、緑化して苦味が出たりソラニンという毒素が増えたりするため、しっかりと土で覆います。
• イモの肥大化と収量アップ:イモが育つための十分なスペース(ストロン=地下茎が伸びる部分)を確保します。
• 倒伏の防止:株元を土でしっかり支えることで、風や雨で茎葉が倒れるのを防ぎます。
• 追肥の固定と保護:肥料を株元に撒いた際、土をかぶせることで肥料が雨などで流れ出るのを防ぎます。
• 雑草の抑制:株元の周囲を土で覆うことで、雑草が生えにくくなります。
だそうです。

追肥した後、根本に5cmほど土を盛るだけですので、簡単な作業だと思っていましたが、
鍬で作業すると、土をのせた端からボロボロと崩れていきます。

しょうがないので移植ごてで作業しましたが、屈んだ姿勢で腰が痛くなりました。

春ジャガイモは浅植えという方法で育てました。
親芋はギリギリ土をかぶるくらいに埋め、マルチングをします。
この方法では土寄せは必要なく、収穫もマルチをめくるだけでごろごろでてきました。

今回は基本的なやり方を経験しようと思って、通常の深さに植えています。

伊勢上野城からの帰路、四日市市の蒔田城跡に寄りました。

蒔田城は寿永年間(1183~85)に平家一族の平家資によって築かれました。
平家が源氏によって滅ぼされると、源氏方によって落城しました。

その後は後白河院の所領となり、都から藤原宗勝が守護として訪れ、蒔田宗勝を名乗るようになりました。

戦国時代になると萱生城の春日部氏の一族だった春日部家春が蒔田城の城主となっていた。
永禄年間、織田信長の伊勢侵攻が始まり、春日部氏は織田氏に帰順することとなりました。

現在、城跡は1652(慶安5)年に建立された朝明山長明寺の境内となっています。



朝明山長明寺
所在地: 四日市市蒔田2丁目-13-29

向かって左側奥に長明寺の駐車場があります。


寺のまわりは堀で囲まれています。



戦国時代には寺院でありながら、堀を巡らして、城郭並みの防御機能を持った城郭伽藍があらわれましたが、ここは廃城の後、お寺が建てられています。



堀の中には鯉が泳いでいました。



1806(文化3)年に築造された参詣橋が架かっています。



隣のお寺の本堂が隅櫓のように見えます。



堀は庫裡の裏をとおって




 

お寺の裏側へ


ちなみにお寺の裏は家庭農園になっていました。



堀はお寺の周囲を囲んでいますが、安全のためでしょうか墓地の部分だけはふたがしてありました。



山門



本堂



鐘楼
堀以外の遺構は見つかりませんでした。
ひょっとするとこの鐘楼は櫓台につくられているかもしれません。

トイレ

トイレの貼り紙
全くその通りだと思います。

きれいに整備されているお寺でした。

ただし、城跡に関する説明が見当たりませんでした。

教育委員会の方よろしくお願いします。



見学所要時間: 15分