読書㊱『季節のない街』 (山本 周五郎著、新潮文庫) | そういえば・・・

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ラジオでクドカンが『季節のない街』

をディズニープラスでドラマ化した

というのを聞いた。

 

山本周五郎の小説『季節のない街』が

原作で、過去に黒澤明が『どですかでん』

として映画化したものだ。

 

二人の天才がチョイスしているわけ

だから、これは読んでおかなければ

なりません。

 

 

 

ずっと山本周五郎と山本有三を

勘違いしていた。というより、

どこか途中でゴッチャになって

しまった、というのが正しく、

中一の頃に家にあった山本有三

全集の中の『路傍の石』を

読んで読書嫌いになった。

だから山本周五郎は一冊も

読んだことがなかった。

 

 

で、読んでみてこれは大層面白い。

この「街」はどこ、という設定は

ないそうだが、私の勝手なイメージ

では東京23区西部(荒川区、足立区、

墨田区、江東区、江戸川区)あたり。

 

度を越す貧困と教育の無さ、赤裸々

な人間関係を章(短編)を分けて描く。

赤貧の吹き溜まりの人物描写はまさに

「季節なし」の単調さ。

底辺を蠢く人の描写を最近の文章

書きにはできないような気がします。

 

この本が連載されたのが昭和37年

(1962年)。同じ年に吉永 小百合

主演で、彼女の出世作兼代表作の

『キューポラのある街』が封切られた。

どちらも貧しい、という点では同じ

だが、『キューポラ』が未来のある

爽やかな貧乏であるのに対し、

『季節のない』方はドロドロした、

将来を描けない貧乏。

 

 

吉永小百合の代表作、『キューポラのある街』

さわやかで希望を捨てないジュン

 

黒澤明の『どですかでん』(原作『季節のない街』)

六ちゃんが張り切って(架空の)市電を運転する

 

 

作家紹介。

山本周五郎(1903-1967)は横浜市立

尋常西前小学校卒、質屋の丁稚を

経て作家となる。

 

今NHKの朝ドラでやっている

『らんまん』の主人公・牧野富太郎

(1862-1957)のもとに若い頃

取材に行き、何気なく「雑木林」

という言葉を使ったところ、

「どんな花にも、どんな木にも

みな名前がある。雑木林というのは

人間が作った勝手な言葉で不愉快。

「雑兵」と言われたら嫌だろう。

きちんと名前があるのだから

正しく使いなさい」と咎められ、

いたく感じ入る。

 

 

苦労して人気作家になるが

直木賞(「日本婦道記」)、

毎日出版文化賞(「樅ノ木は残った」)、

文芸春秋読者賞(「青べか物語」)を

軒並み辞退。

 

 

こういったややこしい人を考える

とき、思い浮かぶのが内田百閒、

話が脱線するが。

 

 

内田百閒(1889-1971)は東京帝国

大学卒、夏目漱石の最後の門下生

であった。

 

日本芸術院会員に推挙されるも

「イヤダカラ、イヤダ」と

断ったのは有名。

黒澤明(1910-1998)の遺作

『まあだだよ』は百閒の師弟

関係を題材にしたものである。

黒澤はこういった「こじらせ

作家」が好きなのか。

 

 

こじらせていないが、同時代に

たたき上げ系の流行作家に

松本清張がいる。

 

松本清張(1909-1992)は板櫃尋常

高等小学校卒。

 

電気会社に給仕として就職し、

掃除、お茶くみ、使い走り、商品の

配達、そして職を変え印刷工に

なり、苦労の末、小説家になれる

のはずっと先の話。

 

wikiで松本清張の経歴を読むと、

「苦心惨憺」という四文字熟語が

ぴったりな前半生、と思うはずである。

行き詰まりを感じる人は清張の

爪の垢を煎じて飲む気でwikiを

読むとよい。遺書に「自分は努力

だけはしてきた」と記す。

 

昔の作家は和装で貫禄がある。

 

 

年を考えてみると、太平洋戦争が

終わった1945年(昭和20年)の時、

山本周五郎42歳であった。

山本有三58歳、牧野富太郎83歳、

内田百閒56歳、松本清張36歳、

黒澤明35歳という年齢であった。

 

 

もう一度『季節のない街』に戻すと、

「プールのある家」「倹約について」

は話はそっちに行くんかい、といった

馬鹿ばかしくも悲しい結末だが、

最後の「たんばさん」がこの小説の

救いとなっている。