乃木坂はもともとは〇〇坂といった | そういえば・・・

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橋本商工株式会社の社長のブログです

乃木神社へ行ってきた。自宅から案外行きやすい。

 

 

新川崎 → 東京 (横須賀線 20分)

徒歩(5分)

二重橋前 → 乃木坂 (千代田線 9分)

こんな感じである。

 

 

さすが乃木坂46の聖地だけあって若者が多く、

乃木神社のお参りも若者中心。程よい狭さの神社です。

木立で涼しいが蒸し暑く、団扇パタパタ。

 

 

 

乃木神社の由来は乃木希典将軍から。乃木将軍は

明治期の陸軍大将で日露戦争で子息2人が戦死、

本人が指揮を執った旅順攻略戦の203高地の戦い

では、多くの戦死者を出した。

子供を亡くして寂しかろう、と戦後は学習院長を

明治天皇から任ぜられ、裕仁親王(昭和天皇)の

教育係となった。明治天皇からの信任が厚かった。

裕仁親王は目白の学習院まで車から徒歩通学へと

指導されたのであった。

 

 

 

明治天皇崩御の大喪の礼の日に乃木夫婦は自刃して

殉死する。当時、多くの日本人がその死を悼み、

自宅の隣に祀ったのが乃木神社である。

ちなみに神社のH/Pによると、それまで幽霊坂と呼んで

いたのが、今の乃木坂に名称変更となったそうだ。

 

 

乃木将軍殉死でふと思い出したのが夏目漱石の

『こころ』だ。

たしか最後の方で「先生」が「わたし」に乃木将軍が

明治天皇崩御に殉じたことを「明治の精神」に殉じて

云々、って書いてあったなと思い出し、久しぶりに

本を手にする。

 

 

『すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。

その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に

終わったような気がしました。

最も強く明治の影響を受けた私どもが,その後に

生き残っているのは必竟時勢遅れだという感じが

烈しく私の胸を打ちました。…』(「こころ」より)

と、「先生」の台詞として漱石は述べています。

 

 

話はガラリと変わるが、お参りの列の横になんと!

『さざれ石』が。「君が代」のさざれ石は実在して

いるのを知りませんでした。

 

 

さざれ石とは小さな石灰質角礫岩のこと。

ながい時間をかけて、小石が成長して大きな

岩となり、それに苔がはえるまでの意味で、

限りない悠久の年月を表現し、日本国の繁栄

を歌ったものです。

 

千代ちよ八千代やちよ

細石さざれいし

いわおとなりて

こけすまで

 

 

 

さざれ石の岩音鳴りてではない。