スクールガード?も慣れてきましたので、月曜日からはローテーションを組んで立つことにしました。

 

 もともと立っていらっしゃる方々の負担軽減のつもりで加わったのですから、それを実行しなければ意味がありません。

 

 来週からは、基本形は、週3回~4回立つというローテーションにしました。

 

 さて、慣れて来たところで、考えたのが「日本社会におけるボランティアとは?」です。

 

 私は、小さい頃から、ボースカウト活動を通じて「奉仕の精神」みたいなものを学びました。今は、ライオンズクラブに所属して、同様の活動をしています。このWebSiteへ行くと、「力を合わせて奉仕します。」とあります。

 

 その活動を通じていても、日本という国には「社会に奉仕すること」は根づきにくい文化だなと感じることが多々あります。

 

 そして、まさにスクールガードですが、なんだろうって思いますね。

 

 先般都内へ出た時見た光景ですが、夕方の下校時にスクールガード活動に類似した活動をしていました。じゃあお前だけでもやりゃいいじゃん。と言われるかもしれませんが、日本のムラ社会では「やっていないこと」を「突出してやる」のは憚られる「雰囲気」があります。

 

 それはさておき、そういうなんだか、やる側の都合による善意の押し付けみたいなものが逆に事故原因になったりしないのだろうかと思うのです。

 

 この場合でいうと、受ける側の学校の交通安全教育に影響がないのだろうかとかね。

 

 だって、私のやっているところなんて、ドライバーの立場でいうとスクールガードこそ「通行の邪魔」ではないかと思うのです。少なくとも私の立ち位置は明らかに邪魔です。今3人立っていますが、3人は本当に邪魔です。

 

 まず、2人が自転車が通行する動線上に立っています。そこにちょっと上の立場らしい巡回の方がいて、その方が見回りにくると3人が自転車動線上にいるのは絶対に迷惑。そこに子供達が錯綜しますから、自転車利用者も自身の安全、子供の安全、そして走行動線の確保と瞬時の判断が求められます。

 

 さらに、路線バスの運行されている道路で、交差点部分が周囲の中でも一番狭隘になっているところです。

 

 私は、押しボタン信号の柱の陰に立つようにしていますが、横断歩道を見て立つと、後ろ側歩道部分を自転車が走行し、一方車道側も自転車で走行する人がおり、柱部分から数十センチ車道側に出れば、車道を走る自転車に接触し、歩道側に下がれば、歩道側を走る自転車に接触する可能性があります。とはいえ、その自転車の動きを十分に観察をしないと、青になった信号に基づいて横断をする子供達に突っ込んでくる自転車という構図が出来上がり、事故発生となります。

 

 一方、歩道側の自転車がいるために、なるべく車道側によける際に、バスが私の側を走行するとなると、車道幅本当にギリギリのためにほぼ50センチ以内をバスが通行する感じです。

 

 なので、常に人の動きと自転車の動きを観察しながら、どの運転者にもわかるようにわざと大げさな動きで後ろに下がったり、前に出たりします。

 

 (笑)。とは言えこれって道路管理者に苦情をいうものでもなく、現状把握のもと教育でカバーだろうなあ~って思いますね。

 

 市の境界で、習志野市企業局の施設がありますから、現役の議員の際に、現在工事中の工事竣工後には、子供の安全考えてねと言ってありますが、これがスクールガードの方々の話になると、子供のためなんだから、公が土地を提供するのは当たり前的発言をするのは少々興ざめ感がありました。最低限の提供はしていただくのは、賛同しますが、素人考えの素人発想で、施設の周りずっと土地よこせって言われた時には、図々しいにもほどがあると思わず言ってしまいました。

 

 さて、それはさておき、事ほど左様に「子供の安全」を言うボランティアの押し付けが気になるのです。

 

 ぼくは、「防犯」って書いたジャケットと帽子ですが、一部に「○○地域学校ボランティア」だったか、書いたジャケットを着ている方がいますが、ボランティアって自ら言うか~?って感じです。

 

 なんだか日本的奥ゆかしさっていうか、どうしても最初から引っかかっていることです。

 

 どうも聞こえて来ている話では、学校に物を申したりもするようですし、市全体の集まりもあるようでして、どんなもんかなあと思いますね。

 

 高齢者による小学校児童の通学に対する価値観の押し付けが、地域の軋轢を生むのではないだろうかと思われる言動が多いですね。

 

 押し付けではなく、受け身でいいんじゃないの?って思うんです。

 

 登下校をより安全にしてあげたいんだけど、何をしたらいいでしょうかね?先生、保護者の皆さん。ってことではないのでしょうか?

 

 なんとなく、善意の押し付けで教育委員会全体が困っているように感じますね。

 

 これ、行政全体に言えるかも(笑)。「市民協働」なる造語によって、「線引き」を意識もせず、「やってくれるならいいじゃん」という船橋市役所特有の判断基準に基づいて、やっている事って多くないか?と思う今日この頃です。

 

 でもいずれにしてもこどもはかわいいよね。