私は混沌という表現で、厳しいなあ〜。五分五分かなと思っていましたが、先ほどネットニュースで、立民が過半数越えの候補者数という記事を見て、もはや自民と野党とで五分五分ではなくなったな。という感じです。

 

 週末のテレビ番組でのレッテル貼りというか、印象操作というかで、かなり厳しくなってきているなという印象。

 

 いや〜な空気を感じます。立民の政権取りの本気度が上がった感じ。

 

 それとは別に、千葉10区から古くから我々の仲間として活動してきた小池まさあき千葉県議が立候補予定と報道されました。何が何でも勝利して欲しいものです。

 組閣までは、まあ積年の恨みもあるだろうしねえ~などと外野席気分で見ていたのですが、さて、メディアはハネムーン期間の様子を感じさせないダメ出しが結構ある気がします。

 

 つい先日、永田町関係の方と話をする機会があって、総裁選挙の振り返りを少ししたのですが私の総裁選投票行動は間違っていなかったと安心したところです。「誰に入れたと思う?」という私の問いに「誰のなんの働きかけもなしでですよね?」と言われ、「そうそう、今回は完全に考え、悩みぬいての結果だよ」と言いながら、種明かしをしたところ、「一番の実力者でしょうね。正解ですよ。」と答えをもらいました。

 

 そんな中、政権の話になるとだいぶトーンも違ってきていろいろと話をしました。それはさておき、公認非公認なる問題についてです。ひどいなあ~という感じです。

 

 完全にチェックしきれていませんが、自分関係には甘く、清和研には情け容赦ないという印象です。実は私の一縷の望みというか石破総理って、よく勉強し、深堀が効いていて、さすがの当選回数と思っているところがありました。

 

 それがどうも違うんですね。お友達が少ないというのはもっぱらのメディアの情報だとは思っていましたが、そういう話を基に考えていた以上に、情報弱者すぎる気がしてきました。むしろメディア情報中心の大衆迎合主義者なのだという結論になりつつあるのが今日この頃の私です。

 

 公認非公認の話は、重複立候補の話も含め、党内処分が決定したあとのさらなる処分であって、あまりにもひどすぎます。メディアが何と言おうと「党」が「決定したこと」を堂々と胸を張って弁護もしないで、迎合することが正しいことなのか?私は政治家のあるべき姿ではないと感じました。

 

 一方で、処分を受けた側は側で、「冗談じゃねえ」ということを言えない空気感に何とも言えない気持ちで悶々としているのではと思います。

 

 また、アジア版NATOも防衛に理解のある総理がその見識に基づいての寄稿だと思っていたのですが、もうメチャクチャ批判を浴びています。ちょっと探ってみたら、いやいやいやこの人防衛族でもなんでもね~じゃんという批判記事がここ数日あふれかえっています。

 

 なんだかなあ~です。

 

 なんだか怪しい雰囲気を感じているのは私だけでしょうか?

 

 自民党政権が続く前提の話が、解散総選挙だとは思うのですが、そうなのって感じになってきていませんか?

 

 そもそも、昭和世代のオヤジとしては、もともと自民党にはかなり危うい状況が継続していると思っていたのですが、ここ数日のメディによるバッシングは大いに国民の共感を生んでしまうような気がします。

 

 解散総選挙をしてみたら、もう石破政権ではなくなった。みたいな空恐ろしい事態にならないだろうか?と肌感覚としてあります。「天の声にも変な声がたまにはある」は、福田赳夫元総理の言葉ですが、これは総裁選挙でした。

 

 しかし、今度の衆議院議員の総選挙は、まさにそんな感じになるのでは思うのです。

 

 政治の世界の話と、有権者の世界の話とでの乖離の幅が、一定以上になるのではないかと感じるのです。

 

 旧清和会の先生方がさまよっている感じがしないでもありませんが、昭和だったら、離党、新党立ち上げや合流などの動きが起きてもおかしくないくらいの状況の一歩手前くらいの感じだったような気がしますが、もっというと、野田代表の立憲に猛者がいれば、今回の自民党非主流派に手を突っ込んで、立憲を割って、ということもないわけではないだろうななんて思いながら、そんな元気がないだけに逆に心配をしているところです。

 

 一方、まだ兵庫県知事選挙が気になります。

 

 斎藤前知事が巻き返しと思えるようなメディアへの露出があり、ある程度自説の披露があり、メディアの悪者論のレッテル貼りが少々違う展開になったような部分があります。

 

 一部メディアでは、都知事選の石丸現象みたいな雰囲気があるみたいなことを言っていました。さて、私は石丸とはまったく違うとは思いますが、立候補者数が多いと、場合によっては、場合によるな。という気がしてなりません。

 私は若いころは「戦争というものは仕方がないもの」と考えていました。

 

 いまはさすがにやばくないかと思うようになりました。

 

 ウクライナ戦争が起こり、パレスチナ戦争が起こっていますが、日本の報道では見えてこないものがたくさんあることがなんとなく感じ取れています。

 

 ある意味良い時代になりました。自分でメディア報道の善し悪しがわかるような情報がインターネットで見ることが出来るようになりました。どこの国の言葉でも、翻訳ソフトを使って、日本語にできますし、深堀を繰り返すと真実に近づけるような気がします。

 

 また、過去の外交関連の書籍を乱読していますと、世界秩序や各国の理屈が見えてきて、日本の報道がいかに国際的に中立では無いということが明確になってきました。

 

 ウクライナの問題もパレスチナの問題も、日本の報道ではあたかもロシアが悪く、ハマスが悪いだったのですが、最近はイスラエルが悪いに変化してきていますが、いやいや、私のごとき日本人が論評する立場にはないなという感じです。

 

 ウクライナに関しても、なんだか西側先進国があそこまで武器を提供して、戦わせる必要があるのかと思ってきました。もちろん、武器の入れ替えや品質、技術向上に実践程役に立つものはありませんが、どうなのかなあ~って感じ始めました。

 

 ロシアはロシアで、メンツなのか?とも思いますが、小さな島国の国民の私にとって、あれだけの国土と資源がある国が、今ある範囲の国土資源でもいいじゃんと思いつつ国の指導者になればまあ違う立場だよね。と思ったりします。

 

 ロシア国内の様子を伝える日本人の方のYouTube番組をよく拝見しますが、見れば見るほど、行ってみたいなと思う国の一つでもあります。

 

 一方、イスラエルは論評できないほど複雑ですが、昔、仕事でニューヨークへ行ったとき、ユダヤ人のことをいろいろと説明してもらいながら、ユダヤ人だけが商売をしているというビルへ案内してもらったことがあります。また営業先にユダヤ人経営の会社があったのですが、そこだけは別格で価格交渉が厳しかった記憶があります。

 

 日本人は、無宗教というか穏健な宗教、信者が殆どだと思いますが、日本でもある新宗教同志のののしりあいを目の当たりにした時にはさすがに驚きましたが、それでも、拉致監禁は聞きましたが、殺人事件までは聞いたことがありません。

 

 真面目な信者というのは激しいものなのかなどと漠然と感じながら、見つめています。

 

 今朝ラジオで、政府は石油備蓄を密かに増やしているようですが、そうは言ってももちろん無限ではなく、さらには天然ガスが、ロシア依存があるので、これまた安心できないということです。

 

 だから、喧嘩両成敗などと簡単に言えませんが、国としての立ち位置は絶対に、他国追随はやめるべきだと思います。そういう意味では、安倍、菅、岸田総理には外交巧者と言っても良かったと思いますが、石破総理はちょっと心もとないなと気がします。

 

 まあ、とりあえず安堵。(笑)。

 

 私が投票した先生は1回戦4位でした。

 

 結局私の投票の決め手は、外交、防衛で安定感のある方でした。

 

 そうあるべきだ。の論では、もちろん高市先生の言っていることはごもっともですが、対中、対露をそんな言いっぷりで大丈夫?

 

 靖国神社参拝もそれでいいの?いま、韓国側の努力で改善してきた話を、感情的な話で蒸し返すような話でいいの?

 

 と感じていました。

 

 安倍総理とは思想も何もかもが似て非なるものだと思っています。

 

 一方新総裁は、防衛、政調、幹事長とそれなりのキャリアで、安心していられる感じです。心配事は皇室典範改正問題のみです。でもまあ、私なんぞよりはるかに思慮深い方ですから、言葉足らずで誤解される表現になってもいるような気もします。

 

 女系天皇容認派の如く言われていますが、たぶん、「やむなく女性天皇がいらした時代もありましたよね。しかし、議論が進んでいる旧皇族の養子縁組や復帰の話に道筋をつけて、それでも万止むを得ず、男系につなげないときの策として歴史に学び女性天皇をいただく。という議論もしておくべきではないのだろうか」

 

 くらいの感じじゃないのかなと密かに期待しております。

 

 戻りますが、それが高市式では党内まとまらず。だと思いますね。

 

 まあいずれにしても、岸田副総理兼外務大臣くらいの組閣はしていただきたいものです。