天皇陛下の水のご研究、ライフワークは有名ですが、今般の台風の被害を鑑みた時、その陛下の水へのご関心というのは畏れ多いものであります。

 

 「天皇陛下 水」でインターネット検索をかけると、いろいろな記事が出てきます。

 

 水は命を育み、命を保ち、命を奪うことを改めて知らされました。

 

 そして、陛下は、常々そのことを意識なさり、日々研究をし、人々に警鐘を鳴らしているのではないかと。そして、人々に「教えて」いるのではないかと。よくよく考えなさい。と。

 

 やはり私は陛下は神だと思います。

 

 すみません、「バスチー」って言葉を使って良いのか悩みました。でも使っちゃいました。

 

 なんと、ローソンのバスチーポスターに惹かれて、買っていただいたのが随分前。

 

 すると、いま、セブンイレブンの店頭にひっそりと。陳列。店内では、もちろんイチ押しにしている店舗多数ですが、ポスターなどは見かけません。

 

 どちらに軍配が?って感じです。

 

 そもそも、コンビニスイーツで「定番」商品化はほとんど無いようですが、

 

 ローソンバスチー

 

 セブンイレブンバスクチーズケーキ

 

 

 

 さて、船橋市議会における質問の通告についてですが、前回書きましたように、一般質問という本会議における質問においては通告をすることになっています。しかし、会議規則をお読みいただきお分かりのように、「簡明な主意書を作り、議長の定めた期間内にこれを議長に提出しなければならない。これだけです。そして、「質問の効果」は極めて限定的です。

 

 前回も書きましたが、国会の委員会はNHKの全国放送があり、かつ、新聞も場合によっては記事にしてもらえます。

 

 ところが、船橋市議会は、何年かに1回新聞記事になる場合がある。と言う程度です。それ以外はありません。ですからパフォーマンスの場に使って欲しくはないんですよね。

 

 まあ、そういう部分はちょっとおいておいて、答弁側の話に行きます。

 

 私は議員活動の後半において、質問取りをかなり制限というか応じませんでした。

 

 なぜなら議員活動の前半においては、部長と話そうが、課長と話そうが、「逃げる」こともなく、真正面から「その事象がどうあるべきか。」を課長の席で論じることができたのです。

 

 ですから、お互いに向かう方向は全く同じ。結論も同じ。まさに住民にとってベストな方向はこうですよね。そうですね。の会話が成り立ちました。

 

 結果、どういうことかというと、「ところがね先生、共産党がこういうことを言うんですよ。参っちゃうよね。こっちは一生懸命やってるのにさ。」って話になるのです。

 

 もともと、私の父も市議会議員で常に「反共」だったわけですから、私も根っからの「反共」でありまして、もってこいの話が部課長との会話から拾えるわけですよね。

 

 当然、「反共魂」に火がつくわけでして、こういう風に聞くから、こういう風に答えてよ。という会話が成り立つのです。で、やる。ヤジは飛ぶ、いじめはされる。でも負けない。やる。ヤジが飛ぶ。いじめはされる。でも負けない。を繰り返すしかないんですよね。

 

 それが、期数を重ねると、僕がヤジを飛ばす、僕がいじめる、向こうが負けない、僕がヤジを飛ばす、僕がいじめる、向こうが負けない、の繰り返しになるのですが、それはお互い呼吸があって、場内の乱闘に過ぎず、場外では、仲良くさせていただきました。

 

 しかし、この「呼吸」を理解できないのが今の市長です。

 

 彼が、市長公室長か秘書課長の時に、国のように、保守系と共産党、旧社会党系などとは、対応を変えるように言ったことがあります。そうしたら、その時に「それはできない。みんな平等に扱わなきゃいけない。」的趣旨のことを言ったので、その時から、こいつは政治が全く理解できていないアホだということが露呈して、私は相手にしないようにし始めたことを覚えています。

 

 ですから、議会担当副市長になった時もこっちの言っていることを全く理解できず「ぽか~ん」状態が結構あったのですが、副市長だろうが市長だろうが議会を下に見ている限りこいつはダメだなと思ったものです。

 

 それはさておき、その答弁側の八方美人化を松戸さんが主導するようになってからは、「対議会」は、平等な扱いになり、全て同じ対応が生まれましたから、「臨機応変」などという言葉はなく、画一的に対応をすれば良いので、どこの部署であろうが、答弁は同じ「末尾」になるのです。

 

 よくいうところの「検討してまいりいます。」とか、「研究してまいりたいと思います。」ですね。

 

 どういうことかというと、徹底的に質問取りをして、質問者側の欲しい答弁を聞き出します。そこに、「ご質問者のおっしゃる○○○○○○○につきましては、近隣の状況や他市の状況を調査し、検討をしてまいります。」とか「ご質問者のおっしゃる○○○○○○○につきましては、国や県の動向を注視しながら研究をしてまいりたいと存じます。」と答えりゃ良いことになります。

 

 これが当選回数の多い議員やアホ議長経験者などには、「ご質問者のおっしゃる○○○○○○○につきましては、近隣の状況や他市の状況を調査し、前向きに検討をしてまいります。」とか、「ご質問者のおっしゃる○○○○○○○につきましては、たしかに○○○○な部分もございますので、国や県の動向を注視しながら研究をしてまいりたいと存じます。」と少しだけおまけの言葉がつきます。

 

 そこには、市民など不在で、上っ面だけちょっと調べて、「良い作文」を書きさえすれば、それで「良い成績」になるのです。

 

 でも、船橋役所の職員はものすごく作文を書くのは上手ですよ。読む部長が下手なだけで、会議録を見ると素晴らしい文章になっています。

 

 もっというと、その程度の答弁で満足するアホな議員が数多くいるという証でもあるのです。

 

 議員側のことはおいておいて、答弁側ですが、そういう状況ですから、自らの業務、担当など深く追求調査する必要もなく、上っ面だけ気に留めておけば、あとは適当。従来通りのことを継続して、遅滞なく業務を進めればそれで良し!!ってことです。

 

 ですから、「質問取り」を部下に命じて徹底的に行います。それが今じゃもうアホみたいに、ちょろちょろちょろちょろ、委員会の質問取りまでしますし、さらには閉会中に行う所管事務調査でも質問取りをする始末です。

 

 委員会というのは、まず、開会中は基本的に議案に関する審査が中心ですから、議案を提出している課の課長は、ありとあらゆることを想定して想定して想定し尽くして、議案にまとめるのが仕事です。従って、どんなことでも聞かれて答えられるのが「課長」の仕事あり習熟度でもあるのです。

 

 これら、「責任を持った答え」をするのも課長の仕事の範疇であり、「係長」などに責任を負わせてはいけません。

 

 ということで、「質問取りなどする必要がない。」というのが私の持論であり、当然のことだと思っています。それはその専門分野のことだけではありません。議会対応のお作法から始まって、「べからず集の習得」も終わっているのが課長だと思うからです。

 

 この「べからず集」は、紙に残せないことの口伝によるものです。

 

 私はここであえてアホだとかバカだのチョンだの言っていますが、「それが誰のこと?」がわかるレベルになりなさい。ということです。

 

 あの議員は○○についてはうるさい。あの議員は○○についてよいしょしておけば、大丈夫。あの議員は○○の親戚だから気をつけろ。などなどです。

 

 さらに、あの議員はパワハラきついぞ。とか、あの議員とあの議員は仲が悪いからあの議員の前であの議員の良いこと言っちゃダメだ。とか選挙区事情もあります。

 

 議員の側も教育が行き届いていない議員がほとんどになりましたから、これで今は楽ですね。職員の言うことを丸呑み。なんでも信じちゃう。用語の裏を知らないから裏読みをしない。こんな楽なことはないですよね。答弁者側の基礎的部分さえも理解しようとしないから、いいようにあしらわれちゃう。そんな状況で住民福祉の増進などとは程遠い船橋市政ですが、「課長は盤石」な育成ができていることが私の中では前提ですので、委員会の質問取りなどあり得ないし、一般質問においてだって、想定問答集を的確に作り上げる実力があると言うのが前提でしたから、一般質問も基本的には、自分の部の各課の十分な想定問答集が集まれば部長は何も心配はないはず。

 

 なので、いろいろなことを試みました。

 

 何を?問取り制限や問取り予約制などです。

 

 対応しないというのは、敵もさるもの引っ掻くものってな感じで、控室を入室禁止にしますと、電話で「お話がある」とか「相談がある」とかで入室を拒めない状況を作り上げる部課長がいたり、ほとんど効果がないのです。

 

 で、ファミリレストランみたいに、予約票を控え室のドアの外に出して書き込むようにしたら、関係ない、用事のない課長まで書き込んでダメ。

 

 結局、彼らの「聞きだすまでは帰れない」的つきまといは、警察に届けたいくらい。何度職員課長に苦情を言ったか。議会のフロアでぼ~ッと待っている姿はとてもじゃありませんが市民の皆さまに見せられません。

 

 だって、彼らの時給換算の給料はいくらだと思いますか?まさに国のように問取りをする意味や意義が、広く、国民生活に大きく影響したり、国益に影響を及ぼしたりするのであればそれは致し方ないことですが、全く市議会レベルは違いますから。

 

 その概念が全くなくて、ただひたすらアポなしで、議員の時間が空くのを待つ。議員の側のアホさ加減は別に書きますが、この問取り地獄だけはどうにもなりませんでした。

 

 私が議長の時に副議長をお務めいただいた池沢先生も同様のお考えで苦言を呈しておりましたがどこ吹く風です。

 

 で、何度か議会担当に苦情を入れ、全体的に是正の方向で動いてくださいましたが、結局は元の木阿弥。

 

 というのは、僕の姿を見つけると物陰に隠れる職員がいたり、堂々と議会フロアを歩いているから、「何やってんの?」って聞くと「徘徊しているんです」と堂々ととぼける職員とか、結局とかげの尻尾きりみたいになってしまいました。

 

 じゃあ、それだけやっているんだから、立派な答弁ばかりかと言うとそうではなくて、答弁訂正だらけ。って言うのが現状です。

 

 ホントひどいもんです。通告も問取りも良い方向には全く機能していないというのが船橋市議会の現状なのです。

 

 

 さて、参議院の森ゆうこ議員の事件を機にこのことについて書かせていただいています。

 

 国会のことはとやかく言いません。

 

 船橋市議会での通告ならびに質問取りについてです。

 

 基本線は一緒です。ルールに基づいて通告をするのが船橋市議会の本会議における一般質問です。

 

 (一般質問)

 第62条 議員は、市の一般事務について、議長の許可を得て質問することができる。

 2 質問者は、簡明な主意書を作り、議長の定めた期間内にこれを議長に提出しなければならない。

 

 ルールはこれだけです。

 

 それをある議長経験者はまったくもってアホですから、「丁寧にわかりやすくより詳細に書くように」を提案し続けています。これは単に答弁者側を慮っているようにみせかけ、歓心を買い、自分の味方にしようという意図がミエミエなのですが、困ったことに記録に残るシーンで、「議会は出来レースをやっているんだから。」という趣旨の発言を必ずしちゃうのです。

 

 だから、だ・か・ら、有権者から見放されちゃうんですよね。

 

 ミエミエの出来レース。

 

 しかも、質問を答弁する側に書かせている議員が数多くいること。が一つの問題です。

 

 中継や録画をご覧いただくと、原稿を書いてもらったことがわかる議員が多数見受けられます。そもそも、原稿をスムースに読み上げられないのです。本来、自身で質問を組み立てれば、あるいは自分で問題意識を持っていれば、原稿など書くまでもなく、質問なんてできるものです。

 

 それを丸暗記する議員がいると思えば、原稿丸投げで、読む練習さえもしない議員が多数なのです。ですから、読み原稿を読めない議員が多数いるのですぐわかるということです。

 

 ひどい議員になると、質問そのものを答弁側に求める議員もいます。これらのことで市民の皆様はお気づきだと思いますが、何を質問して良いかわからない人が、質問を書いてもらって、答弁してもらうわけです。ということは、質問を深めることはできないし、その趣旨や意図さえもわからないで、中継に映る、録画に残るためにだけ行っていることがよくわかります。もっと言えば、議会が閉会すると皆様の税金で議会だよりが届きますが、そこに名前が載るという「売名」が目的で一般質問をしていると言っても過言ではありません。

 

 従って、そういう議員ばかりですから、答弁側は国会のようにならないのです。完全に答弁側のコントロール下。(笑)。

 

 国会は、NHKの放映が入り、場合によっては全国紙にも掲載され、週刊誌や新聞ネタに相応しいものであると、その事実関係などは関係なく、複数回テレビニュースで流れ、新聞で取り上げられるから、「売名」がものすごく多量に効果的にできることになります。

 

 さらには、極めて瑣末な事案や発言でもなんでもかんでも、メディアはおもしろおかしくできれば、報道する部分が否定できません。ですから、その琴線に触れるという言い方は適切ではありませんが、メディアの貴社の目にとまるべく、メディア受けを狙ったといった方が適切ですかね、の作戦を使うのです。その一つが、答弁に窮する状況を作り出すための通告における嫌がらせがあります。

 

 そういうことがまかり間違っても起こるようなことがないように、細心の注意を払って、完璧な答弁をするべく努力をするのが各府省の職員各位なのです。しかも、下手すりゃ政権を奪われるようなことにさえもつながりかねない。あるいは自分の職場の最高責任者である大臣の進退につながるようなことさえもどこでどういつ起こるかわからないのです。

 

 ですから、できる限りのマイナス要素を排除して本番に臨めるように準備万端整えます。

 

 地方議会はそれがありませんから、同じことをやめて欲しいのです。むしろ本気のガチの勝負をすべきなのです。

 

 真の議会質問をしてもらいたいものです。地方議員の仕事は議会の一般質問の機会に質問をすることではないのです。

 

 本来は、議案に対する質疑で、議案として議会に議決を求められた事件に関して徹底的に質問をし、問題点を指摘しながら、その議決をすべきか否かをしっかり見極める作業をすることにあります。

 

 それは、議案に関して、現地を視察する必要があれば現場に足を運び、周辺に問題がないかを確認をし、関係する市民の方がいれば意見を求めても良いし、議案が提案されたら、その調査等だけで時間はたくさん必要になるはずなのです。

 

 そして、一般質問なんてものは、「議員自身」の「問題意識」なのですから、定例会が始まる前から準備はできるのです。そして、そのことを調査していればよほどのことがない限り、質問すべき事項なんて解決してしまうものなのです。

 

 それを大衆迎合主義者の議員などは、答弁者側の事情を理解しても、理不尽な理由である大衆迎合路線で答弁を求めたり、答弁が思い通りにいかないとわかると、答弁をさせないで「要望」なる言葉を使って、言いっ放しをします。卑怯極まりない手法ですが、それで、選挙まであいまいなまま答えをひっぱり投票行動に結びつけます。住民福祉の増進などどこ吹く風で、確実に票が稼げることに迎合をし、そのような趣旨の発言をするというのが昨今の船橋市議会の傾向です。

 

 さて話が逸れました。

 

 一般質問は議会の華などという方もいますが絶対に違います。内容が濃く、本物の前向きな議論が成立して初めて「華」ですが、そんなことには程遠いものです。

 

 国会も同じだと思います。例えば予算にひっかけてなんでもありみたいになっていて、与党はただただひたすら耐える。ということですが、さて国民だってお見通しで、バカらしくて、生産的ではないやり取りを見ていて、バカらしく「見限っている」こともわからないのでしょうかね。って感じです。

 

 最近も菅原経産大臣のスキャンダラスなネタを見つけてきてやっていましたが、つまらんですね。いつまでたってもそういうことの繰り返し。あるいは、議長の発言が気に入らないって開会時間を遅らせたのもいただけないですしね。

 

 なんともくだらん話だと思いますわ。

 

 また脱線しながらきちゃいました。また続きを書きます。