皇室番組を見ていて、我慢の限界に来たので書かせていただきます。

 

 春の園遊会の模様を伝えるものでしたが、北大路欣也さんと川淵三郎さんの天皇皇后両陛下の会話のシーンが流れていたのですが、この会話の日本語が天皇皇后両陛下への敬意のかけらもなければ、聞き苦しいばかりの友達会話のようなものでした。

 

 そもそも、敬宮愛子内親王殿下を最近のメディアは「愛子さま」呼ばわりしていること自体許し難いことなのですが、この日本語のひどさには辟易です。

 

 皇室典範(法律です)

 第二十三条 天皇、皇后、太皇太后及び皇太后の敬称は、陛下とする。

② 前項の皇族以外の皇族の敬称は、殿下とする。

 

 法律でこう決まっているのです。

 

 佳子内親王殿下、悠仁親王殿下もたびたびメディアに出ますが、み~んな「さま」扱い。なので、先般も、敬宮愛子内親王殿下が伊勢神宮や明治神宮に行かれた時に、職員が無言で最敬礼でお迎えしているのに対し、まわりのおばさま方の「愛子さま~~~~~」には面食らいました。

 

 もっと遡ると、秋篠宮皇嗣同妃両殿下が英国国王陛下戴冠式御参列の際の、ホテル到着時に、英国在住日本人と思われるおばさま方の声がけも愕然とするものでした。

 

 いやいや、開かれた皇室、親しみやすい皇室と「言葉使い」は全く別物だと思います。

 

 さらには、大きな勘違いに愕然としたのは、英国女王エリザベス二世陛下御葬儀 御参列にあたって、崩御の報に即座に内閣総理大臣が参列の意向を示したことでした。こいつはかなりアホだなとニュースで聞いた時に思いました。

 文藝春秋5月号の峯村健司氏の記事「LINEは危なすぎる」を拝読いたしました。

 

 以前の朝日新聞の記事もそうでしたが、LINEの危なすぎる実態を報じてくださっています。

 

 なんとも残念な話ですね。私は、友人とのお付き合い上使用しておりますし、どこかからの情報の引っこ抜き対象になりえる者ではないので使用していますし、最低限の使用と、最低限の使い方と、さらには、もともと金銭上の問題がおきないようなカード情報等の扱いを元々しておりますので気にはしておりませんが、政府機関や地方公共団体の職員が使用することはいかがなものかと思いますし、今回の記事を読むと愕然としますね。

 

 メディア情報の一部は私全く信用しない方ですが、峯村氏の記事や論説は100%の受入派です(笑)。好きなジャーナリストランキング1位か2位です(笑)。

 

 今も、彼の著書を読んでいる最中ですが、意見(考え方)の相違はあっても、なるほどねと思える部分がたくさんある方です。

 

 さて、このLINE問題ですが、この記事をからは、もはやどうすることもできない。という感じが滲み出ちゃっている感じがします。日本人の特性というか、英語や中国語など人口カバー率の高い言語でない公用語を持つ日本という国ではこのような情報インフラとも言えるようなサービスの特殊性が市場寡占状態を生み出しているが故に、問題が起きてもどうにもならんという状況と、会社側の開き直りを生んでいるような気がします。

 

 最近の外交を全体的に見ていると、自由、民主主義、資本主義経済体制の国で憲法改正が容易でない国は他にあるのあろうかと実は国家体制を危惧しております。

 

 改めてブログを書こうかと思っておりますが、昨今の日米の連携の仕方と、ヨーロッパ先進各国などとの外交を比較すると、かなり心配になってきます。

 

 私は、どちらかというと、君主国かつ自由・民主主義、資本主義経済国としては、英国との緊密さや、かつて君主国であったヨーロッパ各国との安全保障などの議論が必要なのではないかと感じております。

 

 小難しい屁理屈のような理屈を述べたくはありませんが、国家絶対君主国のようなアメリカ合衆国に振り回されている感が最近、否めないのです。

 

 これ以上は別の日にしますが、なんだか最近世界情勢を見ていると、兵器のバージョンアップや改良改善のための外交か?と疑いたくなるようなニュースを聞いている感じです。

 

 歴史のある国が歴史の教訓に基づいて、国家の運営をしていることに意義を感じる今日この頃です。

 私は、政治活動をする中でポピュリズムは一貫して否定的な立場におりましたし、いまもその考えに変わりはありません。

 

 しかし、今の与党の一部の方々は、そっちの方向へまっしぐらという感じが否めません。

 

 先ほどニュースで報道されていましたが、公明党代表の自民党大会でのあいさつや、ここのところの自民党のそっち系の議員さんや幹部の発言。

 

 もう昭和の時代は終わったというのは自由ですが、私は次期戦闘機の第三国への輸出を認めるかどうかをめぐっての公明党の対応や代表の一言一言にはさすがにうんざり感満載でした。

 

 全く日本国という国の力を理解していないのではないかと思われる「非常識さ」は、心の底から与党を離脱していただきたいと思いました。

 

 防衛産業が、どれだけ国の力を示す指標になり得るかを国会議員たるものが理解することから逃げようとしているとしか思えませんでした。

 

 ウクライナの戦争、イスラエルの紛争、近年の過去の戦争、どれをとっても、工業技術の進展とその立証機会であり、世界のイデオロギーなどを超越した経済活動であるということが証明されつつある昨今。たぶん、中国は確実にそれに気づき、そこが大切であると判断決断をしたのだと思いますし、すでに台湾をはじめとした多くの国々が最新技術による兵器ならびに兵力・戦力につながっていく技術開発に躍起になっていると思います。

 

 さらに言えば、結論・結果は計り知れませんが、人を殺傷することを目的としない、「無人」による国土攻撃も戦争の形なのかと思わせるような形態が出てきている中、世界の覇権争いに巻き込まれるべきか否か、それ以外の方策もあるのではないかと思われる中、せっかく「同盟」が築かれながら、経済活動につながる機会をみすみす見逃すかのような理屈はいらないと思います。

 

 ほんとうにことごとく、報道される内容は世界的に見て恥ずかしい理屈のような気がします。

 さて、数ヶ月前から我が家のアナログデータをデジタルに変換する作業を行なっております。

 

 おおよそ、最終形が見えてきたので記録として残しておきたいと思います。同様のことでお困りの方はぜひご参考までに。

 

 我が家は、子供たちの記録を残すのに、一番最初は、VHS-Cのビデオカメラと、フィルムの一眼レフカメラでした。

 

 次が、mini DVカメラとコンパクトフラッシュ仕様のデジタルカメラ。

 

 その次が、HDD内蔵デジタルビデオカメラと様々な媒体保存のデジタルカメラ数種。

 

 でした。当然ですが、HDD内蔵デジタルビデオカメラ・デジタルスチールカメラデータは、そのまましっかり現在使用のパソコンで取り扱い可能となっています。

 

 しかし、一番古いVHS-Cビデオカメラのデータのデジタル化が難儀しました。

 

 まず、テープの再生です。もはや、VHSビデオデッキは不要ということで処分済み。我が家のテレビの下はブルーレイレコーダがあるだけ。

 

 いろいろとネット検索の結果としては、綺麗に再生できるVHSビデオデッキの入手が必須。なぜならば、手元に残るVHS-Cビデオカメラはあっても、付属品が無く、電源関係が心許ない。さいせいができるようにな

 

 VHS-Cテープを、大きいVHSテープに変換するアダプタとでもいうんでしょうか?それはたまたま2個あって、無事使用可能でした。

 

 そこで、VHSビデオデッキの中古品をネット購入。たしか2万円台で再生に問題ない、綺麗なものを入手できました。

 

 で、無事再生ができるようになりました。はじめの一歩という感じです(笑)。

 

 次に、最も肝心なアナログの動画データをデジタルに変換作業。我が家のパソコンの基本は、私も娘も現行OSのMacBook AirとMacBook Pro。二人とも接続はUSB-C。USB-Aにもちろん変換するケーブルがあるとしても、探して見つかるビデオ用の変換ケーブルはUSB-Aっぽい。

 

 さらに、さらにです。MacOSで、使用可能OSがどうも最新では難しい。

 

 幸いにして、我が家にはサブで使用しているいただきものの古いMac Miniが。これ意外に利用価値があって、OSもMicrosoft Officeも古いバージョンのものが使えて便利なのです。そして、その利用価値をしっかり発揮してもらったのが今回。

 

 そうです。購入した変換ケーブルと組合せになるべき付属変換ソフトがしっかり一致して、無事、USB-Cテープのデジタル保存ができたのです。

 

 しかし、作業が進み、後半部分で悩んだのが保存媒体です。要らなくなった外付けHDDに入れながら、iCloud上にも念の為保存をしていったら、iCloudの容量いっぱい。そこで、外付けのみにとりあえず回避。

 

 次に、mini DVビデオカメラデータの取り込みです。

 

 これまた、変換ケーブルが必要。しかも、今度は現行iMovie対応。なので、娘のMacBook Proで対応することに。しかし、変換ケーブル、Thunderbolt最新とThunderbolt旧型の組合せが必要。さらに、その変換ケーブルが入手困難。ネット通販でも入手不可。終売では無さそうな感じでありながら、あるネット通販で取寄せ入手可能な表示で娘がすかさず手続きを。しかし、1ヶ月単位の発注品情報では「お待ちください」状態。信頼できる大手家電店でしたので待っていましたが、一向に配達されません。

 

 別のネット通販利用時に、同時に検索をかけていた娘が見つけたのが別の家電量販店でした。そこでは、普通に扱いがある商品で在庫もありでした。非常に不思議な感じで、他の通販ではどこを探しても無かったものが。

 

 そして、無事、mini DVビデオ動画もデジタル化ができました。

 

 残るは、35ミリ銀塩フィルムのネガのスキャンと、紙焼きのみの写真のスキャンのみとなりました。

 

 Windowsパソコンの方には比較的しやすいことかと思いますが、やろうと言ってから、約6ヶ月以上かかった我が家のアナログ動画のデジタル化でした。

 さて、「先人の知恵と行き過ぎた正義」の延長線上の話ですが、またまたごぶさたになってしまいました。

 

 なんとも、身の回りの出来事や昨今の政治の状況から「虚無感」とでもいうのでしょうか(笑)。政治資金の一連の動きはブログに書いた通りで、どちらかというと世間の皆さんのご批判とは相容れないものですが、こと「自民党青年局近畿ブロック会議後の会合で過激ダンスショー」に関しては、行為そのものを批判などしません。むしろ「なんで漏らした」の方が大きいものです。

 

 もっというと、漏らした人の人間性と社会性の無さに愕然としながらも、そういう想定のない主催者にも呆れております。

 

 そんな中、ちょうど読み始めた本の冒頭に私の考えを的確に書いていらっしゃるので引用させていただきます。ちょっと入手に時間がかかった古めの書籍ですので、著書名などは控えさせていただきます。

 

―――以下引用部分――――

 本書では、こうした「秘密」の大切さを、さまざまな面から誰でも実践できる形でお示ししたつもりである。

 詳細な検討については後述するが、「秘密なし」で失敗した事例の収集は、簡単であった。それは三年三ヶ月の「民主党政権」と、派手なパフォーマンスの陰で何一つ成果の上がっていない「維新の会」が、ありとあらゆる失敗をしてくれたおかげだ。

 オープンにすればするほど、ムダが増えていった事業仕分けは好例だろう。官僚を公然とこき下ろす姿にメディアは喜んだが、ほとんどムダが削れず予算が増えていった。ムダを減らすには、お互いの弱みを知っている優秀な官僚同士で水面下で競わせる仕組みをつくるのが一番だということに、なぜ気づけないのだろう。

本書が、表立って派手なことはしないが、矛盾に耐え、額に汗して働くすべての組織働く人の一助となることを願っている。

―――以上引用部分――――

 

 私が議員として活動している間は、最後の2行の部分が大切だと考えてきました。市役所の職員の中にも、いくつかのパターンの人がいて、まさにこの2行に当てはまる人の話を聞いた時には何気にその方の職種に関連する問題を持ち込み話のきっかけを作り頑張っていただくようお話をしたものでした。

 

 また、読みはじめの話に戻りますが、これちょっと面白いのです。バリバリ自民党の方の著作なのですが、やっぱり我慢できない。さらに引用し、著書名も書きましょう。

 

―――以下引用部分――――

なぜ、「秘密の力」に気づかないのか

 「目には見えない危機管理」が日本を救う

 2012年12月、安倍晋三総理より「内閣参与特命担当」を拝命し、首相官邸に入ることになった。

 「特命担当」という言わば森羅万象を扱う役割を担って、小泉純一郎元総理の首席秘書官として5年5ヵ月の長期政権を支えた経験から助言をしている。

 小泉政権以後の総理は、第一次安倍内閣も含めて、海外から「回転ドア」のようだと揶揄されるほど一年ごとに政権を放り出す結果になってしまった。

 ただでさえ世界最大規模かつ世界最速のスピードで進む少子高齢化を迎えなくてはならない国難にあって、政治がしっかりしなくては、日本は滅亡してしまう。

 その滅亡を食い止めるには、日本に何が必要なのか。私は、あらゆる組織における「目には見えない危機管理」ではないかと思う。組織が致命的なダメージを負うことを防ぎ、リーダーに対して大きな期待が寄せられるその背景には、必ず万全な危機管理体制がある。

 民主党の3年3ヶ月はまったくの無駄でしかなく、私たちはあまりに高い代償を支払わされたわけであるが、それでももう少し危機管理がしっかりできていれば、世界からここまで日本が軽んじられることはなかったであろう。

 自民党へと政権交代して、私が官邸に入ってまず驚いたのは、民主党政権によってめちゃくちゃに破壊された官邸の危機管理システムだ。

 最高の権力機関であり、国家機密の集積場でもある官邸に、自由に出入りできる通行証が1300枚も発行され、うち80人が明確な反国家思想を持つ者、もしくは左翼運動家が所持していた。さらには前科者までもいた。

 これで国家の危機管理が万全にできたら奇跡に近い。左翼、前科者はまさに論外という他ないが、私は1300枚もの通行証が発行されたことにも大きな疑問を持っている。危機管理の観点から言えば、人数が多くなればなるほど情報漏洩が激しくなる。

 誰が情報をもらしたかわからなければ、人はどんどんマスメディアに情報を垂れ流す。そうなれば当然政権はその情報の弁明に追われる結果になり、国民からの印象は悪化の一途をたどることになってしまう。

 安倍内閣では当然出入りできる人数を減らしたが、以前の小泉内閣では官邸に出入りできる人間を徹底的に減らしていった。信頼できない人は置かない、というより、信頼できる人しか置かないという態度だった。ちょっとでも怪しいという人は、失礼ではあったが退場していただいたものだ。

 信頼できる人間だけを置くことで、マスコミへの逆襲ができたものだ。そうすることでマスコミが何を追いかけているのかを何も知らないフリをして探知することが可能になったのだ。

 例えば、どこかで手に入れたリーク情報が真実であるかを確かめるために、ある大手新聞が手分けして官邸に出入りする人間に質問をしていたことがあった。

 当時、チーム小泉と呼ばれる秘書官や特命チームの参事官らにマスコミからどんな質問を受けたかを私に報告してもらうようにしていた。

 するとさまざまな質問をぶつけながらもある共通の質問事項があることに気づいた。記者は、非常に巧妙に質問をぶつけてくるものだ。

 気さくな感じで55分間はざっくばらんな話をしておいて、最後の5分で、さりげなく本当に知りたいことを聞いてくる。質問に違和感が残ったら、しっかりと記憶しその違和感が発生した理由を解明すべく考えたほうがいいだろう。

 自分の部下が、なにやら怪しげな取引をしていると感じたとき、真相を確かめるために、あなたは何をするだろうか。

 おそらく、いきなり呼びつけて単刀直入に質問をすることはしないだろう。事態を正確に把握することが大事だ。

 私だったら食事などに呼び出して、酒を飲ませるだけ飲ませて、油断させるだけ油断させてから、最後の会計の前後のタイミングで話を持ち出すだろう。それも単刀直入な言い方はできるだけ避けて。

 新聞記者も同じようなやり方を用いてくる。しかも、政府への事実確認は複数にわたるので、しっかり管理できれば、共通して聞かれることが判明する。

 もし新聞が知りたい情報がわかれば、紙面に載る前に先手を打つことができるのだ。スクープを潰された新聞は頭にきただろうが、本来強力な危機管理とは、そこまでできてはじめて合格点ということができるのではないだろうか。

 まだ始まったばかりの安倍官邸が、その段階までできているかといえば、そうではないだろうが、構築すべき危機管理体制とはそのことだろう。

―――以上引用部分――――

秘密ノート 交渉、スキャンダル消し、橋下対策

飯島 勲 著

プレジデント社 (2013/6/28)

 

でした。