さきほどのシリーズの(5)の中で誤解されるといけないなと思った事項がありましたので書き添えましょう。

 

 次からです。「もはや、発言を認める方向で動いていくしかないでしょう。たぶん」。と「ただし、「わきまえる」必要はありますね。そこでまた「権利の主張」をしちゃうと、大人の世界の「あ」「うん」の呼吸が乱れちゃいますよね。」と「円滑な委員会運営の邪魔をしてはいけませんね。委員会の委員全員がわかりきっていることを質問をしたり、討論に該当するような文言や考えを述べながら、質問をするとかね。そういうのはダメでしょうね。」のこの最後の部分が特にですね。

 

 初期のうちは仕方がないかもしれませんが、例えば今期の委員が決まり、丸一年の委員会活動が終わる頃に、当初予算の審査があります。1年間委員会で様々な議論をし、所管事務調査をし、いくつも、いくつも委員会のコンセンサスを得られている事項があるとします。「それは委員会としてはこういう結論だね。だから執行機関はこうしてね。」ということを執行機関側に要望していたり、議論、調査時の雰囲気で、新たな予算に常任委員会全体の意向が反映された予算案が上がってきて説明でも、「あ~あのとき、所管事務調査でみんながこうするべきだという意見だった件だよね。」みたいなものがあったとします。

 

 それは過去の委員会記録を読めばわかるものですが、そういうものをノーチェックで、ちょっと知っている市民から説明されて苦情を言われたからって、のこのこと委員外議員で出てきてしつこく質問などされたら、発言を認めたこと自体が時間の無駄になりますよね。

 

 ですから、委員外議員の側は、事前によくよく過去の記録を読むこと。当該執行機関の担当者と十分に話をすること。議会事務局の当該委員会の書記に事情を言って過去の発言も含めよく確認をすること。などです。

 

 また大人の対応としては、委員長にこういうことが気になっていて、質問をしたいので、傍聴をしながら委員さんの質問を聞き、もし質問事項が重複せずに、質問が出なかったら、質問させていいただきます。くらいの自発的申し入れはしておくべきでしょう。

 

 これを事前通告制を義務付けたり、傍聴を義務付けたり、あるいはルール化しておくべきものでは無いと思いますね。

 

 議会人としての礼儀作法とでもいうのでしょうか?そういうことのような気がしますが、昨今の議員はルールブックに書いていないからなんでも良いんだという議場で立ち小便論できますからこれまた頭の痛い話ですね。