前回に引き続き、吉田先生の著作から引用です。

 

 前回は「施行」についてでした。今回は「適用」です。これ読んでいて思わず笑ったのが後半部分です。税の遡求適用について例示されています。ぜひ、山崎副市長と松戸市長にも読んでもらいたいものです。あっ、担当の尾原副市長もだ。

 

 新法令用語の常識(吉田利宏)日本評論社より

 

 

 

 

 (6)適用

 「適用する」というのは、法令の規定を具体的な対象に当てはめて効力を働かせることをいいます。普通、法令は、施行されればその施行の時からその法令の対象となる事柄に適用されていきます。ところが、法令の内容によっては、施行の時期を決めただけでは、その法令が具体的にどの対象から働くのか、はっきりしないことがあります。こうした場合には、施行期日に関する定めと同時にどの対象について、いつから、あるいはどういう場合から規律しはじめるかということを、「適用」という言葉を使って明らかにする必要が生じます。附則の中に出てくる「適用する」とか「適用しない」という言葉には、こうした役割があります。

 

 たとえば、法人税の税率を変更する法人税法の一部改正法がある年の4月1日より施行されたとします。ただ、それだけでは、新しい税率が、同月1日以後に生じた所得から適用があるのか、4月1日以後に開始する事業年度分の所得から適用があるのか、それとも4月1日以後に終了する事業年度分の所得から適用があるのかはっきりしません。そこで、こうした場合には、「この法律は平成○○年4月1日から施行し、~同日以後に終了する事業年度分の法人税から適用する」というように規定して、その関係を明らかにするものです。

 

 (7)遡及適用

 法令は、「施行」によって、現実に対象となる事柄について効力を発揮し始めるわけですが、その法令の対象となるべき事柄は、普通、施行の日より後のもの、つまり、「将来のもの」となります。ところが、場合によっては、ある法令を、その施行の日より遡って過去の事柄に当てはめる必要が生じることがあります。これを「遡及適用」といいます。この趣旨を条文で表すには、「この法律は、公布の日から施行して、平成○○年1月1日(註:公布の日より前の日付)から適用する」というように、「適用」という言葉が使われます。ただ、遡及適用は、憲法39条との関係で注意しなければならないことがあります。刑罰法規を遡及適用することは絶対に認められないことです。

 

 さらにいえば、遡及適用というものは、そのほかの場合でもみだりに用いるべきではありません。すでに成立した状態に、法令があとから規制を加えて、その法律関係を変更するものといえるわけだからです。特に、国民の権利利益を侵害するような遡及適用は、罰則の場合以外でも、原則として慎むべきといえます。

 

 そうした遡及適用ですが、その法律効果などはそれぞれの場合によって異なります。立案に当たっては、過去に生じた具体的な権利義務関係に現実に変動を生じさせるかどうかや、「実害」が生じるかどうかなどの点に注意しなくてはなりません。

 

 (8)税率の改正と遡及適用

 具体的な例を挙げましょう。前述のように、法人税法の一部改正法の附則で「この法律は平成○○年4月1日から施行し、~同日以後に終了する事業年度分の法人税から適用する」と規定した場合、4月1日前の取引についての所得も含まれるという意味では、遡及適用と考えることができます。しかし、法人税を現実に納付するのは事業年度終了後であり、それは当然、4月1日以降なのですから、遡及適用といっても、過去に発生した具体的な権利義務に影響を及ぼすわけではないということになります。

 

 ところが、これが所得税の場合には少し事情が異なってきます。源泉徴収税率を下げる所得税法の一部を改正する法律について、その施行日を平成○○年4月1日とし、「改正後の所得税法の規定は、~平成○○年分以後の所得税について適用する」と規定したらどうでしょう。この場合には、1月から3月までの3月間の所得については新税率が適用されることになります。なるほど、所得税は1月1日から12月31日までの暦年をペースにして、翌年の申告時期に申告すべきものとされています。この辺りの事情は法人税と似ています。ただ、個別の給与などについては、支払いの都度、所得税の源泉徴収が行われていることを忘れてはいけません。事実として、1月から3月までに支払われた給与などは改正される前の税率で、すでに源泉徴収がなされていることでしょう。そのため「払いすぎ」の源泉徴収分をどうするかという問題が生じてしまいます。となると、所得税に関しては、4月1日以後に支払うべき給与などについて適用する(それまでの給与などについては「従前の例による」)ことを基本にして、条文を組み立てる必要があるといえます。

 

 (9)公訴時効延長と遡及適用

 法人税と所得税の税率を改正する場合、遡及適用をするかどうかの判断は、実害の有無を踏まえた上での、技術的な対応として行われています。しかし、ときには「どのように適用させるか」こそが立法政策であることもあります。平成16年、平成22年と刑事訴訟法が改正され、一部の犯罪についての公訴時効が延長される措置がとられました。平成16年改正法(刑法等の一部を改正する法律(平成16年法律第156号))では、新法の施行前に犯した罪については、延長された公訴時効が適用されないこととしていました。ところが、平成22年改正法(刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(平成22年法律第26号))では、延長された公訴時効の規定を「この法律の施行の際その公訴の時効が完成していないものについても、適用する」として、公訴時効延長の「遡及適用」を認めました。

 

 「時効進行中の事件へ新法を遡及適用することは憲法39条の趣旨に反することにならないか」。もし、公訴時効を「被疑者の実質的地位に直接影響を与える実体法に密接な手続規定」だととらえれば、そういう議論も成り立ちます。ただ、国会はこうした考え方を退けた上で、平成16年改正法と平成22年改正法との違いを「立法政策によるもの」と説明しています。平成16年改正が、専ら将来に向けての効果的な刑事政策を実施する手段として行われたのに対して、平成22年改正は、過去に発生した犯罪への対応を含めて公訴時効のあり方そのものを見直したものというのです。遡及適用の違いからそこまでの政策の違いを読み解くのはほとほと骨が折れます。