現在、船橋市には国史跡は一つも存在しません。「国史跡級」の遺跡が市内になかったわけではなく、高根木戸遺跡(現在の高郷小)や海老ヶ作貝塚(大穴・住宅地)など教科書に載るような国史跡候補の遺跡はございましたが、飛ノ台貝塚の一部を除いては、積極的に現状保存をしてきませんでした。
その背景には、急激な人口増により、宅地開発とインフラ整備を優先せざるを得なかった事情はございますが、近隣市には、多数の国史跡があることも事実です。たとえば、隣接する市川市では、全国的に著名な堀ノ内貝塚・姥山貝塚など5件の国史跡があり、千葉市も特別史跡となった加曽利貝塚を含む5件の貝塚が国史跡です。
こうした中、平成26年6月に海老ヶ作貝塚第4地点調査で、国史跡級の遺跡(約3,000㎡)を発掘調査することなく、開発工事により破壊されてしまうという事件が起こりました。
このとき市は、遺跡保護の根幹となる文化財保護法に調査実施や協力金負担の強制力及び罰則規定等がないという問題点を提起しましたが、その結果、国からは、「船橋市は、開発に先行して遺跡を保護する姿勢が欠けていたのではないか。」、「平成20年に1万年前の縄文早期集落や最古の動物儀礼跡など重要な遺跡が発見された取掛西貝塚(第5調査地点)も現状保存しなかった。」という指摘を受けました。
この事案をきっかけとして、市は平成27年度以降、特に重要な遺跡については、開発に先行して遺跡の保護に乗り出すとともに、普段から市民へ遺跡の大切さを周知する普及事業に積極的に取り組む方向に大きく政策転換したものであるとのことです。
大きな政策転換と言いながらも、議会への説明、報告、相談があったわけでもなく自分勝手な相変わらずの船橋市役所的仕事っぷりです。
そして、その一環として、日本列島規模で重要視される取掛西貝塚の国史跡を目指した保存事業に取り組むこととし、併せて考古専門職を増員して体制強化をし、積極的に遺跡保護事業を実施していることについて、現在は国からも高く評価されているとのことです。
取掛西貝塚については、これまでの5地点に及ぶ発掘調査及び昨年度の遺跡東半分の確認調査の成果から、約1万年前の縄文時代早期のムラの跡と貝塚が約2万㎡という広い範囲に広がっていることがわかっています。
このことについて、現時点で国・県及び専門家からは、
①日本列島のなかでもたいへん珍しい縄文時代早期の大規模集落跡である。
②1万年も前の古いヤマトシジミの貝層があり、その中に動物骨・魚骨、貝製品等が大量に残り、当時の狩猟・漁撈などの生業や社会・環境を復元できる。
③縄文時代早期の集落と貝塚のようすがわかる東京湾岸部では唯一の遺跡である。
④日本最古の動物儀礼跡がある遺跡である。
⑤東京湾の成り立ちと人類の適応の関係が復元できる唯一の事例である。
⑥出土した土器・石器などの遺物は国の重要文化財の価値がある。
⑦動植物遺存体が豊富で1万年前の狩猟・漁撈・植物採集などの生業がわかる。
⑧縄文時代早期から前期にかけての環境と人類の生活は、この遺跡しか語れない。等々…。
「船橋のみならず、日本列島における人類史を明らかにする上でも重要な遺跡」といった評価がされています。
今回市が購入しようとしている土地は、取掛西貝塚の東端に位置し、周囲を戸建住宅と畑に囲まれており、平成14年から所有者が代表取締役社長を務める株式会社が給食や食材供給事業を行っていた土地です。このこと自体は、都市計画法の視点では様々な疑義がありましたが、それらについては後で述べます。