いろいろと検索をしておりましたら、次のような一文がありました。興味深いと言うか、全くその通りという部分があったので引用させていただきます。

http://recruit.dhc.co.jp/president.html
DHCでは何よりも知恵がある人を探しています。知恵があるというのは、勉強ができるという事とは全く関係がありません。東大を出ているから知恵があると思うのは大間違いです。幼い時から勉強ばかりしてきた人は、先生から褒められ、親から褒められ、自分が一番偉いと勘違いしている人がほとんどです。そういう人は、先ず他人を思いやる心に欠けています。遊んでいないから知恵が付いていません。
 悪戯をしたり、喧嘩をしたり、泣いたり笑ったり、悩んだり苦しんだり、挫折をしたり、失敗をしたり。そういう中で人は的確な判断力やユニークな発想やリーダーシップを身に付けていくものです。これを一言でまとめると知恵ということになります。東大出の官僚が、何か経験した事のない新しい事態に直面すると、うろうろおろおろと狼狽して、頓珍漢な結論を出してしまうのは、まさに彼らが判断力や独創性を養う体験を若い時にしていないということから来ています。知恵がないなあということになります。

 DHCでは勉強のできる人は要りません。地頭の良い人を必要としています。子供の時に人一倍苦労をしてきた人、普通の人に無いような体験をいっぱい積んできた人、どんなことを任せても自分なりの工夫で知恵を出し切れる人。そういう人はDHCでは大歓迎です。学歴は低いが自分には知恵があると思う人や、不良で勉強はしなかったが知能指数だけは高い人は、是非DHCに来て下さい。きっと、思いっ切り活躍できる場が見つかるはずです。
代表取締役会長兼CEO 吉田嘉明

ここでは官僚の方を事例として挙げていますが、船橋市役所の職員の方々と雑談をしていたり、仕事の話をしていたりするときに、ふと感じるのがこの吉田社長のおっしゃっていることです。お勉強をいっぱいしたことは間違いありません。しかし、「様々な経験」をしていないのだろうな?と思うことがしばしば。なので「積極性」を感じ取らせていただいたことは皆無のような気がします。
皆無と言うと語弊がありますが、あと職員数の1~2パーセントの方々がそういう感じになると、全体的な雰囲気や特定の部や課の雰囲気が変化したりするんだろうなと思います。
そういう意味でも、職員採用時の工夫や苦労も伺っています。そういう意味では今後は期待できそうです。しかし、肝心な「長」をはじめ、幹部職員そのものが、そういう土壌で育っていないと、私の申し上げたいことさえも理解いただけないかもしれませんね。
私が、「そうなんだ、立派でしょ」というわけではありません。が、少なくとも私は船橋市のどの職員諸氏よりも早い年齢のときから働いていたと思いますし、「悪戯をしたり、喧嘩をしたり、泣いたり笑ったり、悩んだり苦しんだり、挫折をしたり、失敗をしたり」してきたと思います。
まず、父が「働かざるもの食うべからず」と言うんだと言いながら、確か中学生のときから、父の店を手伝わされ、高校のときには確実に長期休暇に働かされていました。別に奴隷でも何でも無く、楽しく大人社会で過ごしていたのですが。大学生になるともう、既に経営の一部を担うようなこともしており、いろいろなこともしていました。それらの中で、まさに「悪戯をしたり、喧嘩をしたり、泣いたり笑ったり、悩んだり苦しんだり、挫折をしたり、失敗をしたり」ということが日常茶飯でもありました。悪戯は、まさにガキの頃からという感じで、本当に悪戯は大好きです。物心ついた頃からいろいろやっていたと思います。喧嘩はねえ~…するように見えるでしょうけど「平和主義者」なのでしたことがありません。泣くことはしょっちゅう。笑うこともしょっちゅう。悩むのは未だにですね。特に船橋市議会議員になってからは悩んでばかりです。自分の仕事の常識が通じないことがしばしばですから。簡単に言うと言葉が通じないというか、まさに育った土壌が違いますから、仕事上の日本語が「共通言語」が存在していないと感じるときがあります。
「そうじゃねえよ!俺が言いたいのは!!」って。