私が大学を卒業して、株式会社船橋ヘルスセンター(現在のららぽーとマネジメント株式会社)に入社したのが昭和59年だったと思います。当時の大先輩の方にお借りして読んだのがこの本でした。できれば、後輩の諸君や、船橋市の関係者の皆様に歴史の一端を知っていただきたいという思いから、ここに残させていただくことにします。

 

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丹澤善利自伝より

 

 次にこれは、昭和三十七年十月のある日です。関東七県の、地方新聞と、民放の社長さん方がうちそろって、“有名な、ヘルス・センターを見ようじゃないか”というので、長安殿で秋の集まりをなさいました。

 そのときホテルでお泊りになった二、三の方々と私が、朝めしのあと、いろんなお話をいたしましたが、そのときの話が、テープにいれてあったのです。

 申しおくれましたが、私は頼まれて、千葉日報に関係しておりますので、同業の社長さんと、大いに胸襟を開いて語り合ったわけであります。いまそのときのテープを、文字に直して、次に掲載させていただきました。何だか場内の、東道記にもなろうかと思いますので、ご覧を願いたいと存じます。

 

 出席者は次の四氏であります。

   氏名

  篠原秀吉氏(上毛新聞社会長)

  福島悠峰氏(下野新聞社長)

  丹沢善利氏(千葉日報会長)

  小林啓善氏(元千葉新聞社長)

 

  ヘルス・センター・温泉ホテル

 

丹沢 みなさん、ようこそお越し下さいました。遠路はるばるお越しをいただいて恐縮です。昨晩はよくおやすみになれましたでしょうか。

 

福島 よく眠りました。何しろ昨日は、十何万坪とかの構内を、昇ったり降ったりして、隅から隅まで見て歩いたものですから、すっかり疲れてしまいましたが、その上に晩には、長安殿の中華料理で、生粋の老酒をいただいたせいか、まるで前後も知らず、朝までぐっすり。

 

小林 後藤さんがいなかったせいだよ、彼氏のいびきとくると、大洗海岸の、潮騒みたいだから―。

 

篠原 いくら“いばらき”のダンナでも、隣の部屋まではひびかないよ。そういえば、ここも海岸だけれど、波の音はまるっきり聞こえなかったねえ。

 

福島 波うちぎわまで大分あったようだ、遊園地や、飛行場の滑走路の、はるか向こうの方らしかったが―。

 

丹沢 そうなんです。もともとこの土地は、全部埋立地ですから、いわゆる波うちぎわというものがなくて、高い防波堤ができております。しかもここは、東京湾内ですから、台風でもない限り、静かです。それですから、海水浴やボート遊びや、釣りや、潮干狩りなどが、安全にかつ快的にやれるわけなんです。

 

小林 ところでこのホテルですが、一階のフロントからロビーのあたりは、まるで夢の宮殿みたいな豪華なもので、庶民的というには、少し立派すぎると思いましたが、丹沢社長のねらいは、どういう点にあるのですか。

 

丹沢 そうですね、私はその庶民的とかいう言葉が、昔から大嫌いなんですが、世間のみなさんが、ここを大衆の娯楽の本山とか、メッカとかおっしゃるので、私もそれに従っているわけですが、大衆だからといって、何も板の間の廊下で、破れ畳の住居でなければいけないという道理はありません。そこでたまには大衆にも贅を尽くさせてみたい。それにはあのジュウタンを、泥靴のまま思う存分に踏ませてみたいとさえ思っているのですが、ご覧のように大広間は畳敷きですし、廊下はみなさん跣ですから、そこまで徹底できないでいるのですが、その代わり、設備の割には、料金の方を大衆的にして、ホテルの方は食事付二千円程度、団体の方は千三百円以上ということにしています。

 ここでこの“以上”というところにご注目を願いたいのですが、ホテルとして、このくらいの設備ですと、東京都内でしたら、五千円以上のホテルになるのですが、それを千三百円以上、おいくらでもというのは、みなさん方のような紳士方はお断わりだ。いわゆる大衆だけを歓迎するということではありません。みなさんでしたら、帝国ホテルでもどこでも自由にお泊まりになれますが、帝国ホテルには泊まりにくいという階層がいらっしゃいます。そういうお方にも、大ホテルの雰囲気を味わっていただける。むろんあなた方のような偉いお方も大歓迎、そしてお気に召すまま、いくらでもわがままに振舞っていただきたい。そういう意味で 間口を広くして、料金にも大きく弾力性をもたせているわけです。

 

小林 そうすると、なれ合いの夫婦もの、いわば二号を連れて来てもよいのですか。

 

丹沢 そこが他の旅館と違うところです。ご夫婦でなくては、二人連れのお客様はお断わりしています。お子様連れの三人なら結構ですが、安直な連れ込み宿になっては困りますから……。

 

小林 経営者の苦心の存するところ、よくわかりましたが、このホテル部の設備はどういう風になっているのですか。

 

丹沢 へルス・センター全体からみると、実はあまり広くはありません。それでも鉄筋三階建てで、一階に二百四十畳敷と、二百畳敷の大広間が二つあって、それには各々舞台がついています。また二階には、二十四畳敷の客室が八室と、十畳敷が十一室と、ほかに特別室が四室、三階は十畳が十一室、特別室が四室ありまして、これが全部和室造りというのが特徴になっています。ですから小部屋は全部で三十八室ですが、団体さんは五、六百人まで収容しております。

 このほか、海寄りの庭に囲まれた、日本建ての離れがありますが、離れといいましても、八畳四室、十畳二室、十二畳二室、十八畳一室という、大きな建物ですから、これだけでも、ちょいとした旅館の大きさです。

 ところでみなさん、結婚式場をご覧になりましたか。

 

福島 みた、みた、立派な式場のあれでしょう。

 

丹沢 そうです。あれがまた繁昌しましてねえ。しかし、日曜と祭日はお断わりしているのです。何しろ、本館の方が忙しくて、お世話が行き届かないものですから―。

 

福島 それにしても、ヘルス・センターと、結婚式場とは、おもしろい組み合わせですね。なんですか、ここで結ばれる人もあるのですか。

 

丹沢 恐らくないでしょう。お客さんは、ダンス・ホールや、深夜喫茶と違って、昼間の家族連れが多いのですから、そういうチャンスは少ないようです。ただ、こういう施設がほしいというので、みなさんから言われて作ったわけですが、やってみると、結構、忙しいので、世の中には、結婚する人が多いもんだなあと感心しているところです。

 

篠原 何か、こちらの独得のやり方でもあるんですか。

 

丹沢 独特のやり方かどうかわかりませんが、結ばれたお二人が、健康で、お幸せに、ここから人生の門出をして下さいという祈りをこめて、採算を度外においてやっていますから、外より安いことはたしかです。たとえば、彼氏と彼女が会社の帰りに、ふだん着のままやって来る、むろん親しい友人や、親戚その他も招いてあります。新郎の方は、モーニングから手袋まで、千円だせば花婿姿になれるし、新婦の方は、振袖を着て、高島田に結って、三国一の着付、お化粧までして五千五百円、こうして神前結婚するのが、お初穂料千五百円、記念写真が千円ですから、以上では九千円です。それに披露宴ですが、これは八百円から二千五百円まで、五段階ありますから、お客さまの数と、そのお好みしだいで、経費の方も決まってきますが、さてそのあとです、ここのホテルがものをいうのは。

 

篠原 つまり初夜を、このホテルで過ごそうってわけですね。

 

丹沢 そうなんですよ、思い出の初夜をねえ。

 

福島 初夜とはかぎらないよ、再夜も五夜も十夜もあるから、近ごろの新婚旅行は、全くアテにならんよ。

 

丹沢 もっとも、そういうクリーニング初夜の方には、熱海の清泉荘(来の宮)の方へ行って、気分を変えてもらう方法もあるんです。

 

篠原 こうやってお話をしているうちに、外はだんだん賑やかになったようですが、毎日、お客さんが来るのは、大体、何時ごろからですか。

 

丹沢 そうですね、大体、十時前後から忙しくなります。夏場は少し早いですが―。

 もうこの時間(十一時)ですと、平日でも五千人以上はおはいりになっているころです。

 

篠原 それにしては静かですなあ、まるでここは別天地だ。

 

丹沢 ここには冷暖房設備が完備してありますし、音響が完全に遮断されているんです。それともう一つには、広くて海岸でしょう、いくら風がないといっても、しじゅう潮風が吹いていますから、浮き世の雑音は、ここへくればみんな吹きとばされてしまうんですね。