あっと驚く話です。というより、私が驚いているのです。

MSN産経ニュースより一部抜粋引用

【溶けゆく日本人】快適の代償(1) 待てない人々 数分間でイライラ

2007.11.13 08:11

シチズンホールディングスが平成15年、首都圏のビジネスパーソン400人を対象に行った「待ち時間」に関する意識調査。通勤電車の遅れが「5分」でイライラするという人は10年前の17・6%から56・6%へと急増した。加速するせっかち度が各所で摩擦を引き起こす。

いや~、この状況を異常と論評すると、私が異常ということになるこの数字。驚いています。

待つことが100%苦にならない私です。出かけるときは、交通手段によりますが、車で都内は30~60分余裕を見て出発。電車でも、30分は余裕を見て出かけます。というか、私の頭は非常に単純で、30分刻みでしか出かけるときの時間計算をしません。したがって、経験のある場所は、経験数値にプラス30分。経験のない場所は、経験値から換算して遠そうだとまず30分足して、それでも足りなさそうだと30分足すという計算です。

逆に、待つことは、いくらでも平気。なんせ、中国に駐在しているときは、丸2日くらい空港で飛行機を待ったのではないかと思います。それに比べりゃなんてことないですよね、日本での「待ち」は。しかも中国じゃ当時、飛行機など遅延理由のアナウンスなどありませんからねえ。カウンターの小姐(お姉ちゃん)に聞いても「天気不好」って4文字の発音のみ。「おまえなあ!!」って感じですけど、そう言ったら負けです。

この「天気不好」って、日本でいうと「天候不良」でしょうけど、もし、百歩譲って、アナウンスがなくても、日本では天候不良がどういう状況で、どうなるかを説明してくれますが、中国は違いますねえ。随分前のある党の党首みたいです。「ダメなものはダメ!!」。はあ~って感じですけど、「天気不好」は「天気不好」、それ以上でもそれ以下でもない!!って感じでした。

すみません。だいぶ話がそれちゃいました。

なので、暖簾に腕押しの問答で、「遅れる」ことを問いただすことになんの価値観も見出すことができなくなった私ですから、電車の遅れが5分でイライラとは私の頭の中にはないのです。むしろ、運転手さん、鉄道会社の担当者、車掌さん他関係者の皆さん大変だろうなあって思う程度で、あとは約束があれば、携帯電話があるのですから、それを活用するだけで、なんら問題はありません。それに、僕のように、時間の余裕を持って出れば、あまり問題はないと思います。でも、しかられますね。「おまえは、暇でアホだからそんなに行き先に早く行けるけどなあ、俺たちは分刻み、秒刻みで働いているんだ~」ってね。

懐石や鍋のコース料理がメーンの神奈川県内のある日本料理店。落ち着いた雰囲気が売りだが、店長(33)は「お客さまと店側の時間意識のズレ」に頭を悩ませる。前菜に始まりメーンの料理を提供するまでの所要時間は「昼10分・夜15分」と決めている。しかし、時間内にスムーズに料理を出しても苦情が入る。テーブルセッティングのための1、2分の時間すら待てない客もいる。受付で「少しお待ちください」と言うと、「待てるか!」と声を荒らげ、トイレに入った連れの女性を残したまま帰った中高年男性もいた。

あ~いますね。だったら立ち食いそば屋へ行け~って思います。この時間の感覚って、面白いものがあります。海外でおもしろい光景がありました。日本人が妙に早足に見える国とそうでない国。

僕は、かなり早食いで非常に下品なのですが、「食事を楽しむ国」はたくさんあります。それでも、せっかちな国もこれまたたくさんあります。そういう意味では、中国駐在は非常に「時間」を考えることのできる時間でした。4千年の歴史の中でのほんの数時間なんて。

哲学者の鷲田清一・阪大学長は『「待つ」ということ』(角川選書)の中で、「ものを長い眼で見る余裕がなくなった」と高速化が進む現代社会の病理を憂えた。

「子供の成長を親がじっくり待てない」。東京都内の私立保育園。30年近いキャリアを持つ保育士がそう感じるようになったのはここ10年ほどのことだ。

3歳児に母親の絵を描かせると、首がなく顔とスカートが直結した絵を描く子も少なくない。そんなとき、以前なら「みんなと描いて楽しかったね」などと温かく見守る親が大半だったが、最近は様子が違うという。「横から『そうじゃないでしょ』といって子供をせかす。せかされた子供は萎縮(いしゅく)して弱々しい線で小さな絵を描いてしまう。じっと見守っていれば、じきに普通の絵を描けるのに」と保育士。情報が氾濫(はんらん)し、他の子供と比較して焦る親が増えたのだという。

こどもを平気で萎縮させる親が多いのは間違いありません。あちこちで、「おいおいおい」って思わず声をかけたくなるようなシーンを見かけます。子どもに親と同じ、大人と同じスピードを求める。信じ難い光景です。

国内のインターネット利用者が初めて1000万人を突破した平成9年。博報堂生活総合研究所は「直訴する社会-待てない人々・触れたい人々」というリポートで、利便性の向上を指摘する一方、すぐ結論に飛びたがる我慢強さの低下-といったマイナス面を挙げ「待てない人々」の増加を予見した。

それから10年。コミュニケーションツールはさらに高性能になり、「宅配便の配送状況やバスの待ち時間もネット上で確認できる。漠然と何かを待つことはほとんどなくなった」と、リポート作成に携わった知識創造工房ナレッジ・ファクトリーの林光代表は話す。

私は、この「漠然と何かを待つこと」が大好きです。今はお小遣いがなく買いませんが、ちょっとニュアンスも違いますが、「宝くじを買って発表までの間」が最高です。同じように人との待ち合わせでも、その人と会ってからのことをいろいろと考えをめぐらせるのって楽しいと思うんです。仕事でも何でも。人に会うことって何でも楽しいと思うんですけど。

目白大学の渋谷昌三教授(社会心理学)は、そんな「待つ必要がない社会」の到来を複雑な思いで見つめる。「パソコンや携帯を駆使して即座にほしい情報が引き出せる。だから、物事がさくさく運ばないと耐えられずに、暴力的な言動に出てしまうこともある。『待たせない』サービスに慣れすぎたがゆえの皮肉な現象かもしれません」(海老沢類)

連載「溶けゆく日本人」第4部のテーマは「快適の代償」。日々向上する生活の便利さの半面で、皮肉な現象が次々に起こっている。そんな「代償」を追う。

【メモ】シチズンホールディングスは平成15年に首都圏のビジネスパーソン400人を対象に「待ち時間」意識調査を実施した。各項目で、最も多くの人がイライラすると回答した待ち時間のリミットは次の通り。

・総合病院30分

気持ちはわかりますが、来ている人みんなが具合が悪いんですからね~。もちろん急がなきゃ行けない場合は別ですけど、時間を気にする余裕のある体調の場合はねえ~。

・通勤時の電車の遅れ5分

これは先ほど書いたとおりです。

・スーパー、コンビニのレジ3分

これはねえ~。前に人がいれば仕方ないことだし、レジの店員さんが遅いとしたら、どういう教育しているんだろうとか、どうしてこの人遅いんだろうとか、いろいろ考えて心配してあげているうちに順番ってきますよねえ~。それに、他の待っている人を見ていると楽しいんですけどね~。

・パソコンが立ち上がるまで1分

これはダメでしょう。ダメというのは、イライラする人がダメ。だったら、より性能の良いパソコンを購入するか、立ち上がりの早い工夫をするとか、自分で工夫する範疇でしょう。待てなきゃやらないか、待つ間の工夫をするとか。大体私は、スイッチを入れて、飲み物を用意しますね。

・インターネットのコンテンツにつながるまで10秒

もうアホですね。バカ言ってんじゃない。最高のインターネット接続環境の構築をすべき。それでもダメなら、つながない。でも10秒あればなんらかのアクションあるでしょう。僕がパソコン始めたころは、「ピ~ガラガラガラガラ」。電話回線でモデムを使って、9600kbpsだったと思います。それが14,400kbpsになり、今なんか夢のようです。