安倍前総理の功罪はあるかもしれませんが、決定的というか、辞めるほどのことがあったかという「?」がいまだに私の頭の中をグルグルまわっております。というより理解の範疇の外だったことが年金の問題から始まって様々なことがあるのですが…

そんな中、夫人のブログが更新されたことが記事になっていました。そして今回の論評があり、あまりにもクールに忘れ去られそうな安倍前総理のことが心配で仕方ありません。

【正論】激震、参院選 同志社大学フェロー、大阪大学名誉教授 加地伸行

2007.8.4 05:08

政治家は政局の流れを作る力養え

「勢に乗ずるにしかず」は政治の鉄則

 安倍政権否定が民意か

年金、年金で明け暮れた選挙が終わった。とたんにこれは安倍政権否定の民意だという論評が盛んになっている。

おかしいではないか。年金問題といっても、年金をなくしてしまうという話ではない。記録洩れなどの不備という、たかが手続き問題なのである。

どうしてこのことが理解されなかったのだろうか?参議院選挙中も含め本当に、本当に悲しい限りでした。チラシは受け取っていただけず、候補者はいきなり通行人に叩かれたこともあるそうで、悲しいこと限りない選挙でした。きちんとさせますと演説をしても、取り合ってもらえない。でも違うでしょ。総理の責任じゃないでしょ。って思いながらの焦燥感。敗北。総理がつくづく、かわいそうだと思いました。それからの辞任。あ~辛かっただろうなあ~。しか思えませんでした。

もちろん、社会保険庁の失態がある。それに対して「過(あやま)ちては則(すなわ)ち改(あらた)むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」(『論語』)として、政府はきちんと対応すると言っているではないか。

そう。それなのに、どうしてああいう投票行動なんだろう。

先日、テレビの街頭取材で、60~70歳代とおぼしき女性が、自分は若いころ年金費を納めたのに記録がないといって怒っていた。

しかし、この女性が若かりしころの昭和20年代後半から30年代にかけての年金保険は任意加入であった。仮に加入していたとしても、高卒で働きはじめ、20代半ばで結婚退職したとき、保険組合から脱退し、それまで掛けていた分を脱退手当金(?)として引き出し、全額を受け取るのが普通であった。もちろん、転職する男性にもそういう人がいた。

これは掛け金を返却してもらい、みずから記録を消したわけである。それなら記録がないのは当たり前ではないか。テレビ画面で記録がないと怒っている人がすべて正しいのではない。

そう。その通りだと思います。

また、安倍政権が改憲をしようとしていることを民意が否定した、という主張はまったく非論理的である。

もしそうであるならば、護憲を叫ぶ共産党や社民党が躍進すべきではないか。けれども両党は改選前よりも議席を減らしている。これをどう説明できるのか。

まさに氏が書いている通りであると思います。この改憲の問題で、野党はどうなるのでしょうか?こういうことも含め、同床異夢だらけの野党。どうなるのでしょう?

参議院先議の法案提出の連発。衆議院にまわって取扱いがどうなっていくのでしょうか?

民主党提案あるいは野党提出の法案がどんどん衆議院に回ってくると、もう大変なことになります。テロ特措法が焦点になっていますが、それだけではありません。法案の取扱いだけで、どんどん時間が経過していきます。通常国会だって無限に延長できるわけでもありません。

さてさて、テロ特措法どうなるのでしょう?

国際社会における日本の役割は?

日本の平和や安全は何によって守られているのでしょうか?

国民の生活よりも自党の躍進を謀ることが良いのでしょうか?

国益よりも自党の躍進を謀ることが良いのでしょうか?

来年度予算編成ができるのでしょうか?

毎年、毎年、天皇誕生日前日に予算が上がっておりましたが、今の政治状況では不透明。どんなに温厚に協調路線で行こうとしても、自党に都合良いことばかりに応じて、政権をとることばかりを考えているのではないでしょうか。道を誤らないでいただきたいと思います。

確かに今、何が何でも追い込んで、総理に選挙に持ち込ませれば、民主党が勝てるかもしれません。しかし、論理的に矛盾せず、政権運営ができるのでしょうか?誰のための政治でしょうか?悲しいものです。

千万人と雖も吾往かん

にもかかわらず自民党が敗北したことは事実である。

そうなんですね。何をどういおうと、何を言い訳しようが、敗北した厳然たる事実があるんですね。悲しいですね。

これは安倍政権が政治というよりも政局を見る目が未熟だったということに尽きる。

まさにその通りだと思います。理想やきれいごとばかりでなく、さまざまな謀を想定、見極めていなければいけなかったのです。

安倍氏は「自(みずか)ら反(かえ)りみて(反省して)縮(なお)ければ(道理が正しければ)、〔相手が〕千万人(せんまんにん)と雖(いえど)も、吾(われ)往(ゆ)かん」(『孟子』公孫丑上篇)ということばを信念とすると聞く。その覚悟は立派である。

しかし、孟子がそのことばを述べる議論の前後は、一種の政争論である。そこにこうある。「智慧(ちえ)ありと雖(いえど)も、勢(いきおい)に乗(じょう)ずるにしかず。基(じき)(農具)ありと雖も、〔種(たね)をまく〕時(とき)を待(ま)つにしかず」と。

政治家は、もちろん見識ある政治論を有すべきである。しかし、そこまでなら、学者でもできる。政治家はその政治論を現実化しなくてはならないのだ。

そうだよなあ~って思います。そういう意味ではメディアに何とか言われようが、森元総理や小泉元総理と緊密にごくごく緊密にしていただきたかったと思います。そりゃあ耳の痛いことも言われるでしょうけど、まさに天下国家を論じるのですから、何もかもを聞くということがほしかったなあと思います。もちろんしていたとは思いますが。

あ~。つらい。

そのためには、常に鋭敏に自己に有利になるよう、政局の流れを作らなくてはならない。それが「勢」であり「時」なのである。

これは、もう小泉元総理の動きを見れば、お上手でした。誰だってトップに立てば自分流で行きたいでしょう。でもなあ~って思います。政治の世界って、本当に「妬み、妬み、やきもち、やきもち、嫉妬、嫉妬」類似語ですが、まるで子どものやきもちから、根深い嫉妬や、もう信じ難い嫉妬、さまざまな嫉妬が幾重にも幾重にも交錯する異常な世界だと思います。だからこそ、小泉元総理の長きに亘る嫉妬、恨みがものすごいパワーとなって、そして、政治の世界にいたそのキャリアの長さによって、蓄積された様々な事例、様々な嫉妬を爆発させたのが、成功の鍵だったのだと思います。

それには、品の悪いことばではあるが、手練手管(てれんてくだ)が必要である。ジャーナリズムが年金記録問題で騒ぎたてたとき、まずは沈静化の第一撃が必要だった。たとえば、社保庁への問い合わせは、70歳以上の場合は今から6月末まで、60歳代の場合は7月から8月末までと、まずは混乱を抑えるべきであった。有効であろうとなかろうと。あるいは「しょうがない」発言があったとき、即刻解任し、日本人の原爆アレルギーを味方につけるべきであった。それが政局を見る目なのである。

まさに、小泉元総理です。小泉元総理が一番政局を見る目が突出して素晴らしかったのだと思います。

政局見た上で政治論を

私は格差社会など信じないし、その実態も疑問に思っている。しかし、この「格差社会」ということばが独り歩きし、ジャーナリズムが庶民の感情を煽(あお)っている事実がある以上、政治家はそれに対して真剣に向き合わなければ、政争に敗れる。

そうなんですよねえ~。

私もメディアが嫌いだ嫌いだって言っても、どうにもならない戯言になっています。まさにジャーナリズムの動きを批判することも必要だけど、その現実を受け入れ、たとえ間違っていても、それがひとり歩きしていく現実を直視して、どうすれば良いかを考えなければならないのです。そういう意味では、森元総理と小泉元総理は対照的なのかもしれません。そして、安倍前総理は森元総理と同じように、正直にメディアにぶつかったのかもしれません。むしろ小泉元総理のほうが老練で手練手管に長けていたということになるのでしょう。

責任政党としては、無責任なことはいえないというのは優等生の発想であり、それでは薄汚い政局を見通すことはできない。

まさに、その通りなんですね。森元総理も安倍前総理も、多くの自民党の議員さんの発想はそれです。だからこそ私も同じように真正直に優等生でいようとしてしまうのです。

民主党が2万6000円の子供手当を政策として謳(うた)うならば、即座に自民党は競り売りのごとく2万7000円と謳うべきであった。それを嗤(わら)うのは、学者先生ぐらいである。しかし、庶民は必ず多い額のほうを取る。これは政治の鉄則である。

そうなんだよなあ~。って、冷静に今だったら納得できるんですが、でも選挙中やそうでなくても、言えないよなあ~って部分があります。まさに優等生になって、財源の裏づけがないじゃねえかなんていい出すでしょうね。特に私は。でもそれじゃ勝てないよってことですね。

安倍政権に必要なのは、政局を見るセンスを養うことである。その上で、保守思想に基づく政治論の実質化を、敵が千万人いようとなすべきである。『孟子』はこう述べているではないか。

この記事自体は選挙直後だったのですね。あ~あ。

「天(てん)の将(まさ)に大任(たいにん)を是(こ)の人(ひと)(安倍晋三)に降(くだ)さんとするや、必(かなら)ず先(ま)ず其(そ)の心志(しんし)(精神)を苦(くる)しめ、其(そ)の筋骨(きんこつ)(身体)を労(ろう)せしめ、其(そ)の体膚(たいふ)を飢(う)えしめ、其(そ)の身(み)を空乏(くうぼう)(困窮)にし、〔その人の〕行(おこ)なうや、其(そ)の為(な)さんとする所(ところ)に払乱(ふつらん)(逆流)せしむ」(告子下篇)と。

(かじ のぶゆき)

=金へんに茲

大変勉強になりました。