五年位前、『天皇家の食卓』(秋場龍一 氏 著)という本を買い、ざっと読みましたが、「読み込んでは」いませんでした。
最近、あらためて読み、ある文章を読み、はっとしました。
〈国を統治、支配する、そのキーワードは「食卓」である。つまるところ政治とは、民に食を保障し、どのように分配するかということである。食卓にのぼる素材と献立、食卓を囲む風景が、個人の、家族の、一国の、そのありようを余すことなくつまびらかにする。〉P19
それで、この文章から色々な事が思い浮かびました。
私の世代(団塊ジュニア)の公立小学校、中学校時代の「給食」は本当に豪華なもので、かつ「バランスもとれている給食」でした。「一億総中流時代」であり、『Japan as No 1 』の時代です。
最近、SNSで今の「どこかの地域の」公立小学校の給食を見ましたら(それはSNSで見たものなので、本当の写真かどうかわかりませんが、多分本当の写真でしょう)、私達の小学校時代の給食とは格段に違うもの、私達の時代の給食と「比べると」、品数がかなり少ない給食でした。
信じられませんでした。
以前も書きましたが、数年前、「NHKスペシャル」で、「貧困」についてのYou Tubeを見ましたら、確か小学生、中学生の男の子がいるシングルマザー(シングルマザーと言っても、シングルマザーが全員貧困ではありません。裕福なシングルマザーも沢山います)の方の家庭の食卓を見て驚きました。
「もやし」でご飯をかさ上げしているのです。貧困で、お米を買えないのです。そして母親は、「育ち盛りの子供に、お腹いっぱい食べさせてあげたい」と言っていました。
私は、どこの政党も支持、批判するものではありませんが、政治が上手く機能していないのでしょう。
以前も書きましたが、小林麻央ちゃんの豪華な病院食等への批判や、堀ちえみさんへの殺害予告(堀ちえみさんのブログは日常の食卓等のアップロードが多く、それは大変手のこんだ、品数の多い日常食です)は、その様な豪華な日常食を見て妬まれてしまったのでしょう。また、森友学園問題や加計学園の問題では、それについて一般の方は問題にしていなかったのに、「桜を見る会」での「久兵衛のお寿司」で大炎上したのも、この様な理由からでしょう。食べ物はわかり易いし、比較しやすいものですから、その家庭の「経済状態」や、「文化階層」等がはっきりわかってしまいます。堀ちえみさんの家庭の食卓など、料理全てが、大変手間暇がかかったもので、味噌汁の具材だけでもその種類は多く、掃除も頻繁に行っている様子がうかがえるブログの内容で(=生活に余裕がある)、これは今の世の中では特に妬まれます。
以前、アメブロでフォローしていた方(最近、お見かけしません)、「30代子なし専業主婦」という方がブログで、「喧嘩ふっかけてくるブロガー、妬む位なら、自分、頑張れよ」と書いてらっしゃいましたが(彼女もブログ内容から、生活への余裕が感じられました)、今の世の中、「頑張っても超えられない壁」があるに決まっていて、どうにか政治の力で、「1億総中流」とまではいかなくとも、「貧困を解消」して貰いたいのですが、どうでしょう。これに対して反対意見も多い様ですが、回り回って、それを批判する方に「も」、先日の「京王線での無差別殺害未遂事件」の被害に巻き込まれてしまうものだと私は考えるのですが。
『天皇家の食卓』という本から、こんな事を学べるとは思いませんでした。
良書でした。
〜〜〜〜〜〜
それで、次回こそ、中森明菜さんについて書く予定ですが、長文になるだろうから、少し大変です。思い出沢山の私の歌姫なので。
終