あしや温故知新VOL218 阪急芦屋川駅の秘密

 

「芦屋川」駅は阪急神戸線の駅。神戸線の開通と同時に開業した歴史のある駅です。

 急行、通勤急行、普通列車が停車する。芦屋川を跨いで駅舎が建ち、周辺は芦屋の閑静な住宅地です。芦屋川沿いの道路に阪急バス「阪急芦屋川」停留所があり、芦屋市内や有馬方面に向かう路線バスが数多く発着しています。

 

 さて、この阪急芦屋川駅ホーム山手側に橋脚跡があります。電車の窓からも見えるのですが、これが旧桜橋の跡です。昭和13年の7月の阪神大水害で芦屋川も氾濫しました。そのとき桜橋は流され、橋げただけが残されています。


【芦屋川駅の歴史】

1920年(大正9年)716:阪神急行電鉄(当時の社名)神戸線開通と同時に開業。

1957年(昭和32年):駅舎改築されています。

1995年(平成7年)117:阪神・淡路大震災により被災。営業休止。

47:夙川駅 - 岡本駅間が復旧。同区間で普通列車の折り返し運転を開始。

6月1日:岡本駅 - 御影駅間が復旧。夙川駅 - 神戸高速鉄道新開地駅間で普通列車の折り返し運転を開始。

612日:各区間での復旧工事が完了し、神戸線が全線開通。

2013年(平成25年)1221:駅番号を導入

2020年度の1日平均乗降人員は11,806人になりました。

 

 もう一つこの芦屋川駅舎には古いレールを利用して作られています。

 鉄道のレールの側面には製造したメーカーや製造年月日などが刻印され、古い輸入レールにはそれを発注した鉄道会社名が記されている例もあると聞きます。古い輸入レールなどは駅ホーム上家を支える柱や梁に再利用されていることがあり、まさにこれらを読み取っていくとそのレールの来歴がわかるらしい。


 阪急神戸線の駅では、王子公園駅と芦屋川駅は古レールによりホーム上屋が建築されています。国鉄によくみられるUSスチール(別名テネシー)が製造した75ポンドレールです。阪急電鉄の前身である阪神急行や箕面有馬電軌の刻印のあるものは確認できないようですが、阪急電鉄では“IGR”とか「工」などの文字が入ったレールを、鉄道の使用レールとして保存していることを阪急電鉄は示しています。王子公園駅や芦屋川駅には「OH TENNESSEE-7540-A.S.C.E-11-1919 IGR 工」の刻印のあるレールが駅舎の骨組みになっています。


 芦屋川駅の刻印を1919 OH 75L 83 ASC.STEE ITONなどは読み取れました。

 つまり、阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道の略号である“M.A.E.R.”の刻印があるレールが大切に保存されているというのですから、おそらく上屋は阪急電鉄のレールが再利用されたものだと研究者の方々から教えてもらいました。

 

 箕面有馬電軌だけではなく、阪神電鉄岩谷駅レールの刻印右端にはH.D.T.K.の文字が記されています。カーネギー製のレールの場合、この位置にはレール製造を発注した鉄道会社の略号が記されることが多いです。


 このレールは阪神電鉄の駅に再利用されていることを考えると、H.D.T.K.H(阪神).D(電気).T(鉄道).K(株式会社)や山陽電鉄霞ヶ丘駅駅舎はドイツのルール工業地帯にあったG.H.H.(グーテホフヌングスヒュッテ)という会社です。G.H.H.はわが国の官営八幡製鉄所の設立に際し技術協力を行っていたことで知られています。刻印(表)G.H.H Ⅳ 1922(裏)MEIKI D.K. 60lbs A.S.C.E. 6040と書かれています。

MEIKI神戸姫路電鉄の開通前は明姫電鉄という社名ですからレールが再利用されたことが分かります。


 こんな歴史もあったんですね。

 今でも芦屋川駅にはその刻印レールが残っています。

 

【参考文献】

芦屋市史 昭和31年 本編

芦屋市史 昭和46年 本編

芦屋郷土誌 細川道草 昭和38

芦屋の里 島 之夫 昭和4

兵庫歴史ステーション 兵庫県立博物館発行