4時起床、ニュースチェック。

ネットでチェック。

最近は、新聞紙を開かんくても、ネットで遠く離れたふるさとのニュースをチェックできる。

ありがたさよ。

本日は、地元、百万石まつりの前夜祭。

浅野川では灯籠流しも。

つないでいきたい伝統のお祭り。

新幹線時代には、たくさんの観光客もお出ましとなる。

あんまり観光客が多すぎて、わやくにはならんかいな?という心配もあり。

金沢らしいおもてなしと、大混雑とは、反比例思想。

金沢市民にも大観光客を受け入れる覚悟がいるが、それ以前に、市や県当局も想定外を想定していてほしい。

つい最近も、私の身近で、観光地の飲食業のオーナーが、

「こんなにお客様で混雑してしまうようでは、サービス業において金澤らしさを保っていけない!」

という理由で、閉店されてしまったという事実がある。

人の流れ、それをさばくのは道路事情であったり、町作り計画におけるミニ区画整理&動線確保であったりする。

ぜひ、地元のみなさんの意見を聞いて対応できるようにしていきたい。


本日は帰国。

荷物を整理してから、朝の散歩へ。

6時20分にロビー前の広場に降りると、もう河野一郎先生。

早い!

「何時に寝たんですか?」

「・・・寝てない・・・」

昨夜も、遠藤先生らと、朝3時過ぎまでの壮絶なるロビー活動とか。

・ 歴史は夜決まる。

・ 歴史は徹夜の朝方決まる。

冗談ではなく、五輪都市決定の裏側にも、本音がある。

本音を引き出して対処してこそ、ロビー活動。

キャンペーンだけで勝てるものではない。

IOC委員100名の過半数の支持をいただくための招致レース。

そういう意味でも、今回の日本のプレゼンのテーマである、

① WHY&HOW

② 五輪開催の確実性

③ 安全・安心な五輪にこそ、アスリートのドラマが生まれる

は、迷っているIOC委員に対して、よきアピールとなったと思う。

この勢いと、このメッセージ性を、次のプレゼンに活かしたい。

というわけで、とにかくお疲れ様です。

疲れを微塵も見せないところがまた、河野理事長の凄いところ。

見習うべし。

そのうち、6時半ぎりぎりとなって、遠藤利明先生も散歩に参加。

昨夜の情報交換をしながら、今朝は、墓地公園まで足を延ばし、50分の散歩歩く

朝食後は、市内観光とお土産物色に向かう遠藤先生や浮島先生チームとは別れ、タレオンホテルでの「東京都主催 五輪招致懇談会」(レセプション)参加。

ロシア側からは、サンクトぺテル市の商工会幹部や、スポーツ団体代表や、マスコミ関係者が出席してくださる。

平日の午前中にも関わらず、ご出席いただいた皆様には、感謝。

ところが、招待した当事者の猪瀬都知事が、20分近く渋滞で大遅刻。

そりゃないだろうに*ぁ

大渋滞は同じ条件であるにもかかわらず、ほかの出席者はちゃんと10時開会に間に合わせて会場内で待っていたのだから。

招致都市のリーダーとして、これはいただけない。

水野正人さんが、しきりにお詫びしていたし、もちろん猪瀬都知事もお詫びされていたが、秘書さんたちは事前にもうちょっと渋滞情報に配慮してほしかった。

柔道やサンボをしているという地元大学生や、スポーツ団体の重鎮から、

「やはり東京でやってほしい」

との声をたくさんいただく。

なぜやはりなのかと聞いてみると、

「日本文化の魅力」

「武道精神の魅力」

「経済力」

「安全で安心」

というキーワードが自然と出てくる。

東京は、日本は、あこがれをもって観られている。

そう感じた。

明日からも、自信をもって、そして謙虚に、招致活動を展開しようとのモチベーションが高まってきた。

今回のスポーツアコードに来てよかった。

毎年開催されるこの会議には、もっと日本政府が主体的な立場でかかわり、そして、近い将来、日本開催を目指すべきであると、強くそう感じた。

「日本はスポーツで国際貢献できる能力と、国際大会を招致するだけのおもてなしのホスト力がある」

との確信を得たからだ。

これこそ、オリンピックムーブメントではないか?

いったんパークインホテルに戻り、2階の招致委員会事務局に預けてあった荷物をピックアップし、領事館お迎えの車でプリコボ空港へ。

16時ジャストのアエロフロート019便で、モスクワのシェレメーチェボ空港へ。

モスクワで3時間、時間調整後、モスクワ発20時。

フライト時間は9時間と20分。

日付変更線をまたぎ、日本時間10時20分、成田空港到着。