がじゅまる徒然記☆ -19ページ目

がじゅまる徒然記☆

40代、フツーの会社員。
2010年、乳がんが見つかりました!        
治療と乳房再建、母の原発不明癌治療、
人生山あり谷あり!だけど夢もいっぱい!
ハッピーライフの日記です (^。^)

本日は、NPO法人E-Becさん主催の特別セミナーに

お手伝いとして参加させて頂きました。

 

第2回 E-Bec特別セミナー in 東京・銀座

『自家組織とシリコンインプラントによる

    乳房再建のすべてをお教えします』

 

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「NPO法人E-Bec」さんは、乳房再建の社会的認知と理解を

広げるために活動されています。

乳房再建手術の正しい理解と、患者さんのQOL向上を目指して

http://www.e-bec.com/

 

参加された方は定員をはるかに上回り、イスを追加したほど

だったそうです。関心度の高さが伺われますアップ

 

ご講演は、

横浜市大附属市民総合医療センター 形成外科の

佐武利彦先生による

『乳がんを美しく治す【自家組織による乳房再建】』、

ブレストサージャリークリニック 院長 岩平先生による

『これからの乳房再建 人工物を中心に』、

そして、

米国乳がん・卵巣がん患者団体 SHAREのブロディー

愛子さんによる

『患者から見たアメリカの乳房再建』

という、とても内容の濃いものでした。

 

私は、知識をアップデートしておきたいと思い毎年なんらかの

講演会を聞いていますが、年々進歩を続けている乳房再建手術

には驚きを隠せません。

より低侵襲でリスクの少ない工夫がなされ続けていると思います。

 

講演の後は、医師への質疑応答と、9名の乳房再建経験者の

胸を実際に見て頂き、触れて頂ける体感会がありました。

私はこちらでお手伝いさせて頂きましたが、アイビー千葉の

お仲間も何人か参加して下さっており、ちょっと恥ずかしかった

です~チュー

体感会に来て下さった方からのご質問に、正しくきちんとお答え

できるように自分なりにがんばりましたひらめき電球

 

会場から帰られる方たちの多さにビックリしましたが、東京で開催

されるセミナーはやはり参加しやすく、刺激も多いものだと実感

したのでした。

来年もぜひ開催されることを願っております合格

 

 

一年前は、「無治療ならあと1~2か月」と言われた母。
自力での生活はもう難しいけれど、あれから1年経ったね。

外泊すればいっしょに温泉にも入れるし、背中の流しっこ

もできる。
たくさんは食べられないけれど、シャンパンや日本酒をちびり

ちびりと頂いたり、大好きなてんぷらだって少しだけなら食べ

られる。
なにより、気力はしっかりしていて、悩みを聞いてくれるし、

中途半端なことをしていると怒られるし~得意げ

たとえ、この先ずっと入院していたとしても。
いつでも笑顔でいてほしいから、お母さんが笑顔になる

ことをたくさんしてあげるよクローバー

・・・そんな中。

母の療養入院のあり方について、やや疑問を抱いていた私たち

の気持ちが、天に通じたかのような出来事があった。


入院していた大学病院から定期的に診察に来られている内科の

先生が、また貯まり始めた母の腹水を抜く処置(CART)を

行うため、一時的な入院を提案して下さったのだ。

これは奇跡目

ぶっちゃけ言ってしまうとあせる

今の病院、腹水のコントロールがうまくいってない気がしていた。

母自身そう感じていた。

前の病院なら、食べられる分栄養点滴の量を減らしていたのに、

今は食べられるようになっても最初の量と変わらない。

そのためか、腹水が少しずつ増えておなかの隆起が目立つよう

になってきていた。毎日通ってくれている妹でさえ、ちょっと増え

方が早いのでは?と不安を感じていた。


そして、腹水が増えれば利尿剤で排泄させようとして、強い利尿剤

が投与される。

結果、母は数十分おきに尿意を催し、点滴棒を引っ張ってトイレに

立ち歩くことになる。24時間。昼間にも眠気があって、横になるか

トイレに行くかを繰り返す日々。

血糖値も上がってきた。もしかして栄養過多?
これって、悪循環じゃない?


腹水を抜いてアルブミンをもどすCART処置は、この病院では行え

ない。腹水は増え、腹部が圧迫されてきたため、せっかく少し食べ

られるようになった食事がとれなくなってしまった。

結果、食べられないから、と栄養点滴の量を増やされた。排泄する

量を上回っている?腹部が強く圧迫され、とうとう吐き気も出てきた。


・・・この状態、きっとヤバい!!

母と妹たちと話し合い、栄養点滴が多いのではないか、など恐る恐る

訴えてみたが、これが標準だと言われるし、主治医のやり方と言わ

れてしまえばなにも言えない。療養入院させてもらえてるから、

関係を悪くすることも避けたい。

でも、でも、このままでは母はどんどん弱っていってしまうかも・・・

そんな焦りが日に日に強くなってきていた。

そんななか、前病院の元主治医が診察して下さることになった日、

前回より明らかに張りつめ、隆起した母の日お腹を見て愕然とされ

「・・・CARTを実施するために、一時的に転院しましょう。急いだ方が

よさそうですね。」いうことになり、4月1日付で前の病院に再転院する

ことが即決された。

「治療をする」という意思表示がないと急性期の病院は受け入れて

くれないはず。そのあたりは大丈夫だったのか?

母に聞くと、

元主治医は「腹水が増え始めるまでは、確かに徐々に体の状態は

上向きになってきていました。一時的な状態かもしれませんが、前の

お薬が体から抜けた今、腹水も抜いて、もう一度治療にチャレンジ

されてみるお気持ちはありませんか?効果のあるお薬が他にもある

と考えています。」

という打診が以前からあったらしい。


そして母は、自分の体が良くない状態へ向かっていると感じつつも

気力はあること、腹水を抜いてもらえるならまた楽になるかもしれな

いし、先生が他に使える薬剤を探して下さるなら、最後のチャンスと

思ってもう一度治療をしてみたい、と元主治医に伝えていたとのこと。

さっそく転院の手続きが取られた。転院はもう来週。

動けるかどうかわからないほど弱った母の移動は、妹の自家用車で

家族が面倒をみることとなった。

まあ、救急車で運んでほしいとは言えないけれど・・・無情だわ。


この展開、私としては、元の主治医に救い上げられたと感じている。

提案して下さったことで、命を長らえる道がひとつ見つかったと思う。

母の生きる希望と可能性は、誰も諦めてはいけない。

なにしろ、母自身が治療再開を望んでいるのなら、私たちは今まで

以上に、スペシャルウルトラ超ド級なバックアップをするのみであるアップ



母に肺炎の疑いがあった。

 

咳はないが熱が続いたことと、胸のレントゲンでわかった。

時には嘔吐があるので、それが原因の誤嚥性肺炎かもしれないと。

ようやく少しずつ食べられるようになってきたのに、

「吐かないために、食べることを控える」なんてことは、もう考えられ
ない。でも、とても怖いこと。
 
だから、誤嚥しないような吐き方(笑)を先生に聞いてみた。
 「柔らかいものばかりを食べるようにする、というより、何でも少し
ずつをよく噛んで、スムーズに食道から胃へ流れていくのを実感
できるように。 詰まらないように量は少な目で。」とのアドバイス。
わかるようで・・・わからんあせる
 
また、もしかしたら肺炎は薬剤による間質性肺炎かもしれないと。 
検査をして、国立大の先生に見て頂いているそう。
 
母はここ1週間ほど熱は37度台があるものの、 温泉卵やおかゆ、
お味噌汁を少しずつ頂ける程になってきたそう。
次女が持ってくる1週間分の新聞を、ベッドの上でちょこんと正座
して読むのが何よりの楽しみおねがい
 
改善されてきて良かった…
体力の低下している高齢者にとっては、肺炎を甘く見ることは危険。
この前の外泊の時、外はまだ寒かったかもしれないなぁ。
マスクをせずに梅林に行ったなぁ…
もっと気を付けてあげるべきだったショボーン
思ったより母の体は敏感になってきているね。
早く良くなってクローバー
 

母が療養病院の生活にも慣れてきた今日この頃照れ

体調も安定しているので、母の外泊許可を頂いて、
一泊二日のお泊まり女子会を決行🎵
 
おそらく、今後ずっと入院生活を送ることになるであろう
母の気分転換のために。
そして、母とのささやかな思い出づくりのために。
いつ急変してもおかしくない状態だから、許可がでる間は
月に一度は外泊をさせてあげたいなと、妹たちと相談して。
 
てことで、今回は奮発して金沢市内のホテルに泊まり、
梅の花が好きな母のために、兼六園の梅林を見に行く計画晴れ
 
夕方、ホテルで合流の予定をして、私は金沢駅から周遊
バスに乗り、夕刻の懐かしい景色を見ながら兼六園方面へ。 
兼六園下から通学路だった白鳥路を抜け、本日宿泊予定の
ホテルへルンルン
 
兼六園下の景色。
石川門と雪吊り、そしてひこうきぐも2つキラキラ
 
ホテルのロビーに元気そうな母の姿を見つけ、スペシャル
ハグハグドキドキ
前日東京からの引っ越しを終えたばかりの三女Tちゃんとも
スペシャルハグハグラブラブ
さっそくお部屋に上がる。
 
ホテルのロビー、ステキ~⤴
 
とても落ち着いたしつらえのお部屋で、間接照明がいくつも
あり、すごく良い雰囲気 アップ
窓からの眺望は正直良くはないけれど(お部屋にもよりますね)
さっそく晩ごはんへ出掛けた。   
 
母のリクエストで鍋焼きおうどんのお店へ。
北陸はそばよりもうどんが好まれる。 私も、東京に出るまでは
年越しそばかくらいしかおそばを食べたことがなかった💦

2時間食事を楽しんで、写真も撮り、ホテルへ戻り、一休みして
から、早速大浴場へ温泉

なんとここは、市内中心部なのに天然温泉があるのです~爆笑!!
炭酸泉ということもあり お肌がつるつるアップそして温まる~合格

お風呂からあがった後、今年保育士として正社員となった次女
Cちゃんのお祝いと、石川生活を始める三女Tちゃんの激励として、
ロゼのシャンパンとめいっこモモはサイダーで乾杯クラッカー
ロゼワインロゼワインシャンパンロゼワインシャンパン
なかなか話も尽きなかったけれど、ほろ酔い気分でみんな眠りに
ついたお月様

翌朝は、地元食材をふんだんに使ったビュッフェナイフとフォーク
ビュッフェなら、母も食べられるものを自分で探すことができるし、
量も調整できる合格
調整せず大人げなくがっつく私は、朝から苦しくなるほど食べ
ちゃうんだけどねウシシ

お部屋に戻ってからも、コーヒーを頂いたりして、チェックアウト
までゆったりと過ごすことができた。
 
ホテルから兼六園までは、徒歩ですぐ行けるのだけど、母が
あまり歩けないので、車で移動し兼六園内の梅林へ。
 
見頃を迎えつつある、ちょうどよい感じ照れ
 
母が
「梅の花って大好きラブラブだって、みんな上を向いて咲いてるから」と。
なるほどー爆笑
 
早春の兼六園は美しい。

楽しい楽しい時間を過ごし、外の空気をたくさん吸い、母もどんどん
明るい表情にかわってきたし、次は桜を見に行こうね桜とみんなで
約束して、母を病院に送り届けた。
 
母は別れ際、
「ありがとう、連れ出してくれてクローバーこんな過ごし方でやっていければ
いいんやね~」と言ってくれた。
 
そうそうビックリマークその気持ちが大事だよビックリマーク
今回はちょっと盛りだくさんで疲れさせたかもしれないけれど、
楽しいこと、たくさんしようおねがい
 

三女のTちゃんが石川に住まいを移した。
20年間勤めた大企業を退職し、母の近くで過ごすために。
 
長女の私と次女のCちゃんは、25歳の頃に嫁いで親元を
離れたけれど、三女のTちゃんは地元に勤めて34歳で関東に
転勤になるまでは、ずっと父母の近くで生活を送っていた。

そんなこともあって、都会にはしがみつくことなく、母の
状態を最優先に、家族思いの優しい気持ちだけで、石川に
戻ることを決めてくれた。
 
先月末、Tちゃんの住んでいた高円寺で、
「バイバイ!東京パー」と題して2人で遊び尽くした。
行列のできる天ぷら屋さんでランチをし、初めての「ねこ
カフェ」に行き、商店街でブラブラお買い物をし、焼き肉を
食べ、酔っぱらってカラオケカラオケに行き・・・

Tちゃんが東京で過ごす最後の休日。もう、こんな風に遊ぶ
こともなくなっちゃうのかなえーんとちょっと寂しく思いながら、
お互いどこにいても元気でいようね!と別れた。
帰り道はうるっとした…
 
Tちゃんの石川での新居は、アパートだけれどキレイで広め。
母が病院から外泊の時はここを使えるようにと、感じのよい
お部屋に決めてくれた。
次女のCちゃんが手伝ってくれて、一日で引っ越しの後片付け
も完了したそう。
 
母のことだけではなく、
自分自身の幸せも貪欲につかんでほしいなクラッカー
何はともあれ、一大決心をしてくれた

”Tちゃんに幸あれキラキラ