前回の続きです。

 

伊藤穰一さんの新刊「教養としてのテクノロジー」で、第5章「『教育』はどう変わるか」に衝撃を受けてその夜は寝れなくなった私ですが、そこに出てきたアンスクーリング(Unschooling)について説明をせねば。

 

アンスクーリング、つまり「UNschooling」とは何か

 

ざっくりいえば「学校教育」をしないということ。

 

普通の学校教育ではあらかじめ決まったカリキュラムを大人が子供に教えます。

 

でも、アンスクーリングにはそれがないのです。

 

本書の言葉を借りれば、

 

「アンスクーリングには、『セルフディレクテット•ラーニング(自発的な学習)』という哲学があります。その哲学のもと、子どもが何を学びたいかをすべて自分で決めて、どのように学ぶかも決めます。すべては自分で決めるというアイデアです。」

 

これを読んでふと思い出したのがSudbury Schoolです。おおよそ50年くらい前に始まったコミュニティータイプの学校。私がモンテ教員学校の学生当時、教授からこの話を聞いて「こんな学校が存在するのか」と猛烈ショックを受けた記憶があります。「学校を運営しているのも子供たちなので、学校に問い合わせの電話をかけると生徒が受け答える」ってびっくりな話ですよね。

 

当時の印象は「素晴らしいアイデアだけど、これにコミットするのは相当な覚悟だな」という点、それと「卒業後、生徒はどんな人生を歩んでいるんだろう」という疑問。

 

振り返ってみて、そうかー、これが将来の教育の形だったのか、と思いますね。まぁ、アンドレさんも「これ」と言っているわけではないのですが、こんな感じなのでしょう。ちなみに本書ではアメリカのマサチューセッツ州にあるMacomber Centerを例に挙げています。サイトに行ってみましたが、ムッチャいい環境だわ。今月オープンハウスがあるみたいで、かなり行きたいけど私はペーパードライバーなんすよね•••。まじ悩む。誰か行く人私に声をかけて!

 

「どこに情報があるのか、どこを探せばいいのか、どれがいちばん良い答えなのかなど、親が『答え』を子供に示すのはかんたんです。でも、アンスクーラーは決して『答え』を教えません。子供たちには、高い自主性が求められるのです。アンスクーリングでは、何を大人に手伝って欲しいのか、子供達から自分で言わせることが大切だと考えています。『何が教育的か』『何が教育的ではないか』という定義そのものをなくして、評価のない自由の中で、子供が自分の行動を通して成長するスタイルです」

 

日本ではかなり刺激的なスタイルの学校だと思いますが、アメリカでも同様です。Sudbury Schoolタイプの学校はDemocratic Schoolとも呼ばれているようですが、昨日もDemocratic Schoolをボロクソに書いたブログを見かけて「興味のある人がやるんだから、嫌いなら別にほっとけばいいのに」と思ったばかりw。

 

そしてハーバード大学&MITという華麗なる学歴を持つアンドレさんのパンチの効いたこの一言。

 

「今の教育システムにおいては、人にうらやましがられるような経歴を持っているのかもしれません。しかし、いままで学校で学んできたことは、私が興味を持っていたことでは決してありません。そのため、今ではほとんど覚えていないことが多いのです。私にとって、学校はゲームのようなものになっており、どうやったら良いポイントがとれるのかを考えてばかりでした。良い成績を取るための勉強から学ぶことはありません。ほとんど無意味ではないかと私は思います。

 

実今のシステムでいうエリートからこの意見が聞けて実にありがたい。今の学校教育は本当に機能していないんだなと確信。私は偏差値50を常に前後するような取り柄のない都立高校を出ましたが、そんな私も義務教育で勉強したことは1ミリも覚えていません。私の頭なんで当たり前ですね❤️

 

彼によると、義務教育より、アンスクーラーの子どもたちほど、第一志望のキャリアに進学しているらしいいです。自分が何をやりたいのか、どうしたらなれるのか、しっかり理解しているからでしょう。ただみんな一流大学に入学かといえば、それは「人によりけり」だそう。一流大学=成功ではないですからね。

 

そして、いまを生きることの大切さを説きます。

 

「ほとんどの親が『子どもたちの今していることは、将来に向けての準備じゃないと意味がない』と考えているようです。親は子どものどんな『遊び』でも、『勉強』に結びつけてしまうのです。『将来お金がたくさんもらえるように』『将来好きなことができるように』と、『いま』ではなく、『未来』を生きることが求められているのです。」

 

そしてこの↓ポイント、一番重要かもしれません。

 

「しかしアンスクーリングは全く逆です。アンスクーリングは、子どもが経済を支える人間になるよりも、自分の中に幸せを見つける、ということが基本的なアイデアです。自分の人生における『生きがい』を考えることが、本来のアンスクーリングの哲学に近いと私は思います」

 

これを読んで、

 

「ああ、私の探しているものはこれ」

 

と確信しました。

 

将来ではなく、いま。

 

そして

 

「自分の中に幸せを見つける」考えが

 

この教育のアイデアの中心にある。

 

 

 

「学校に行くと、自分のいまやりたいことよりも将来のために学校で言われることを『すぐにやる』『うまくやる』『いい子である』ことが求められます。子どもが本当に自分のやりたいことを、いつも遅らせることになってしまうのです。」

 

いまを逃したらいつやるの?

明日はもう興味を失っているかもしれない。

 

いまなんですよ。今。

 

 

 

ハァ〜。

面白い。

 

 

 

私の思う教育が、

ようやくここで「あは!」と

すべてに繋がった気がする。