若いマウスから高齢マウスに輸血すると、後者の衰えた認知機能および脳や心臓・各種臓器の機能が改善される。
幹細胞の自己再生と分化を調節すると軟骨や腱を修復し、シワを伸ばし、自己治癒能力が高まり、癌も直せる。
つまり私たちが1年生きる間に、科学の劇的進化によって平均健康寿命が1年以上伸びる=「寿命脱出速度」に、あと10年少しで到達すると☆
『2030年すべてが加速する世界に備えよ』より要約抜粋
今後、長生きすればするほど、
”社会のいいこと”が、増えてきそう💛~♪
若いマウスから高齢マウスに輸血すると、後者の衰えた認知機能および脳や心臓・各種臓器の機能が改善される。
幹細胞の自己再生と分化を調節すると軟骨や腱を修復し、シワを伸ばし、自己治癒能力が高まり、癌も直せる。
つまり私たちが1年生きる間に、科学の劇的進化によって平均健康寿命が1年以上伸びる=「寿命脱出速度」に、あと10年少しで到達すると☆
『2030年すべてが加速する世界に備えよ』より要約抜粋
今後、長生きすればするほど、
”社会のいいこと”が、増えてきそう💛~♪
ウイルスは、口や鼻から体内に入いるとだいたい喉の粘膜にまず取り付きます。そうすると細胞の免疫物質がでてきてウイルスと戦います。これが喉における戦いです。
喉での戦いで人体の防御系が敗れると気管を通って肺に入っていきます。これが「感染」した!と言う状態です。ただ感染した状態で、すぐに「発症」するわけではありませんし、潜伏期間もあります。
感染した人の半分くらいは症状も出ないし、感染して症状が出た人の9割位は軽症で回復してしまうのはご存じの通り。発症したという状態は、たとえば熱が出たとか咳が出たとか鼻水がでたという状態であれば本人には分かります。発症した状態が思わしくなければ病院に行きます。
「感染者」として報道されているのはPCR検査での「陽性者数」でした。
PCR検査数(は恣意的で)が増えれば増えるほど陽性者数が増えるのは当たり前だと思うのですが、陽性者数が分かっても、全体の感染者数や発症者数は誰にも分からない。(▼ちなみにお医者さん曰く「患者数」が分かれば推定の感染者数は分かるそうです。インフルエンザを例にあげると、患者数の2倍から3倍が感染者数になるという統計があるそうです。)
PCR検査では、体内に1個から数個のウイルスしかいない場合でも「陽性」になる場合があるそうですが、この場合は発症には程遠い☆ウイルスが生きていても、その数が少なければ人に感染することもないそうです。通常、ウイルスが感染するためには、数百から数万以上のウイルスの量が必要になります。(中国のように人に感染させる可能性の限りなく低い陽性者たちも強制的に隔離されるのは、たまったものじゃないですが)by医師など、複数のリソースより
※今までメデイアで「感染者数」の推移に一喜一憂してきましたが、これはPCRでの「陽性者数」の間違いで、一部修正されてる動きもあります。
★真の「感染者数」はお医者さんにも誰にもわからないということ
★PCR陽性者が人に移すとも限らないこと
★感染→発症者の大部分も自覚症状がないということ
私たちは何を基準に一喜一憂してよいものやら~本当にやっかいなウィルスですね。
重要な気づきを、こちらに共有したいと思います。
原因を深掘りして考えていくと、いくつかの根本原因にたどりつきます。
例えば資本主義の搾取を生み出す競争原理による疎外を根本原因と見定めた場合
、社会課題を生み出さない新しい共感資本主義の経済団体を立ち上げていったり、
自給自足ができる共助のコミューン経済をつくり広げていくという
大掛かりな解決策も選択肢としてでてくるだろう。
しかしもう一段掘り下げて、社会的弱者ともいわれる多くの当事者たちが、たとえ選挙に行かなかったり、経済社会の中で声を上げないのは、搾取される現状を大多数が「仕方ない!」と甘んじている意識の海原が、その背景に横たわっているのではないのか?
自尊心の低さという心の問題である。
長期にわたり沖縄で数千の人々をヒアリングしてきた樋口耕太郎氏(沖縄大学人文学部准教授)によると、目の前の当事者自身に関心をもつに留まらず、その人が関心を持ってることに関心を向ける、どこまで自分ごととして意識を向けれるかが根本解決につながるのだという★
こどもの多くは、心から対話する相手をもたない。(自殺を一度や二度、考えた子も少なくはない。)親も教師も親友も、彼らの本当の苦しみを知らない。彼らの絶望は、抱えている問題そのものよりも、自分の気持ちが理解されないことにある。
例えば、こどもが関心を持ってるアニメを一緒に見て「いま何が起こったの?」と質問して、驚いて、一緒に楽しむ父親は、こどもの関心に関心をもっている。
こどもはそんなお父さんが大好きだ。
そのお父さんが宿題を手伝ってくれたら、自分から率先して宿題に取り掛かるようになる。こどもにとって、そんなお父さんは、アニメより大切だからだ。誰かとつながっていることが実感でき、自分には価値がある!と信じられるようになる。自尊心が回復し、挑戦する勇気が蘇り、勉強という自分の問題に自分で向き合うようになる。
また樋口氏の教え子で、貧困家庭の自尊心を回復しつつある女子学生は、自らの意志で休学して工場で住み込みで1年半バイトし、150万円貯めて留学するという。奨学金にも頼らず無借金で社会へ出ていく。彼女はもうおそらく貧困には戻らないだろう。
いじめにしても、いじめっ子の動機は「一緒にいじめなければ、自分がいじめられる」という孤独への恐怖だったりする。そういう子に「いじめを止めろ!」と、大人の関心だけをぶつけると、こどもは「自分の本当の気持ちを分かってもらえない」と感じ、孤独を募らせて問題を深めてしまう。
いじめは症状にすぎない。
根本原因は孤独の痛みであって、その子のために立ち止まり、子どもの関心への関心が、こどもの孤独を真に癒す。
この視点で社会を見つめ直すと、夫婦間の問題への相互理解、組織を支える社員の本当の気持ち、男性社会で女性が生きることの意味など、次々にあぶりだされてくる。
驚くほどの人々が、身近な人に対して関心を持ちながらも、その人の関心ごとに無関心であることがわかる。この視点を押さえたうえで、学校・居場所や福祉施設の運営者・NPOやソーシャルワーカーたちにも、そのように当事者たちとの関係性を多面的に広めていってほしいと願います。
じつはこれ、1→10→100→1000人と、末広がりに加速していけます。私も起業支援をしつつ、その周りで関わる若者たちが自尊心を高めるためのコミュニケーションを、今後も継続していきたいと思います。
☆VR(Virtual reality)は、コンピューターによって作られた仮想的な世界を、あたかも現実世界のように体感できる技術
☆AR(Augmented Reality)は、日本語では「拡張現実」と呼ばれ、スマートフォンやARグラス越しで見ると、 現実世界にナビゲーションや3Dデータ、動画などのデジタルコンテンツが出現し、現実世界に情報を付加してくれる技術で、ポケモンGOがその技術の存在を広く認知させましたね。
よく似た言葉の整理、できました~♪
国際科学雑誌ネイチャー誌に掲載された新たな研究によると、
COVID-19を発症すると、重症化して入院が必要になる人がいる一方で、
症状が軽い人や無症状で済む人もいますが、
ヒトの3番染色体のある領域の遺伝子多様体(バリアント)が、
重症化リスクを高めることが示されました。
この遺伝子領域が南欧で発見された5万年前のネアンデルタール人のものとほぼ同じであることがわかりました。
さらなる解析で、これらのバリアントは約6万年前にネアンデルタール人との交配によって現代人の祖先に渡ったことも明らかになりました。
欧州人のネアンデルタール人遺伝子もつ人が10数%、
インドやバングラディッシュなど南アジア約50%
(アメリカは人種のるつぼ)
これに対して東アジアやアフリカにネアンデルタール人との交配はなかった。
ここにCOVID-19重篤化とネアンデルタール人分布地域との相関がぴったり当てはまる☆
なんと!(驚)
昨秋のドラフト会議で、ソフトバンクも佐藤輝をドラフト1位で指名した。ドラフト前に遠くへ飛ばす打者が大好きな王氏も佐藤の映像をチェックしていた。入団後の熱血指導も楽しみにしていたはずだ。4球団競合で縁はなかったが、今後の球界を背負う後継者として、コロナ禍で元気がない世の中で、大きなアーチを描いてほしいと誰よりも強く願っている。佐藤輝は今や世界の本塁打王すらワクワクさせる存在となっている。王氏はリーグトップの46三振をしても、じっくり育てようとしてる阪神・矢野監督の姿勢も高く評価している。
▼むかし王貞治がジャイアンツの監督してるとき、宮崎キャンプでまじかに見たことを思い出す。台湾人として最も尊敬できる天才的ホームランバッターだった。
これまで世の常識や慣習に従った選択を優先し生きてきた時代★
これからは「自分がどうしたいのか」「どう生きたいのか?」を自分の心に問いかけ、
楽しい気持ちなど自分の感覚ですべてを選択できる時代の予兆を感じる。
直観力を磨こう![]()
困ったことが おきたら、
面白いことが おきたと
言ってみな。
奇跡が 起きるから。
(斎藤一人)
上海に三年間、現場経営者として赴任していたとき、️(1996~98年)
毎日のように、青天の霹靂のような苦難が降りかかった。
面白すぎて、まるでアニメの中の出来事のようだった。
さまざまな奇跡が思い出される。
上海の役所や警察署から
外資ということでいっぱい嫌がらせを受けたが
実力を認められ「今まで意地悪してきてわるかった」と
手のひら返して協力してくれたり、
死ぬほど苦しかったが、いまではたくさんのいい思い出が心の財産💚
文系の人間は、社会のことは知っていたり関心があっても、テクノロジーやサイエンスなどについて知らなかったりわからない人が多い。
理系の人間は、テクノロジーやサイエンス走っても、社会についてはわからないことが多い。
テクノロジーはどんなに優れていて、それを活用すればどんなに素晴らしい社会が創れる可能性があっても、それを受け入れ活用する社会や人々がピンとこなければ、そのテクノロジーが社会的に決して「実装化」されないし、少なくとも実装化に非常に時間がかかる。
これからの時代、日本における人材育成の仕組みを大きく変換していく必要があると考えられる。
とくに高校段階での文系・理系の選択科目制はもとよりそれ以前に、「何のために学ぶのか?」を明確に、国語・算数・英語・理科・社会という教科のあり方を、0ベースで再構築できる教師をまったなしで育成せねばならないと思う。