やたらとあたしにつきまとってきます。
これは心地よいものではありません、、、
でも、一種の現実逃避かもw
何かしようとするときに危険を避けるための
人間のプログラムなんだろうと思いますが、
不安に対して、やっかいだなーと思ってしまうことが多いんですよね。
でも、すごく大きな不安がやって来るときというのは
わりと変化の時であったりもするんです。
例えば、中学のバレー部での最後の大会前日は、
大丈夫かな?
できるかな?
ミスしないかな?
なーんてことを考えて、
不安になっていましたが、
当日チームのみんなに会うと
よし!思いっきりプレーしてこよう!
みんなであれだけ練習したんだから大丈夫!
みんなの想いと一緒にプレーするんだ!
って、簡単に不安は吹き飛んで、
今までできなかったプレーができちゃったり~
その時にやっとできるんだって思ったし
自分のやってきた努力に自信が持てるようになりました。
大学入試の時や就活の時は、
もー不安で不安で( ̄▽ ̄)
だって、こればっかは完全に人の評価で決められることなので、
いくら自分でがんばってると思っていても、
そこは評価する人たちには見えないところなんです。
だから、とにかく自分で信じたことを
ひたすらやり続けてみるしかなかったですよね。
このとき、不安は最後まで消えませんでした。
わからないからずっと不安なんです。
結果を知ってから、
やっと不安ではなく現実と向き合うことができた感じです。
そして、違う環境に飛び込んでいきました。
ちょっとここまでは意味不明かもw
でも結局、今やっていることの意味なんて、
わからないかもねーっ思うのです。
きちんと自分で意味付けできていれば別ですが、
それができていれば不安の代わりに確信があるはず。
わからないから不安になるだけだと思うのです。
正しいかどうかわからない、
人にどう思われるかわからない、
この先どうなっていくのかわからない、
いま、何をするべきなのかわからない。
わからないこと盛りだくさん( ̄▽ ̄)
はっはっはーー
もー、わかろうとしなくてもいいやーーー
もー、どーにでもなるんだわーーー
だったら、もーどーでもいーじゃないかーーー
というのが最近行き着いた答えw
きっと探してる答えみたいなものって
いつも現実が教えてくれている。
不安に思うことは当たり前の反応なんだから、
それをなんとかしようなんて、あたしは思わない。
ただ、視点を変えようと思います。
不安なことではなくて、現実を見て行こうと思う。
現実をきちんと見る。
で、行動してみる。
それが経験なんだろーなー。
だから不安で立ち止まっているくらいなら、
なんでも、経験にしてしまえばいい。
自分がそう決めたのなら、
誰も文句は言わないのだ。
経験がこれからなにかするときの確信になってくはずなんだから。
だから、思いっきり不安のまま行動してやるのだ。
あたしは行動することしかできないアホですが、
言い換えれば、行動はできるってことなんですゎ~
だから、不安でもできることをやってみます。
がむしゃらにやりきったら、
きっと考えることができるようになるだろう、、、w