人の大腸は、膨大な種類の細菌が絶妙なバランスでひしめいている事で健康を保っていますが、
感染症の治療等の際に抗生物質が投薬されてそのバランスが著しく崩れると、特定の細菌が体に悪影響をおよぼすようになります。
「クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)」という病気がその例で、激しい下痢を引き起こし、その治療として毒素吸着剤などを使い、腸内の細菌バランスを正常に回復させる方法がありましたが、昨今、腸内環境が崩れてしまった患者へ、健康な人の糞便を腸内に浣腸カテーテルなどで注入することにより、腸内環境を改善するという斬新な治療法「糞便移植」が登場し注目を集めています。
実際にクロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)に対しての臨床試験で高い効果を発揮し、臨床試験はされてはいませんが、いくつかの報告によると、「糞便移植」は、クローン病や潰瘍性大腸炎等の炎症性腸疾患にも効果があることが示唆されており、他にも、自己免疫疾患やパーキンソン病へさえも効果があるのではないかと言われています。
そんな「糞便移植」ですが、驚愕の副作用が報告され話題となっています。
米国で、再発性のクロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)に罹患した32歳の女性は、下痢を繰り返し、かなり強い抗生物質を投与しても効果が無く、吐き気、腹痛で苦しんでいました。
彼女は、糞便移植に踏み切ることを決心し、移植には16歳になる実の娘の糞便を使うことになりました。
幸い治療は成功、これで一安心と思ったのだが……。
手術から1年後、体重が急激に増加し、肥満体型になった彼女は病院を訪れて何が起きたかを問いただしたそうです。
治療に当たったブラウン大学メディカル・スクールのコリーン・ケリー博士は、女性患者が糞便移植後、全く痩せなくなり、医師の指導のもとでプロテインダイエットや運動も試みたが、「体内のスイッチが切り替わった」ように太り続けてしまったと述べている。
26だったBMIは、移植16ヵ月後に33まで増加し、3年後には34.5となった。
その間体重は15kg増でピタリと動かない。
しかも便秘と原因不明の消化不良に悩まされているという。
この女性はもともと細身でしたが、糞便の提供者である自分の娘は元々ポッチャリさんだったそうで、どうやら体型までもが似てしまったとの事。
そこで「どうやら、娘の腸内菌と関係があるのでは」と調査に乗り出したのが、アメリカ・ロードアイランド州の総合病院を中心とする研究グループ。
彼らは感染症の国際医療誌「Open Forum Infectious Diseases」に、肥満マウスから糞便移植を受けた正常体重マウスは、脂肪量が著しく増えたと実験結果を報告している。
一方、レディング大学のアンドレアス・カラザス博士は、「マウスと人間とでは別の有機体」として、腸内菌と肥満との関連性はいまだ不明としている。
いずれにしても、このように突然肥満体になってしまった患者が現れたこともあり、この女性の糞便移植手術をおこなった医師コレーン・ケリー氏は、以来、糞便提供者選びに慎重になり、肥満の人はお断りしているとの事。

米非営利団体「OpenBiome」は、糞便移植のために健康な状態の便の提供を呼びかけています。
提供された糞便は、最初にろ過と均質化で不要物を除去。
そして、結腸スコープ法や浣腸、鼻孔チューブや錠剤といった形で、患者の体内へ腸内バクテリアが移植される。
糞便サンプルを提供したドナーが受け取る報酬は、1回で40ドル(約4700円)とかなりの高額。
しかも週に便を5回提供すれば、さらに50ドル(約6000円)分のボーナスまで貰えるという。
継続して糞便を提供し続ければ、平均して週に250ドル(約3万円)、1年で1万3000ドル(約155万円)もの額になる。
しかし、ドナーの便は患者に提供できるほど健康な状態でなければならない。
同団体によれば、提供希望者の4パーセントしか検査に合格しておらず、今のところ16人のドナーから糞便の提供を受けているそうだ。
提供された便は全米186の病院に渡り、患者2000人の治療に利用されている。
「便の移植だなんて気持ち悪い

伝染病の専門家であるトマス・ルイー博士は、各患者のためにカスタマイズされたピルを生成。
ドナーの便(通常は家族のもの)を研究室でプロセスし、いい腸内細菌を抽出して、3層のジェルコーティングを施されたカプセルに詰め込む事で、経口薬が腸に到達するまで、「薬」を溶かさずに運ぶことができる。
「このプロセスで、“便”は残っていないよ。だから、患者は便を食べるわけではない」と、ルイー博士。
「胃を通過しまってから細菌がリリースされるので、臭いげっぷをすることもないんだ」
今のところ、人間ひとりの腸内に必要なバクテリアを届けるには、約24~34のピルが必要だそうだ。
まず患者は、抗生物質で体内で問題のある細菌を殺し、便のピル24~34個を一回の“治療”として飲み込むことで、様々な腸内細菌を植え付けることができる。
もうすでに臨床テストは終わっており、強力な抗生物質でも症状の改善がみられなく、再発を4度以上経験した27人の患者全員が、このピルにより治癒を果たしたのだという。
尚、今の技術ではジェルが常温で溶けてしまうため、各患者にフレッシュなピルを作る必要がある。
そこで研究者らは、細菌を殺さない「便のピルを冷凍する技術」を開発中とのこと。
これが確立すれば、血液型がO型Rh-のように、遠く離れた便のユニバーサルドナーが、健康的な便を提供してくれる時代になるかもしれないと、研究者らは語っている。
ネット上で糞便移植による様々な病気の改善例や方法論の情報が広がっていることもあり、浣腸を使って自前で糞便移植を行ってしまう人々も出てきているようです。
しかし「これは非常に危険である」と、カナダにあるグエルフ大学のエマ・アレンヴァーコー教授は取材で答えています。
糞便にはもちろん病原菌や寄生虫のリスクがあり、実際に感染症や腸内出血の副作用も報告されています。
また、腸内細菌と様々な病気の関係性については、最近ようやく微生物学者が解明し始めたところです。
その中には癌や糖尿病に関わるものもあり、それが糞便移植によってどのような影響が出るのかはっきりしておらず、長期間にわたるその影響もわかっていません。
アレンヴァーコー教授は、「軽率に糞便移植をするべきではない」と警鐘を鳴らします。
そのような危険な糞便移植を減らすためには、やはり「医療機関において適切な方法で、移植する糞便が管理されなければならない」そう考えるのはマサチューセッツ工科大学のマーク・スミス教授です。
スミス教授は実際に、安全に管理された移植用の糞便のサンプルを作るNPOを、他の研究者と共同設立しました。現在はCDIへの治療にしか使用できませんが、このNPOは医療機関にのみ、安全な糞便のサンプルを提供します。
さらにスミス教授は、科学雑誌ネイチャーにて、食品医薬品局に対してその取り扱いを「新薬」とするのではなく、血液や骨等の移植と同様にするべきと主張し、また、世界中の規制機関対してもその手順の取り扱い方を作り上げるべきだと提唱しました。
規制のないイギリスでは、糞便を新薬のように扱うのか、はたまた一つの組織体として扱うか結論が出ず、現在も臨床試験が行われていますが、近々新しい規制を導入する予定のようです。
今後は他の国でも、糞便の取り扱いの是非について論議されることでしょう。
