はるるんです
またまた更新が空いてしまいましたが、
みなさんお元気でしょうか❓
すっかり秋の気配です
Hくんは雨で延期になった運動会を明日に控え、
今日はゲームに勤しんでおります
さて今日のお話は、おじいちゃんのお話番外編です
一年祭と、その後のお話。
8月末、おじいちゃんの一年祭(ウチは神道なので、こういいます)が無事終わりました
とても暑い日になりましたが、
おじいちゃん、おばあちゃんの兄弟、子や孫が集まり、新しく作ったお墓への納骨も済ませました。
数日後、Hくんに、
「おじいちゃん来てた
」
と聞くと、
「来てたよ
余ったお酒もちょっと飲んで行った。
みんなに、久しぶりやなぁ〜って言ってたよ。
楽しそうだった
」
とのこと。
私もおばあちゃんも主人も、ホッと一安心

でも、おばあちゃんは、
なんだか、家からいなくなっちゃったみたいで寂しいなぁ。
と言っていました。
愛なんでしょうね〜


でも大丈夫

あの有名な歌のように、亡くなった人は、お墓の中に居るわけではありません
お墓はポータルのようなもので、出入り口の1つに過ぎないようです
いつでも、どこにでも行けるのです
さらに数日後、
おじいちゃんの居た部屋に、私とおばあちゃんとで遺影を飾りました。
位牌の横に立てかけてあったものを、壁に掛けました。
Hくんに、
「おじいちゃんに、お墓は気に入ったか、この遺影の位置はどうか、聞いて〜
」
とお願いすると、
「お墓はあんまり気に入ってないって。
写真はいいけど、部屋をあんまり寒くしないでほしいって。」
「お墓はアレでお願いします
って言っといて。(結構なお値段なので、作り直しとかムリです。)
冬は愛用の上着を遺影にかけます
って言っといて。」
あの世に行っても、相変わらずなおじいちゃんなのでした
一年祭で、神主さんが、とてもいいお話をされていました。
仏教でも、神道でも、故人を偲び敬うのは同じこと。
形ではない。
1つ1つの区切りの中で、少しづつ心の整理をしていく。
大切なのは、
今を生きる者が、今ある全てに感謝して生きることです。
それが故人の供養にも繋がる。
今を大切に。
とおっしゃいました。
改めて、その通りだと感じました。
当たり前などというものは1つもないんですよね
こちらのブログを訪ねて下さる方は、大切な人を亡くされた方が多くいらっしゃいます。
まだまだ悲しみの中にいらっしゃる方も沢山いらっしゃるかもしれません。
みんな、少しずつ、、少しずつ、、少しずつ、、
ご自身の中で心の整理をしながら、
うつむいた顔を、ほんの少しずつ、前に向けて生きていく。
そんな私たちを、大切な人はいつも、
空の上から、
または、すぐ側で、
優しく見守ってくれているんだと思うのです
今、私もあなたも生きています。
その今を大切に。
今、そこにいる人を大切に。
今、そこにあるものを大切に。
今日もお読みいただき、ありがとうございました
