通訳案内士HALURONの日本と世界の観光産業を知る旅 -19ページ目

通訳案内士HALURONの日本と世界の観光産業を知る旅

このブログは大学生の時に途上国をバックパックで旅をしていた時の生存確認用でした。社会人になった今は自分に大きく影響を与えてくれた旅、日本のインバウンド&アウトバウンド活性化に資するブログにしていきます。

どうも、スロバキアは英語が通じる人が少なく、ヨーロッパから他の地域に来たような感じがします
HALURONです。 
スロバキアはこれまでのヨーロッパ諸国とまた雰囲気が違うので、中々面白いです。苦労も多いですが苦笑
でも一人旅はこっちの方が面白い。そこらへんの話はスロバキア編で追々していきます。


前日の予定では朝06時30に起きて、8時のバスに乗って、Zakopaneで11時のバスに乗り換えて、13時にはスロバキアのPoprad入りして、それから遅くとも18時前にはKosiceに着く予定だった。

でも目を覚ましたのは0730だった。それから頑張っても8時のバスに乗れる気はしなかったので諦めて、二度寝をする。0830に起きて朝飯を食って、パソコンで少し作業をしから、11時頃に宿を出る。

Krakowのバスチケット売り場に並んでいたけど、当日券は車内で買えと言われる。

45分のバスに乗ろうかと思ったけど、満員なので、次に乗ることに…

金曜日だから混んでいるのね。みんな三連休にしているのかな?
金曜の夜、仕事終わりとかなら混んでいるのも分るけど、金曜の昼間から混んでいるんだね。

12時発のバスに乗り込む。ローカルバスだから、小さなバス停にも頻繁に止まるんだよな。

俺の行き先がこんな小さいバス停だったら、どうしよう?

駅に名前も書いていないし、確実に見逃すよな。

途中不安になったけど、ドライバーさんに英語が片言ながら、通じたので見逃すことなく済んだ。

結果的にはたくさんのバスの終着点になるバスステーションだったんだけどね…


ザコパネのバスステーションでポップラッド行のバスを買おうとするがそれはローカルバスではないから、ここでは売ってないと言われる。

でも親切にもどこのホームで買えるよと教えてくれたので、凄く助かる。

そこに行ってみると、次のバスは1615、結構待たないといけないね。

飯でも食おうかと適当な店に入って、窓から外を見ると雪がパラパラと舞ってきた。


こっちは10月の中旬で雪が降るのね。

どおりで寒いわけだよ。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-車内から

道中の車内から…メッチャぶれてます。すいません。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-Zakopane

Zakopane

手袋買ったり、靴下買ったりで冬装備を整えないと、ヨーロッパの冬は越せなさそうやな。

飯はジュレック150円
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ジュレック 3


ピエロギ ロシア風 300円
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ピエロギ 2

冬のヨーロッパはみんな厳しいからと言って、避けるけど観光シーズンの夏にはない良さがたくさんあるよな。

何といっても人が少ないから、博物館や美術館などの観光地を周るのには絶好の時だと思う。

オフシーズンだから宿代も安くなるし、寒い国の料理はやっぱり寒い時に食べた方が一段と美味しいしね。

特に寒い国ってスープ系の料理が発達していて凄く美味しいから、中欧の国なんて旅するのにもってこいだよね。

それにヨーロッパの街並み、風景の雪verが見られるからね。

1615頃にプライベートバスが来て、22スボォテイ(550円)払って、バスに乗り込む。
1時間半ほどしてpopradに到着する。

バスステーションに行くがインフォメーションが閉まっている。

わぁー面倒だ。

自分で乗るバスを探さなきゃいけない。

数字だけ見ればバスがいつ来るとか大切なことは分かるんだけど、注とかにも冬の時期は運休とか書かれていて現地語だとそれが全く分からないから、困るんだよね。

コシツェ行きのバスを探してみるが行ったばっかりだったり、深夜だったり、でこれは野宿かなと思ったけど、このクソ寒い中で寝られる気はしないので、電車の駅まで行く。

普通にコシツェ行きが18時40分にあった。しかも5ユーロで安い。これは乗るっきゃないね。


ここの電車も15分ほどの遅れと表示されていた。
でもそれよりか早く、10分遅れ位できた。

ポーランドよりか電車事情はマシなのかな。車両自体も中は綺麗だった。


ただ一つ…

僕にとっては大きな問題があった。

それは席の裏にテーブルと思われる、よく分からないプラスチックがついていることだ。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-電車の座席

僕はテーブルだと勘違いして、そこにチケットを挟んでおいたら、次に気づいた時はなくなっていた。

イスとプラステックの間に入り込んでしまっていたのだ。

しかもそれはテーブルではなく、座席に固定されいているので、開かないようになっていた。


さぁー困った。

今あるイヤホンやらテープやらで救出を試みるが、無理みたい。

菜箸でもあれば取れたんだけど、そんなもの誰も持っているわけないしな。

手持ちの道具じゃ椅子を壊さずにチケットを取るのは無理そうなので、諦めて鉄道の係員を説得することに…


上からチケットの存在は分るし、何とかなる気はした。

係員が僕の所を通りすぎた時に三回ほど、excuse meと呼びかけた。


が全く気付かない。


もう一回呼びかけようと立ち上がった時には、隣の事情を分かっているおっちゃんに腕で制止されて、通路を挟んだ反対側の女の子もダメだと一生懸命にクビを振っている。

多分スロバキアの鉄道係員が厳しいから、絶対に罰金を取られるだろうということで、あんなに猛反対されたんやろうな。

確かにヨーロッパの国って、バスやら地下鉄やらは信頼の上に成り立っているシステムだから、不正乗車とかに関して凄く厳しくて、罰金も驚くほどの値段を取られるんだよね。

説得できると思ったけど、僕は現地の事情をまだ何も知らないので黙って彼らの指示に従っておく。



鉄道職員に対しても、笑いで済ませてもらえるだろうという考えは甘かったかな?

笑いで済まなかった場合、メッチャ大変になるもんな。

罰金を払うつもりは毛頭なかったから、ガチで交渉をしなきゃいけないし、英語に反応しなかったということは英語が話せないという確率が高いしね。

コシツェまでの1時間をしっかりとやり過ごせるかな?
少しハラハラした。

まぁ結局こういうのって、堂々としていれば、全然問題ないんだけどね。


結局コシツェに着いたのは夜遅くになってからで、到着した頃には既に8時を過ぎていた。

辺りは真っ暗で人通りも少なくなってる。

そんな中20分ほど歩いて予約していたホテルに行く。

住所は合っているはずなんだけど、そこにあるのはレストランかバーにしか見えない。

でも名前がk2で同じだし、ホステルっぽくないなと思ったけど、中に入ってみる。

すると奥の方に上に行く階段があった。

階段を昇るとそこにはレセプションという文字が見えた。

よっしゃーやっと到着したと思ったら、受付の人が全く英語を話せない。

パスポートを見せてというのも、紙を見ながら言っている。

動作が凄くゆっくりだった。

数分経った後に、何となくおっさんから困った雰囲気が出ていた。

今日はもう部屋がいっぱいだと言われたような気がした。


????


半端な所で終わってしまいますが、博物館が閉まる時間が刻々と近づいているので、そろそろ観光に行ってきます。

ポーランドの記事は最後なので、僕が気にいったポーランド料理の数々の写真を貼っていきます。

ワルシャワに住んでいるパッと見、冷たい系美人のコーサがポーランドについて、色々と教えてくれた。グルメ情報しかり。ポーランド人は冷たそうに見えるけど、仲良くなってみると凄く親切なんだよな。一回インドの砂漠で一緒にでお酒を飲んだだけなのに、色々と僕のためにしてくれた。
この写真もほぼコーサに勧められたもの。ポーランド料理は味付けがだいぶ優しいから、かなり好きになった。

メインコースを頼むとついてくるパンとチーズと豚の脂、

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-パン 豚の脂 チーズ

ボルシチ 1
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ボルシチ
     
     2
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ボルシチ その2

ジュレック 2
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ジュレック 1

ロールキャベツ トマトソース
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ロールキャベツ トマト

ロールキャベツ マッシュルームソース
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ロールキャベツ マッシュルーム

その2
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ロール その2

ビゴス ザワークラウトやベーコンやらを煮込んだもの
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ビゴス

ゴロンカ バスの中でおじいさんに男ならゴロンカだと一押しされた。
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ゴロンカ

とんかつ ポーランド風
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-とんかつ ポーランド風

ピエロギ 蒸したver
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ピエロギ ロシア風

ピエロギ 揚げたver
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ピエロギ 揚げ







写真を見ていたら、お腹がすいてきた…

そういや昼飯まだだったな…

でも時間があまりないし、博物館観光が終わるまでお預けやな。

今日も無事に更新できました。

これもこのブログを読んでくれているみんなのおかげです。

ありがとうございます。

じゃあまたね。



どうも、楽しかったポーランドの旅も今日の夜が最後で、若干寂しいHALURONです。
明日はローカルバスを乗り継いで、スロバキアのコシツェに行くことにしました。
いま、行っておかないとこれから行く機会がない気がしたので、行くまでが面倒ですが、行くことにしました。
旅のテーマが貧困だから、EUで一番所得水準の低いスロブァキアは外せないよね。

じゃあ今日の近況報告をザッと

今日は修学旅行の団体客が2組来るからということで、一泊7ユーロで泊まっていた所を追い出され、他のホステルを探す。一泊だけだし10ユーロの所で妥協する。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-道

その途中の並木

外から見ていただけだったブァブェル城の中へ入ることに…

城内に入ったのは良いけど、5つ位の展示があったが別々でお金を取られる。あんまし魅力的な所がないなと思っていると、

一つだけ、惹かれる名前があった。

それは「龍の洞窟」…

ガキだな!!と思っただろ?

思いっきり子ども騙しな感じがするけど、それでも小さな期待を込めて行ってみた。

城内から螺旋階段を下りていく、

すると、そこには

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-龍の洞窟 1

洞窟 1

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-龍の洞窟 2

洞窟 2

洞窟を出るとそこには…

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-龍 1

龍がいた 1

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-龍 2

龍がいた 2

ははっ、期待通りだ笑笑


城内で撮った写真
HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-城内 木のお化け

木のお化け

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-城内 紅葉



外側からの方が魅力的やな。

中に来たらあんまし魅力的ではなかった。

写真もこの2枚だけ…

この後にカジミェシェ地区というゲットーとは違いユダヤ人の自治が認められていら場所を散策して、シナゴークとユダヤ人共同墓地、シンドラーのリストのシンドラー工場に行って、ナチス占領下のクラクフの歴史についても詳しくみてきた。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ユダヤ人共同墓地

こっちに関してもたくさん言いたいことがあるが、重い話ばっかするのも嫌なので、アウシュビッツのことと合わせて、いつか記事をあげたいと思います。

ダメだ、もう眠い。

おやすみなさい。日本では起きる時間だけどね苦笑


今日も読んでくれてありがとうございます。

じゃあまたね。








どうも、三日坊主の称号は頂かなくて済みそうなHALURONです。

今日はクラクフの旧市街の街並みを探索してきました。
天気は生憎、雨が降ったり止んだりで、絶好の散策日和とまでは行きませんでしたが、冬のヨーロッパでこれ以上のは贅沢は言えません。

ビルケナウ収容所の重い写真に入る前に軽めな今日撮った写真をザッと紹介していきます。


HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ブァブェル城 1

宿から歩いて3分位の所にあるブァブェル城 その1

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ブァブェル城 2

その2

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-街並みはこんな感じ

通りはこんな感じ

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-広場

広場

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-バルバカン

バルバカンと呼ばれる入口

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-教会

大規模な教会

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-マンガ博物館

通りをブラブラ歩いているとそこには日本漫画・美術博物館が…

そこは名前は漫画博物館とかなんだけど、中の展示は江戸の日本文化を紹介して、明治以降に外国の文化を取り入れてどう日本の文化が変化していったのかと外国から見て日本の文化はどう見られていたのか?という内容の展示で中々見ごたえがあった。

Tokugawa cranとか何か英語の説明を読んでいると凄い違和感を感じた。


HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-グッドバイ

これをGood bye と訳されてしまうのは、間違ってはいないけど物足りなさすぎる。


HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ブァブエル城3

ブァブエル城 その3

クラクフは戦争時代の被害を珍しく免れた街だから、多くの古い建物が残っている。


こっからは昨日の続きです。

ここは周りに高い建物がなく、草原のようで風がかなり冷たい。ここはたくさんの収容用の建物があって、アウシュビッツとは規模が全く違う。そしてこっちはほとんど手が加えられていない状態らしい。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ビルケナウ収容所

ただっ広い草原の中の収容所


HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-収容所へ続く線路

収容所の中に収容者を運ぶための線路。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-監視小屋

監視小屋


HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-選別

来た人たちを強制労働に適した人か否かで選別をしている。
選別から漏れた人は…
ガス室に連れて行かれる。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-選別の場所 現在

そして現在の選別が行われたであろう場所。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ガス室へ

ガス室に人々が連れて行かれる様子。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ガス室 1

現在に残るガス室 その1

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-ガス室 2

現在に残るガス室 その2


HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-死体処理

死体処理が行われている様子


次からは強制労働に適しているとされた人達の生活状況の写真です。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-トイレ


三列に所狭しと並べられているトイレと呼ばれる穴。

HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-3段ベット


バラックと呼ばれる一列に五人ほど詰め込まれる寝床。何もかもが最低限以下だよな。


HALURONのユーラシア大陸放浪記~見果てぬ2つの夢を追って~-写真

そして昨日アップし忘れていたアウシュビッツ強制収容所内の写真。
廊下の両側に連なる囚人達の証明写真、そこには収容所にいた期間がかかれている。たいていの人は一年以内の生存だ。

短い人だと4~6週間のひともいる。

当時は食料不足に加えて重労働で飢餓状態、懲罰、気候による寒さ、劣悪な住環境、枚挙にいとまがないほどたくさんの早死にの原因があった。

こういう人間の最低限以下の生活を見せられると、バングラでの汚い宿なんて、まだまだだなと思うよな。食事例がまたひどくて朝飯は500mlのコーヒーと呼ばれる黒い液体で、昼飯は具のほとんどないスープ300ml、夕飯は?すまない、忘れた。

でも朝と昼を見ると夜にどんなものが出てくるかは言わなくても予想がつくよね。
こんな環境だったら俺も一ヶ月で死ぬわ。

当たり前だけどバックパッカーの生活より全然キツイわ。
10月の今でも日本の大学にいる時の冬の服装でも寒い位なのにこれから、本格的な冬になったら、それだけでも耐えられんわ。

もちろんその当時はまともな衣服も与えられていないし、布団と呼ばれるものも今よりはるかに心もとなかったことだろう。

9月にドイツで一泊野宿して、起きた時に死にそうなほど、身体が凍えてビックリしたことがあったけど、それとは比べ物にならないんやろうな。



16時頃にビルケナウの見学が終わったので、アウシュビッツに一度戻る。

そこでは1人でゆっくりと見学できたので、新たな発見がいくつかあった。

飢餓に関する展示とかリアルに現代のアフリカの貧困の方がマシな状態なんじゃないかと思えてくる。

子どもの飢餓状態は同じ位っぽくで、骨と皮だけになった子どもの写真があった。大人の女性の写真もあったのだけど、入所時には165で75キロが写真を撮られた頃には25キロとシャレにならないくらいのビフォーアフター、さすがにアフリカの貧困層でもここまでじゃないわな。

アウシュビッツでの生活は人類史上最悪の生活なのではないかな?

そんなこんなであっという間に17時を過ぎた。閉館の時間だけど、もうちょいみたいものがあったので、周辺を歩いていた。まだガイドツアーをやっているグループが数組あるので、警備員の迷惑にはならないだろう。

1720までいて、クラクフに帰る電車の予定があるので、駅に向う。途中走ったりもしたが、なぜか出発時間は55分、43分て時刻表に書いてあったから走ったのに…
間に合ったから、問題ないけどね。帰りもクラクフまで二時間かかった。これがデフォだったのね。

もっと詳しくアウシュビッツについての意見を書こうと思ったけど、写真だけでも十分な気がしてきた。

ていうかまともに書こうとすると論点が多すぎるんだよね。

民族差別一つとっても、ユダヤ人の定義の話とかどうして迫害されたのかとか、書き始めるときりがない。

他にもガス室での大量虐殺はなくて、イスラエルやソ連のプロバガンダだとかいう意見もあったりして、読んでみると確かに合理的な反論がされているんだよね。

青酸ガスの性質上、大量虐殺には不便だし、調達コストも高いし、必要な装置が発見されていないとかね。
明文で虐殺は宣言されていないから、ユダヤ人問題の最終解決というのは大虐殺を意味するのではなく、東方への移植を意味するのではないかとかきりがない。

歴史というのは当たり前だけど、誰かの視点から書かれたものだから、全てをうのみにするのはいけないよね。

でも、自分の中に教訓として、民族・宗教差別についての考えを残すのは、歴史の正しさとは関係ないからね。

やっぱり歴史を学ぶことは大切だと思う。

多様性を受け入れるデカい器が一番大事やろ。

色々端折りすぎて、良く分からないと思いますが、説明するのが面倒くさいから、こんな簡単に言ってます。

最初は真面目に書こうと思っていたんだけど、僕は面倒くさがり屋なので、挫折しました。

今日も読んでくれてありがとう。

じゃあまたね。