タナトス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
タナトス(古希: Θάνατος, Thanatos)は、ギリシア神話に登場する死そのものを神格化した神。
夜の女神ニュクスが一柱で生んだ息子[1]、または幽冥の神エレボスと夜の女神ニュクスの息子[2][3]。眠りの神ヒュプノスと双子の兄弟である[4]。
ローマ神話の死神モルス(ラテン語: Mors)やレトゥム(ラテン語: Letum)と同一視される。
タナトスを「亡者の王」や「ハーデース(同一視として)」と呼ぶ事もある[5]。
個人的に、タナトスさんはホネの馬に乗り鎌を持ち、怪しい青白い炎と共に夜に駆けているイメージ。
さて、精神疾患の患者でもよく見かける拒食症関連のニュース記事を見たのでブログ記事にしておきます。
拒食症→死、という思考に繋がる一定のパターンもある。
小学校で飼ったブタ「食肉センターに送るか」児童が涙の議論 決断下した元教諭「今も問い続けている」 [♪♪♪★]
1: ♪♪♪ ★ 2025/12/30(火) 20:23:39.24 ID:vG97Yuhl9
「子どもたちには、希望者で兵庫県加古川市の食肉センターに行ってブタ解体の現場を見学したり、近くの農場でソーセージ作りを体験したりと、Pちゃんの今後について考える機会を設けた」
「子どもたちは最初から一枚岩ではなかった。Pちゃんをどうするかを話し合う過程で意見が割れた。卒業式の3日前の話し合いでは、32人の子どもが16対16に分かれる結果になった。自分の考えが絶対だと思っていた子どもたちは、半分が反対の考えを持っているという現実に直面した。命の問題には理屈だけでは割り切れない部分があり、議論を通じてその複雑さを子どもたちは実感していた」
「泣きながら自分の考えを述べ、みんなそれを真剣に聞いていた。しゃべらない子どもがいたとしても、一生懸命色々なことを考えている。うまく言葉にすることはできないけれども、そういった子どもたちだって当然いる。黙っているからといって、何も考えていないわけではない」
-議論の最終局面で、クラス全体の意見が変わる大きな転機があった
「最終的に、クラスの結論は『下級生に引き継ぐ』に全員一致でまとまった。そのきっかけは、『食肉センターに送る派』の中心だった子どもの一言だった」
「その子は『僕の考えは変わらない。食肉センターに持っていくという意見に変わりはない。でも、引き継いでもらうと言っている人たちの気持ちも分からないではない』と語った。続けて『どちらを先にやったらいいかと考えた時、まずは引き継いでもらうということを、できるところまでやってみたらいい』と言った」
「この一言で、クラスの空気が一気に変わった。食肉センター派と引き継ぎ派で16対16に分かれていた状況が一瞬で崩れ、全員が引き継ぎ派に賛同し、最終的に32対0となった」
■子どもたちの結論をひっくり返した理由
-子どもたちの議論では「引き継ぐ」案で全員一致したが、最終的には黒田さんが「食肉センターに送る」と決断した。なぜ、そのような判断を?
全文はこちらでお読みください
https://news.yahoo.co.jp/articles/3df7d864b13d673eedc683e37b070fe921ce4f65
これ昔映画化された実話だろ?
妻夫木が主演したやつ
なぜ今更ニュースになってんの
ウソ作文
豚はペット用の超小型種でないと、普通に巨大になる
とても小学生には扱えない
野に放つと猪になるからな
有名な実話だよ
映画にもなった
クズ左翼は一番肝心なところを抜いて作文する
映画 ブタがいた教室
新米教師の星先生は、小学6年生の26人の生徒たちと、卒業までの1年間“食べる約束”で子ブタを飼い始める
が、子供たちはブタをPちゃんと名づけて世話をするうちに愛情が芽生え始め、
やがてPちゃんを「食べる」「食べない」でクラスの意見は真っ二つに……。
1990~93年に大阪の小学校で実際に行われた授業を原案に、命を育むことや、
生命とは何かを問いただす。妻夫木聡が初の教師役に挑戦。監督は「ドルフィンブルー」の前田哲。
卒業までの1年間“食べる約束”で子ブタを飼い始める
卒業までの1年間“食べる約束”で子ブタを飼い始める
卒業までの1年間“食べる約束”で子ブタを飼い始める
本当に左翼はクズ
博士号もってて
いまは教授か
映画は泣いた
イスラム舐めんな!
食べるなんて論外。給食に出したら訴えられる。
良牙を思い出す
なんか笑う
センターの子がドン引きしてて草生える
今はモリモリ食べるけど
source;
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1767093819/
記事全文
小学校で飼ったブタ「食肉センターに送るか」児童が涙の議論 決断下した元教諭「今も問い続けている」
12/30(火) 10:30配信 京都新聞
小学校で、子どもたちが1頭のブタを約3年育て、卒業前に「下級生に飼育を引き継ぐか」「食肉センターに送るか」を自分たちで議論して決めた「授業」があった。当時それを行ったのが、現在京都教育大学教授の黒田恭史さん。1990〜93年に行われたこの実践はテレビで紹介され、書籍化を経て2008年には妻夫木聡さん主演の映画『ブタがいた教室』として全国公開され、大きな反響を呼んだ。
実践から30年超。黒田さんは現在も講演や授業研究を通じ、「命と向き合う教育」の大切さを伝え続けている。子どもたちが、命について触れ合う機会が減っている現代。学校や大人ができることは何か。黒田さんに聞いてみた。
■「死」を学校で教えるということ
-ブタを飼うという命の教育を始めたきっかけは?
「大学を卒業する頃、父がALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した。筋力が急速に低下し、最終的には意思を外に出せなくなる病気で、余命も数か月という状況になった。私は小学校から大学まで、命の大切さを教わってきた。自分の命を大事にすること、友達の命を大事にすること、動物や生き物の命も大事にすることを学んできた。しかし、どんな命にも死がある。家族の死、ペットなど身近な存在の死もある」
「死を学校で扱うのは難しい。悲しさなど感情が伴うため、避けられがちである。しかし、全く扱わないままでよいのかという疑問が湧いた。別れや死を経験する際、私は経験も教育も受けておらず、父の病を前にしてその問いが突然自分にのしかかった。大人になってからも、身近な人の死に直面すれば感情のコントロールは容易ではない。だが受け入れて、生きていかなければならない。それが人生であると感じ、子どもたちにそうしたことをどう伝えるかを考え始めた」
「命の教育が本当に行えないのか、ということを模索していた。大学時代、さまざまな教育実践の記録を読んだ。その中に、鳥山敏子さんのブタを1頭解体するという授業をしたということを知った。ただ、それだけでは命があったという事実を知るだけと感じた。動物と実際に触れ合い、交流する中で最後に死を体験することこそが本来の死の教育であると考えた。机上ではなく、子どもが実体験として感じ取れる場面をつくりたいと思い、最後に食べるということを前提に、ブタを飼うことに踏み切った」
-学校や保護者の反応は?
「当時は新任教師。元気いっぱいで『やるぞ』という気持ちだった。夏休みに子ブタを買い、学校に連れてきた。校長は『何を言うとんねんお前、そんなことよりまず子どもやろ』と言いたかったと思う。『ブタを飼う場所をどうするのか』といった問題もあった。しかし当時勤務していた大阪府豊能町は田舎で、のんびりした雰囲気があった。住宅開発が進んでいる時で、都会から自然を求めて移り住む人が増えていた。保護者らは『自然の中で子どもを育てたい』という意識が強く、ブタの飼育についても『むしろそのために移住してきた』と言い切る人も多かった。保護者の積極的な姿勢が追い風になり、校内の一角に小屋を作るなどして、ブタの飼育が実現した」
■ふん尿の処理、できなかった子どもたちも
-なぜブタを選んだのか?
「まず『大きい』ということだ。学校では金魚やハムスターなど小さな動物を飼うことがあるが、世話をする子どもが限られてしまいがちだ。一方、ブタは体が大きく、1人や2人で世話をすることはできない。掃除や餌やり、小屋の掃除といった作業を、クラス全員で協力してやらざるを得ない必要がある。そこで子どもたちはできること、できないことを考える」
「次に『においがある』という点。生きていると臭いしふん尿も出すので、それとつきあっていかないといけない。子どもたちの多くは特にふん尿の処理を嫌がる。このときクラスに32人いたけれどもその中で、2人は全然嫌がらないでやっていた。その子たちは別に指導したからじゃなくて、彼らの性格と家庭環境によってそういうことに抵抗がない育ちをしているからだと思う」
「『だから他の子どもたちもやれ』とは私は言わなかったが、子どもたち同士はわかっていた。『自分にはできひんのに、あいつは何の抵抗もなくそういうことがちゃんとできる』という自分ができること、できないこと、なぜできないかを自分で考え出す。そうすると、ふん尿の処理ができる子どもが増えてきた。子ども同士で学び合っていた」
「次にブタは『生命力が非常に強い』ことだ。餌やりは特に重要な作業だった。土日や連休中に誰も来ずということがあり、月曜日を迎えることが何度かあった。水は用意していたので体調に問題はなかったが、2日間食べていないと、すごく鳴いていた。月曜の朝、子どもたちもそれに気づいて、バケツを抱え鳴いているブタのところへ急いで向かった。私たちが食事を与えないと、ブタの命をつなげられない。子どもたちも食事を用意してもらうことで、誰かに命をつないでもらっているということを感じていた。そのため、当時の子どもたちは給食を残さなかった」
「学校の隣には特別養護老人ホームがあり、ここが利用者のための食事を365日3食作っていた。そこから毎日、残飯が出ていた。それがバケツ1杯分ほど毎日出る。それをそのまま餌にしていた。本当の意味でのリサイクルが、この場で実現していた。お互いウィンウィンの関係で、地域と学校、ブタの飼育がぐるぐると循環していた」
■「家畜」と「ペット」の違いを考える
「最後は『家畜とペットの違い』を考えさせてくれるということだ。クラスで『Pちゃん』という名前を付けて育てた。名前を付けたことで愛着が生まれた。また、ブタは個体認識ができる。優しく接する子どもには近寄り、そうでない子どもには距離を置く。子どもたちはその反応を通じて『ブタは自分とちゃんと関係性を築いている』という気持ちになっていた」
「『家畜は命を奪われてしかたないもの』『ペットはかけがえのないもの』と、現代では考えてしまう。でもブタは、自分が家畜かペットかは認識していない。それを決めているのは人間だ。それは区分けすることで、命を奪う罪悪感を減らすという、人間の英知だとは思う。ただ両方分ける意識が強すぎると、『家畜だから殺していいじゃん』となり、食べ残しや無駄な飼育をするといった地球環境問題につながる。区分けは大事だが、家畜に命がないかのように振る舞うのは、自分たちの首を絞めることにつながる。ブタを飼うことで、家畜とペットの違い、命を奪うということを考える機会になった」
■黙っている子も、何も考えていないわけではない
-卒業式前にPちゃんを「下級生に飼育を引き継ぐか」「食肉センターに送るか」を子どもたちに何度も議論させた
「子どもたちには、希望者で兵庫県加古川市の食肉センターに行ってブタ解体の現場を見学したり、近くの農場でソーセージ作りを体験したりと、Pちゃんの今後について考える機会を設けた」
「子どもたちは最初から一枚岩ではなかった。Pちゃんをどうするかを話し合う過程で意見が割れた。卒業式の3日前の話し合いでは、32人の子どもが16対16に分かれる結果になった。自分の考えが絶対だと思っていた子どもたちは、半分が反対の考えを持っているという現実に直面した。命の問題には理屈だけでは割り切れない部分があり、議論を通じてその複雑さを子どもたちは実感していた」
「泣きながら自分の考えを述べ、みんなそれを真剣に聞いていた。しゃべらない子どもがいたとしても、一生懸命色々なことを考えている。うまく言葉にすることはできないけれども、そういった子どもたちだって当然いる。黙っているからといって、何も考えていないわけではない」
-議論の最終局面で、クラス全体の意見が変わる大きな転機があった
「最終的に、クラスの結論は『下級生に引き継ぐ』に全員一致でまとまった。そのきっかけは、『食肉センターに送る派』の中心だった子どもの一言だった」
「その子は『僕の考えは変わらない。食肉センターに持っていくという意見に変わりはない。でも、引き継いでもらうと言っている人たちの気持ちも分からないではない』と語った。続けて『どちらを先にやったらいいかと考えた時、まずは引き継いでもらうということを、できるところまでやってみたらいい』と言った」
「この一言で、クラスの空気が一気に変わった。食肉センター派と引き継ぎ派で16対16に分かれていた状況が一瞬で崩れ、全員が引き継ぎ派に賛同し、最終的に32対0となった」
■子どもたちの結論をひっくり返した理由
-子どもたちの議論では「引き継ぐ」案で全員一致したが、最終的には黒田さんが「食肉センターに送る」と決断した。なぜ、そのような判断を?
「議論の末、下級生に引き継ぐことでまとまった。しかし実際に学校現場に持ち帰ると、大きな壁があった。職員会議では反対意見も出た。会議で『Pちゃんの件』として議題になったほどだ。次年度の高学年のクラスに30人の子どもとブタがついてくるという状況では、『誰が担任を引き受けるのか』という問題が現実に突きつけられた」
「子どもたちが結論を出したのに、黙ってPちゃんのことを決めたら、春休み後に子どもたちが中学生になった後、『Pちゃんがいなくなった』と知った時に受ける衝撃は計り知れないと考えた。その時『教師である自分が責任を持って決めた』とする方が、子どもたちへのダメージは少ないのではないかと判断した」
「卒業式前日、子どもたちに『みんなの意見はすべて聞いた。その上で、私が決めます。責任は私が取ります』と伝えた。保護者ともそれまでに何度も話し合っていたが、『何かあればすべて私に言ってください』と言い切った。こうして、最終的に私の判断で食肉センターへ送ることにした。当時は怖さもあったが、自分なりに踏ん張って教師として決断を下した」
―保護者や地域から決定に対して文句や反発は?
「文句を言う人はいなかったが、『うちで引き取る』と申し出る人が現れた。しかもその方は製材所を営む人で、広い敷地もあり、実際に引き取ることも可能な人だった。『この場所なら飼えるだろう』と思い、正直少し心が揺れた」
「ただ、それが本当に子どもたちが望んだことなのか分からなかった。『引き取ってもらう』という選択肢はあるが、それが子どもたちの議論の末に出した結論と同じ意味を持つかどうかに疑問があった。そこで、『お気持ちはありがたく受け取りました。ただ、もう決めさせていただいたので』と丁寧に断った。もしその方向に進めば、まったく違う展開になっていたかもしれないが、教師として自分の責任で判断する道を選んだ」
―卒業後、教え子たちからは何か言われたか?
「『当時は食べない派だったが、大人になって、食べて命をつなぐという考えが理解できるようになった』『自分の子どもにもああいう経験をさせたい』といった声を聞いた」
「ただ、あの時の判断が正しかったのかどうかというのは、今も自分の中で問い続けている」
■現在の学校にできる「命」の教育とは
―現在の学校現場における「命」の教育についてどう思うか?
「教員の働き方改革や、セキュリティー強化で土日に学校に出入りできなくなり、学校で生き物を飼育するということが難しくなっている。一方で『命』について学ぶ重要性は高まっている。学校で何らかの形でやらないといけないと感じる」
「家庭でやることも大切だが、それだとできる家庭とできない家庭に分かれてしまう。クラス全体で行うには、学校の先生がイニシアチブを取り、行動に起こすことが大切だ。先生の工夫と、子どもたちとのやりとりの中で方法を見つけてほしい」
くろだ・やすふみ 1965年大阪府生まれ。大阪教育大卒。大阪教育大大学院修士課程、大阪大学大学院博士後期課程修了。大阪府内の公立小学校で8年間勤務の後、佛教大教授を経て、現在は京都教育大教育学部教授。専門は算数・数学教育。
source;
<コメント>
石川一郎 認証済み
学校改革プロデューサー
見解 この記事ですが、自分なりに2つの側面から考えてみました。
一つは、現在の学習指導要領の中心となっている「総合的な探究」での究極の授業であるということです。
目の前の命をどうするか、そして生きていくには他の命をいただかないといけない人間、この両面に向き合わざるを得ない、授業であると言えます。
机上の学びも大切とは思いますが、このような授業ではジブンゴトから逃げることは出来ず、現在の教育に強く求められる当事者意識の涵養という点ではすごい効果があると考えます。
もう一つは、ではこの先生のように生徒と向き合える先生がどのくらい存在するか、です。
これはもちろんその先生の存在だけではなく、それを許容する管理職、保護者、そして地域の方々の存在も必要不可欠です。
SNS万能な世の中、なかなか難しい問題もはらんでいます。
しかしながら、自分はこういった取り組みが行われることには賛成の一票を投じたいです。
鵜飼秀徳認 証済み
ジャーナリスト、正覚寺住職、(一社)良いお寺研究会代表理事
補足 現代社会の中で死を見つめ、死を考え、死を語る機会はめっぽう減りました。東日本大震災、新型コロナ禍、SNSでの誹謗中傷による著名人の自死……。死を意識する機会は常に訪れます。がしかし、本気で向き合う現代人は少ないのです。
公教育の現場でも、死が語られなくなりました。ゆえに小職は、農業系大学で「死の授業」を続けています。死を語ることが、生きることの再確認へつながると信じているからです。死を遠ざけるほど、生は空虚になります。死と共に生きるとき、初めて生の意味は輪郭を持つのです。
学生に「死とは何か」との論文を課していますが、「Pちゃん」のように高校時代に家畜を飼って、食べる経験をした学生が一定数おり、そのことを言語化してきます(論文をまとめて2026年3月に出版予定)いずれも素晴らしい論述で感心します。若い頃に、「死生」を見つめる経験は、慈悲心の醸成につながると信じています。
bro********
賛否の分かれる所だと思います。
自分自身は特に命の授業などは受けたことがないですが、子供の頃からテレビや漫画など、または親との会話、当時飼っていた犬のことなどで、人や動物の命には必ず終わりがある、命は尊いものだと自然と学んでいきました。
そして当時は学校の図書室にも「はだしのゲン」のような重い内容の漫画も置かれていて、よく友達同士で内容についてあれこれと語り合ったりもしました。
自分的には徐々に心身の成熟とと共に学んで行けたので、それについては正解だったと思いますが、小学生の子供にペットのように飼っていたブタの生死の選択をさせるのは少し酷な気もします。
もし自分が子供の頃に体験したらどうなっていたか考えると、少し怖い気もします。
elastigirl
これは教育を超えた危険な実験だと思います
当時の新任教員はそこに無知だったからできたのでしょう
どの文化圏でも、動物を育てるときは家族の一員として育てるのか、それとも家畜として育てるのかをあらかじめ決めます
家族の一員には名前をつけ、家畜には番号をつけます
名前をつけ愛情を持ったものを多数決の結果として屠殺するという体験は、これまでの自然文化にはない異質なものです
家族の一員を屠殺するという体験になりえました
source;
tps://news.yahoo.co.jp/articles/3df7d864b13d673eedc683e37b070fe921ce4f65/comments?page=2
現在京都教育大学教授の黒田恭史さんが病んでいると思う (゚∀゚)アヒャ
記事を読んでいて、この人をイスラム圏の教育現場に送り無事帰ってこれるかどうか検証して「死」について考えた方が有意義な教育反映ができると思ったw
仏教の不殺生を守り、肉や魚を食べない坊主なんて見たことも聞いたこともない。この人を生臭坊主の更生に使おうw
幼い子供の頃に犬のペットを飼い、犬が死ぬ頃には、子供が死を受け入れられる年齢に達しているという教育関係のネタが有ったが、そのタイミングがずれると拒食症・ベジタリアン。恋愛でも相手にその価値観を押し付ける恋愛トラブルからメンタルやられる・・・っていう話題を聞いてたが、その方面のコメントはないなぁ...
香川県で「Pちゃんの件」といえば、おいしそうなCMバンバン流してた「焼き豚P」を思い浮かべる人は多いと思うwww
いただきます。食前の祈り†o( ˘꒳˘ ) アーメン なんかが先でいいんじゃない。


