すごくしんどかったのに、
私にしがみつきながら
一生懸命トイレしてた。
紙おむつにせずに力つきるまで
自分でできる全てのことはしていた。
底抜けの根性…
最後まで生きることを諦めていなかったのか?
最後まで生き抜こうと思ったのか?
とにかくすごかった。
夜中…
最愛の人に
「ごめんけど、やっぱり私はあんたを選ばない。」
何が言いたいのかすぐにわかった。
「おじいちゃんのこと愛してるんだね。」
と言ったら、
「うん。」
とうなずいた。
おじいちゃんを呼んで来なきゃ!!!
すぐに隣の部屋に入院している
おじいちゃんを起こして
「おばあちゃんがおじいちゃんのこと愛してるって言ってる!早く来て!」
おじいちゃん、目をまん丸にして
ビックリ顔。
おじいちゃんがすり足で急いで最愛の人の元へ駆けつけ
おばあちゃんの手を握り…
「おばあさん、ワシのことを愛してるって言ってくれたの?」
と聞いた。
おばあちゃんは
コックリうなずいた。
言葉には出さなかった。
出せなかったのかもしれない。
「初めて愛してるって言ってくれたね。」
とおじいちゃんが言った。
…初めて!??
ビックリした。
2人とも幸せそうだった。
お見合いして結婚した2人。
お互いに言葉が足りなくて死ぬ直前まで空回りしていたのか?
もし、相手のことを思っていると言葉にしていたらお互いに本心を知ることができたのか?
この状況になったからこそお互いの気持ちが理解しあえたのか?
私にはわからないけれど、
2人の心が通じ合ってよかった。
お互いにお互いのことが一番になった瞬間だった。
数日後に最愛の人の痛みが増し
薬を調節し、
眠らせてもらうようになる。
朝になると、緩和ケアに入院している
おじいちゃんの部屋に行き
おじいちゃんと交代した。
おじいちゃんのベッドで眠る。
おじいちゃんは、
おばあちゃんのそばでじっと
座っておばあちゃんを見守っていた。
そんな日々を送っていた。
母も毎日午前中に来て
洗濯物を片付けたり、
最愛の人にYouTubeで
氷川きよしが歌っているところを見せて
元気付けたりしていた。
夕方、最愛の人のムスメが
お見舞いに来たので
私は母と夕食を食べに外出した。
お店に着いた時、電話が鳴った。
「おばあちゃんが今起きた。たぶん…
◯◯。◯◯。って呼んでるよ。でも、痛みが強いから、看護師さんがお薬打ちますか?って。どうする?来る?」
その薬を打ったらもう、
目が覚めないことを半分、理解していた。
ここから走って病院に向かっても
5分以上かかる。
その間、最愛の人が
苦しいのは嫌だと思い
薬をすぐに打ってもらうように
伝えた。
薬を打っても…
また数日したら目がさめるという
気持ちを持っていた。
あの時…
私に何を伝えたかったのか。
本当に私の名前を呼んでいたのか。
私自身…また、酷いことを言われることを恐れていたのではないか。
疲労困憊だった私のその時の判断は、
間違っていなかっただろうか。
あの時に走って駆けつけていたら
どうなっていたのかという思いは
今も残っている。
その数日後、
夫、娘、孫全員、嫁
家族全員が見守る中で
旅立って行った。
何か黒い液体が口から出ていた。
うっすら目を開けていた。
おじいちゃんが
一言ずつ声をかけてやってくれと
言ったので、みんな一言ずつ
声をかけた。
おばあちゃんが黒い液体を口から
流し始めた時…
父がスマホのムービーを
撮り始めた。
父がムービーを必要としていると
判断し、父が撮れない時を
私が撮ってあげようと思い
撮った。本当は、撮りたくなかったが
父のためにと思って撮っていた。
最愛の人が亡くなってから2年後に
この話をし、その時のムービーが
欲しいか聞いたら
父がムービーを撮っていたことの
記憶がないと言った。
母曰く、
ムービーを撮るという行為は
「生きている」感じがするから
死から目をそらし?と言うかな…
生きている感じがして撮ってたんじゃないかなと。
よくわからなかったが、
父がいらないと言ったので消した。
父がいらないなら、撮りたくなかった。
撮りたくなかったよ。撮りたくなかった。
まぁいいか。
私は最愛の人を抱きしめ
「大大大好きだよ。愛してる。」
その一言だけを伝えた。
みんなの言葉を聞きながら
最愛の人は旅立った。
私の妹は看護師なので、
最愛の人の口元やお腹のお掃除を
緩和ケアのナースの方に
教わり行った。
私にはとてもできない。
隣の部屋にみんな移動した。
それから、火葬されるまで
毎日、撫でた。
まるで生きているかのように
声をかけた。
添い寝した。
手を握った。
眠っているように
安らかな顔をしている。
可愛かった。
かなり若返って見えた。
お化粧は私がした。
とてもかわいいお顔になった。
お通夜が終わって
二日目の朝…鬱血していたので
コンシーラーとファンデーションで
綺麗にした。
父は崩れて泣いた。
少年のように大声をだして
おかあさん…おかあさん…と
泣いた。
私は父をひたすら
さすった。
お通夜が終わったその夜
最愛の人の別れた夫に付き合ってもらい
ガバガバビールを飲んだ。
飲まずにはやってられなかったんだね
と母が言ってたが、次の日も
お酒が残っていたので
怒っていた。
でも、父にお酒をたくさん
ついだのは私だった。
最愛の人の希望で
家族葬でやる予定だったのに
みんなを呼んだ。
お花も質素にやる予定だったのに、
盛大にやった。
これでよかったのかと言う父に対して
最愛の人は望んでなかったと思うと
わたしは冷たく言った。
でも、盛大にすると言うことは
理解してたと思うよ。
お父さんを育てたのは
おばあちゃんなんだから。
そう言った。
お通夜の時もお葬式の時も
手をギューーーッと握って
おばあちゃんがいなくなることが
死が…
これから先が…
全てが怖いと思い、
こわい。こわい。こわい。
と言って縮こまってしまった
私をなーくんが、ずっと
抱きしめてくれてた。
大丈夫。俺がいるから。大丈夫。
ずっと声をかけて片時も離れずに
過ごしてくれた。
だから、みんなの前では
毅然とできた。
最愛の人が娘のために作った
喪服を私が着た。
この喪服を娘が着ないので
私がいただいたが、
着る機会はない方がいい。
おばあちゃんとの別れの時
1人ずつ棺の周りを歩き
顔を見てお別れを伝えた。
私は、その場を離れられず
ずっとおばあちゃんの顔を
見つめていた。
なーくんに手を引かれ
おばあちゃんの元を離れた。
おばあちゃんが移動する時…
おばあちゃんの方へ向かって
歩いてしまった。
なーくんが私を引き止める。
引き止めてくれなかったら、
一緒に入ってしまう勢いだった。
おばあちゃんの骨は
やっぱりすごかった。
火葬場のスタッフさんも
ビックリしてた。
頭から足の先まで
そのまま出てきたからだ。
綺麗に。
理科室の骸骨のヤツみたいに。
すごかった。
最後の最後まで
インパクト大。
さすがだった。
それから、おばあちゃんを
失った悲しみをかき消すように
新居探しを始めた。
なーくんの母が風水に
うるさい人だったので
なーくんの母に相談しながら…
なーくんの母が納得する物件は
1つしかなかった。
そういえば、この頃
みーばぁ(夫の養母)の調子を崩し
かずじぃ(夫の養父)も入院し、
サダさん(夫の祖母)は家で生活していた。
私は本家にヘルプに行き、
お料理作ったり、
日中はサダさんの様子を見守ったりと
一週間ほど寝泊まりした。
新居探しやヘルプで、
最後の家族団欒を過ごすことは
なかったが、すごくさみしいってことはなかった。今まで溢れるくらい思い出づくりしてもらったから。
本家ではなく、本家の隣にある
なーくんの実家のなーくんの部屋で
寝ている時…
頭元におばあちゃんが正座しながら
私の頭をなでている夢を見た。
とても生々しい
撫でられている感覚を
今でも覚えている。
とても、優しく温かく
優しいまぶしさ…
おばあちゃんは笑顔だった。
その時…
散々私に酷いことを言っていたけど
私に感謝してくれたんだなって
思えた。
おばあちゃんをなーくん家に
連れて行きたいって言ってたから
その夢もかなった気になった。
夢ってすごいね。
非科学的なものは
信じられないたちだから
自分の願望を夢で見たに過ぎないのだが
この夢ばかりは、
おばあちゃんが来たと
信じ込みたかった。
そして、新婚生活スタート…
実家に割と近いところに住むことになった。
車が交通手段だったなーくんは
徒歩と自転車と電車が
交通手段になった。
仕事の後、大学院も始まった。
毎日学校があって1日でも休むと
資格が取れないかなりシビアな
状態だった。
やっとホッとした私は
心に封じ込めていた
おばあちゃんがいないことへの
悲しみが湧いて来てしまって
泣くことが増えた。
でも、、、
ある日助がうちに来てくれて
喧嘩の毎日だった新婚生活が変わっていき
泣く日がへった。
おじいちゃんも、私の父も母も
助が来てくれて落ち込んでいた気持ちから
じよじょに救われていった。
真っ暗闇にいて何も見えなくなってたけど、
大きな光が突然現れたって感じ。
本当に大きかった。まぶしかった。
生きててよかったと思った。
はやく光の向こうが見たかった。
光に手を伸ばした。
助がうちに来てくれたことで
みんなに生きる意味が生まれたんだよ。
ありがとう。