「余計な事だが一つ聞きたい」と自称「強の弟」のジャウトが言った。

「盗んだ割には食う物や家は粗末なんだが一体何に金使ってるんだ?」

隣の食堂いちじくで食べるのは素うどんばかりなのだ。

 

二階の窓から外を眺めていた茂野鳥強は吸っていたタバコを窓から階下へ捨てた。

通行人が睨んだがニタリと笑った強を見てそそくさと逃げていく。

 

「関係ねぇだろ、子猫ちゃんにはよ」

「そうかい」

「ところでお前、雌猫追っかけてどうするんだ?」

「関係ねぇだろ、犯罪者にはよ」

ジャウトの答えにフフフと笑い、最後に高笑いする強。

 

「俺たち似たもの同士だよな」

「お前さんの血は悪の匂いが濃すぎる。悪い人間の血はヤマネコにとっては毒にもなるんだぜ」

「俺の血が毒?こりゃいいや」と笑いながら強は地図を取り出した。

あちこちが破れた地図には赤い×印と赤い文字で日付が打ってあった。

 

雪代川に近い屋敷に×を書いて2月6日と書き足した。

次はその家が狙われると言う事だろう。

そこは結構な豪邸だった。

 

「ここは難しい。家族が多い」

「爺さん、婆さんの家じゃねえのか?珍しい」

「猫ちゃんのためだよ」と強が小指を立ててニタニタしている。

「まさか・・・」

「俺の情報網に引っ掛かった家だ。もちろんいただけるものはいただくがな」

 

狙われたのは宮元つむぎの家だった。

そこに夜になると大きな猫が出現して走り回っていると言う情報を強の仲間から聞いたのだ。

それがメメだと思っているジャウトも嬉しそうにしている。

「やっとお姫様に会える」

 

満月の夜。

 

つむぎが開けてくれたドアの隙間から猫の姿のミミが抜け出していく。

昼間は出来ないヤマネコ姿で庭を歩くためだ。

ここは外壁には数メートルおきに監視カメラが設置されている。

外壁は高さが2・5メートルあり、外部から中を覗き見ることは不可能だ。

唯一鉄製門扉から一部が見渡せる。

その外壁には細い鉄線が張られていて強く引っ張ると防犯センサーが反応する。

つまり泥棒にとってもっとも侵入しにくい鉄壁の家である。

 

泥棒仲間でもそのことは有名で誰もが侵入を諦めるのだ。

そこに入ろうと言うのだが。

 

夜になるとミミはヤマネコ姿になり庭園の噴水の水を飲んだり庭を静かに歩き回った。

内部には玄関脇にしかカメラは無い。

そこさえ避ければ自由に行動できる広さがある。

ミミは安心して芝生に寝転んでいた。

 

 

ところがその夜は様子が違った。

塀の外の南側、川沿いから続く林があるのだが、そこに現れたのは黒づくめの男と猫一匹。

川沿いは一段低く塀のてっぺんまで3メートルはある。

リュックを背負った男は茂野鳥強。

鋭い目つきの黒っぽい猫はジャウト。

 

「高けぇなぁ。しかも仕掛けがびっしりだ。おい、大丈夫か?」

「下がってろ」

 

猫ジャウトの背中が盛り上がる。

後ずさりする強。

グルルルと低く唸ったジャウトがヤマネコに変身していく。

1・3メートルほどになったが強は目を見張った。

そこからさらに・・・どんどん大きくなっていく。

盛り上がる肩と背中の筋肉。

鋭い爪が伸びる。

「わわ、こいつ!」

ジャウトはなんと4メートルを超える巨体となった。

 

「背中に乗れ」と強の頭の中に言葉を飛ばす。

恐る恐る背中に乗って首にしがみつく。

「振り落とされるなよ」

そう言うとジャウトは一旦塀から遠のいていく。

そして塀に向かい合うと低い姿勢から4,5歩ゆっくり助走をつけた。

「おい、まさか」

 

そこからのジャンプは羽根でも生えているかのようなふんわりとしたものだった。

ふわりと空を切るジャウトは音もなく壁を蹴ってもう一段高く飛ぶ。

あっという間の出来事だった。

監視カメラから一番遠い位置であり、もちろんその跳躍力をして2・5メートルの壁を楽々飛び越えた。

そして着地もふんわりと物音一つ立てず「舞い降りた」。

 

「すげえ!」

「しー!」

「すまねぇ」

 

ジャウトの背からそろりそろりと降りるとそこからは手慣れた動きで屋敷の裏口に回る。

普通なら深夜2時のこの事件は眠りのうちに行われるはずだった。

だがミミはこの異変に気が付いた。

「何かケモノの匂いがする!これはヤマネコ(同族)の匂いだ!」

闇の中を注視するミミ。

 

するとバラ園の間に低い姿勢の光る眼を持つケモノがいた。

大きい!

向こうもミミの存在に気が付いた。

 

強は裏庭に回るとリビングの大きなガラス戸を見つけた。

リュックから吸盤とガラスカッターを持ち出す。

 

「誰?そこにいるのは分かってるんだから」

「ふっ、こんなお屋敷に住んでやがったのか」

「その声は・・・ジャウトね!」

「なぁんだ、妹のほうか。俺はメメを探しているんだ。ガキには用はねぇ」

「あんたなんかにお姉ちゃんの居場所を教えるもんですか」

「相変わらずの跳ねっかえりだな」

ミミが身構える。

 

「ジャウト!あんたとグジャ大臣は絶対許さないんだから!」

「おっと、お嬢ちゃん口の利き方に気をつけな。今はグジャ王とジャウト王子だ」

「何が王だ、王子だ、ふざけんな盗人!」

 

ミミの目が怒りに燃えた。

 

  続く