年末の慌ただしさの中にいつもと違った感じがするのは会社を辞めたからだろう。
例年通りだと年末休みに入るので得意先に挨拶回りをしたり、忘年会や仕事納めでの納会やったり。
今年はそれが無い。
ホッとすると同時に少しだけ寂しい。
「ただいま」
アキトが帰るとメメが玄関で待っている。
メメの頭を撫でてリビングに行くと「おかえりなさい」と朗。
朗は荷物を片付けて出て行く準備をしていた。
「これが新しい住まい兼仕事場です」とメモを渡された。
「へぇ~、お菓子の工場ですか。寮に住むんですね」
「はい、シフト制の仕事なんですがちょっと辺鄙なところなので寮が良いんです」
エアコン、テレビや冷蔵庫も付いているので用意するのは歯磨きセットと着替えぐらいだそうだ。
「頑張ってください」
「はい、色々お世話になりました」
「また会おう」
「はい。ではお元気で」
別れを言い朗は去っていった。
「寂しくなりましたね」
「あぁ。あんな事件に巻き込まれなかったらただの猫好き青年だったな」
「わたしはお友達になりました。また会えたらいいなぁ」
「会えるさ。きっと」
「ねぇ、アキトさん」
メメはあらたまって話しかけてきた。
「わたし、会いたい家族がいるんです。妹のミミです」
「妹さん・・・ヤマネコの?」
「あはは、もちろん」
「どこにいるの?」
アキトには詳しい話をしていなかったので話すことにした。
ヤマネコの王と妃だった父母、そして妹のミミと一族が住んでいる山があります。
それがマタタビ山です。
マタタビ山のヤマネコたちは昔、山の神として人間に恐れられあがめられてきました。
ヤマネコの族長だったご先祖様は人間から赤ん坊の人身御供、つまり生贄を取っていたのです。
「怖い話だね」
ところが族長の家族が赤ん坊を食べずに育てたことがあったそうなのです。
ヤマネコの母、つまり族長の妻に秘かに育てられた赤ん坊の女の子はリリと名付けられ族長の息子エリムの妻となったのです。
「ちょっと待って、ヤマネコの王子が人間の妻を娶ったって訳?」
「そうなんです。ところがこれに激怒したヤマネコの族長は二人を引き離し、リリを監禁してしまいました」
「リリ可哀そう」
「リリが死んだとの嘘を信じたエリムは嘆き悲しんで谷底に身を投げて死んだの」
「え~!なんて悲劇・・・。リリは?」
「山の神様はこの様子をご覧になっていて二人を憐れみました。独りぼっちになったリリにエリムとの間の子どもを授けました」
「それが君たちのご先祖って訳?」
「そうなのです。人とヤマネコの間の子は山の神から与えられた色んな能力も持っています」
不思議な伝説だった。
「その子の能力は子々孫々まで伝わりました。普段のわたしたちはヤマネコの姿ですが人間の血をいただくことで人間にも成れます」
「前に言ってた僕の血を飲んだから僕の思う人間になれる・・・ってことは?」
「きっとわたしの姿はアキトさんの理想の女性なのかもしれません」
じゃあ見せてくれと言ったがメメの答えはノーだった。
「どうして?」
「だって・・・」
アキトさんの理想の女性の姿じゃなかったら、きっとアキトさんはがっかりしてしまう。
「だって何なんだ?」
「嫌なモノは嫌なの!」
プイと横を向く。
話を変えるアキト。
「君の一族は今もマタタビ山にいるの?」
「ヤマネコの国にはヤマネコのグジャ大臣とその息子のジャウトがいるのですが、グジャは王になりたくて父と母を牢に閉じ込めたの。両親は捕まる前にわたしとミミを卵に乗せて川に流したの」
「大変だったんだね。ご両親はじゃあ生きてるんだね?」
「分かりません」
悲しそうに目を伏せるメメ。
「けれど妹はあの川のどこかに流れ着いていることでしょう」
「上手くしたらメメみたいに拾ってくれた人が居るかもしれない」
「だから探したいのです」
「それじゃ、今みたいにテレパシーを妹に飛ばしたら一発で見つかるじゃないか」
「いえ、それがそうもいかないの。言葉は相手が目の前にいるか、発する側と受けようとする側の意思の疎通みたいのが必要なの」
ラジオの周波数のようだ。
「そうか。僕、妹さん探ししてみるよ。猫の時はどんな模様なんだい?」
「わたしと模様は似ていますが、妹の毛色はもっと白っぽい、薄い茶色なんです。色素が薄いので斑紋もうっすらとしか出ていません」
「分かった。流れてきて暮らしているのならまず川沿いを探してみるよ」
メメも探すと言うが博士にバレたら危ない。
アキトが自転車で川沿いを探すことにした。
「お留守番頼むよ」
アキトが留守の間、メメは人間の女の子に変身した。
背中の真ん中ぐらいまで伸びる髪の毛はボサボサで痛んでいる。
「イケてない」
風呂場の鏡を見て改めてがっかりする。
肌の色も少し濃い。
タブタブのスウェットを着てみた。
窓の外を通る女子高生たちの華やかな雰囲気。
ああいう服を着てみたい。
ツヤツヤの髪の毛と輝く肌になってみたい。
そうしたらアキトさん、わたしのこと人間の女の子として見てくれるだろうか?
続く