今日、葉書きの整理をしていたら、数年前にある方から
頂いた葉書きが出てきました。
この葉書きは、私が現在の仕事につこうか迷っていた時に
突然自宅のポストに届いたものです。
差出人は岡田節子さん。
2000年に亡くなった「岡田貴嗣くん」のお母様からのお葉書きです。
皆さんは彼をご存知でしょうか?
重度の心筋症を患い、12年でこの世を去った貴嗣くん。
私が彼を知ったのはアンビリーバボー(TV番組)でした。
番組では、心筋症と戦ってきた彼が二年生の頃、脳梗塞により
体の半分が麻痺、さらに失語症になってしまったというころから
放送されました。
回復を祈るご家族や先生、沢山の人々。
そして、沢山の友達。
彼が喋れるようになったきっかけは
そんなクラスメイトの声が入った一本のテープでした。
毎日テープを聞かせるお母さんが貴嗣くんにジュースを
飲ませていたある日、「もっと飲みたい…」と声を発したのでした。
貴嗣くんは奇跡的に再び学校に通えるようになりました。
そして、その後も彼は「ありがとう」を忘れませんでした。
貴嗣くんはこんな言葉を残しています。
■友だちっていいよ
■ぼくも友だちにやさしくしたい
■そして友だちを大切にしたい
■ありがとうっていうだけじゃなくて
■みんなにお返しがしたい
■誰かの役に立ちたい
■友だちとふれあっているときが一番楽しいね
■友だちのいい面がわかったりしてね
■今まで何の役にも立っていないと思って
■うつになっていたけど
■そんなものがなくなる
■何か大きなものをもらえたような気がした
■やってもらってばっかしだから
■少しは何かやっていかなければと思って
■人の役に立ちたいと思ってたけど
■生き続ければ皆喜んでくれて役に立っている
■人のために何かするんじゃなくて
■生きているだけで役に立っている
(これからどうしようと思ってる?)
■生き続けよう!って思うね
多くの人々の心を揺さぶった彼の言葉は反響を呼び、
その後も貴嗣くんのメッセージが数回放送されました。
しかし、惜しまれながら2000年11月、
貴嗣くんは12歳という生涯を終えます。
どうしようもなく胸が苦しくなりました。
自分が病気でも周りの人への感謝を忘れなかった貴嗣くん、
人の役に立ちたいと頑張った貴嗣くん。
なんでこんなにいい子が死ななければならないんだろう…
最初はくやしい想いだけでした。
しかし、お母様の手記を読み、
彼が12年という限られた時間の中で
私たちに残してくれた大きなメッセージを感じました。
最後まで一生懸命生き、ありがとうを忘れなかった彼の生き方は、私たちが平均80年を通して学ぶことを
急ぎ足の12年で学び、大きなメッセージを残し、天国へ旅立ったのだと思いました。
私は気付くと、貴嗣くんに届けとばかりに
お母様の節子さんにお手紙を書いていました。
そして思いもよらず頂いたお手紙がこちらです。
「お便りありがとうございました。貴嗣のことが少しでもお役に立てたなら、本人もどれ程うれしいでしょうか。ありがとうの一言のすごさは、毎日使ってみると良く分かります。
さらにすごいことは、伝染することです(笑)
五月に彼の一番の親友であった父を亡くしました。その突然の死は『毎日を大切に生きろ』と教えています。」
節子さんのお葉書きは、不思議と私が進む道で悩んでいる時にポストに届きました。
「ありがとう」という言葉は伝染する、まさにその通りの仕事だと
背中を押されたのを今でも覚えています。
私が今日偶然この葉書きを箱から出したのも、
何か意味があるのではと思っています。
貴嗣くんの残してくれたメッセージを今一度心に刻みました。
温かく、切なく、優しい 今日はそんな夜でした。
このブログを偶然にでも読んでくださった皆様も、
何か心に届くものがあればと思います。
毎日を大切に、そして生かされていることに感謝して過ごして頂きたいです。
ありがとうございました。