腰痛で寝たきりになって思うことは、ネガティブなことが多い。
気持ちが伏しているからだろう。
こんな時、家族がいて良かったと心の底から思う。普段は、私が支えてる!という傲慢な気持ちが、私を偉そうにしていたと思う。家事も子育ても、仕事もしている私は、自分1人で回していると思い込んでいた。でも、こうやって寝たきりになると、どうしても周りに助けてもらわざるを得ない。決して肉体的労働のことだけを言ってるのではない。精神的支えも大きい。
ふっと頭によぎったのは、晩年1人で暮らしていた母のことだ。父が亡くなってから弟と2人暮らしだった。どこに行くにも弟が運転手として付き添うことが多かった。その弟も結婚して、実家から離れてしまった。めでたいことではあったけど、母はさぞ寂しかったであろう。私の気持ちも複雑だった。そのまま母と暮らしてくれていれば安心だったが、弟には弟の幸せがある。弟の邪魔されたくないという気持ちと母のかまってほしい2人の気持ちを遠目で見ていたような気がする。そんな母を娘の私は、子育て真っ只中だった為、気に掛ける余裕がなかった。病院にも1人で行き、手術も誰にも告げず、事後報告してきた母。本当は、側にいて欲しかったのではないか。。。と思う。
強くて優しい母が好きだった。でも、それは私が勝手に理想の母親像を押し付けただけで、母の弱さを、救い求める気持ちに目をつむっていた。。。いや、わざと気付かないようにしていたのではないか。。。と涙が出てきた。そのことに気付いた時には、側に母はもういなく。こんな気持ちにやっとなったこと、謝りたくても母はもういなく。母と同じくらいの歳になって気付いたのだから、きっと私の子供たちもそうなのだろうな、と思ったりもする。
結婚に対する夢も憧れもまだなく、今の自由気ままな独身生活を謳歌している娘に、ずっと家に居てもいいよ、と言っていた私。結婚は山あり谷ありで、苦労するくらいなら楽しく生きてほしい、という親心と、勝手な言い分だけど…側にいて支えてほしいという私の自己中な気持ちが、そう言わせた。でも、今はその考えも変わってしまった。将来寂しくないように、家族を作ってほしいと思うようになった。子供たちをこの家に縛り付けてはいけない。家族を作ることの幸せと、いい人がいたら連れてきていいんだよ、ということを落ち着いたら伝えようと思った。
近い将来、娘家族、息子家族に囲まれることも案外イイのかもしれないな。。。