数ヶ月前のこと、訪問看護師さんが

我が家にくる途中の近所で「訪問入浴」を利用している

お宅を見かけたと話したことがあった。

 

「訪問入浴」を利用するという事は、

外に出られない利用者で介護度でいえば

要介護4、5のはず。

そんなお宅が近所にもあるのだなぁと

頭の片隅に残ってた。

 

すると昨日、道ですれ違いざまに知人が

「私も母を引き取ってしばらく自宅で介護して看取ったのよ」

と話しかけてきた。

 

病院に入院すると面会ができなくなるから

家族で相談して最後は引き取って看ることにしたのだそう。

 

私「もしかして、訪問入浴利用してた?」

 

知人「利用してたよ。今は自宅で介護するのに

いろいろしてもらえるのね。初めて利用したけれど

こんなにしてもらえるとは思わなかった」

 

介護は大変だよね。という話ばかり聞くので

こういう話を聞くと素直に嬉しく、

「そうそう利用できるものを利用すると

案外できるでしょ。」って私もうなずく。

 

親族もみな最後のお別れができたので

この選択をしてよかったのと、

自分もいずれこうして利用できることが

わかったのもよかったそうだ。

 

近所で母のような人を車椅子で見かけること

がないので、どんなお宅が「訪問入浴」を使っている

のかと私も謎が解けた。

 

「あなたも無理しないでね」と言われて

無理してるつもりはないのだけれど

適当に息抜きすることを忘れてはいけない。

 

いやもう、この生活を2年半もしていると

すでに適当にするところは適当なのだが、

母との生活は楽しむに限る。

 

どうせ過ごす1日なら

好きなように楽しもんだもん勝ちなのだウインク

 

ここ最近の母は月1回、2泊3日で

ショートステイを利用していました。

 

レスパイト入院(介護者の休憩のための入院)

がコロナ禍で思うように利用できなくて

 

しばらくはこれで落ち着くかなと思っていたのですが

 

日曜日に孫守りしていたら、ショートステイから

電話があって、38度2分の発熱があるとのこと。

 

昨日まで体調変わりなかったし

ここ半年以上熱を出していなかったので

ちょっとあわてました。

 

電話だけではどんな様子か分からないぐすん

 

こんな時に頼りになるのは訪問看護師さんや

訪問医療の先生、看護師さんです。

 

24時間電話で相談可能なので

すぐに電話で相談して発熱時の薬を飲んで

もらうことになったのですが、、

 

その後、明日まで滞在するか、家に帰るか。

 

今は面会もできないし、

夜間看護師さんもショートステイは不在になる。

 

家に連れて帰るにしても

日曜日で送迎が対応できないとか。

 

で、急いで介護タクシーを探して

結局夕方、無事に家に連れて帰ってきました。

 

その間、出かけていた娘が戻ってくるまで

孫みながら、施設、看護師さん、訪問医療の

看護師さんに何度も電話して、介護タクシー探したり。

 

なんか、ちょっと様子が違うなーと

当然思うんでしょうね。

気づけば、孫もとても静かにしてました。

 

お薬を飲んだら、母の熱も下がり

家に帰ってきてからは特にいつもと変わらず。

 

原因はわかりませんが、

母の場合、暑いとか、寒いとか、調子が悪いとか

言葉に出せないから、家との環境の違いを

発熱で知らせたんだろうな。と納得しました。

 

しばらくはショートステイをお休みして

週2回のデイサービスで入浴を利用するのみ

がちょうどいい環境のようです。

 

今回、久しぶりに介護タクシーを

利用して、いざとなっても移動に困らない

ことがわかったのがよかったかな。。

 

それと寝たきりの母の場合、

預かってもらうのも医療体制のある

病院のレスパイト入院の方がいいんだろうな

ということもわかってよかったです。

 

映画「祈り〜サムシンググレートとの対話〜」 

を観た感想を友人がブログに書いていた。

 

読んでいて私が引っかかったのは

今まで宗教と思われていた「祈り」に

 科学のメスが入り始めていて・・・」のところ。

 

 

 

 

 

私は子供の頃、宗教の中で育って

「宗教と科学は一致する」

ってたびたび聞かされていたので

なんとなくその言葉をそのまま信じていた。

 

で、今も私の中では

「祈り」にはパワーがあって

祈り、手を合わせることは

「大切なこと」になっているけど

世の中でその根拠は証明されていないと

思っていた。

 

科学でも証明しようとされていたんだ!!

 

人はどうしようもなくなると

最後は祈るしかなくなるが

日々の生活に「祈り」があれば

自然と感謝の心が湧いてくるもの。

 

日本人には自然と備わっている人が

多い「祈る心」。

 

私が社会人なりたての頃に、

取引先の社長に言われたことを思い出した。

 

「見えない力を信じる人は強い」

 

日曜日の朝、SF勉強会

ストレングスコーチ岩下祐美さんの

「アレンジと指令性」の会に参加しました。

 

 

私は「アレンジ」が上位資質の6番目にあって

使っているはずだけど、日常のどんなところで

活かしているのか?そんな疑問が常々あったので。

 

始まって、まず「アレンジ」を持ってる人はこんな人!

の説明聞いているだけで、そうそうこれ私!!

って納得することばかりでした。

 

よくアレンジは指揮者のような人って

例えられるのですが

複数のことを組み合わせて最高の生産性をあげること

に満足感があります。

ただまとめるのでなく

ゴールにむけていかに効率よく「生産性」があげられるか!!

 

これを死守するためにいろいろな

ピース、パーツ、工程、部品を組み合わせる。

 

全ての要素と資源を

どのように組み合わせたら

最高の生産性を実現できるのかを考えることが好き。

複数の物事を効率的に同時進行で動かしている感覚が快適。
それをより効率的に組み替え続けていくことが楽しい!


環境が変化すること、マルチタスクが好き
これみんな「アレンジ」資質だったんですね。

 

私のTOP5の最上志向、適応性、達成欲は

このアレンジに支えられて、影響を受けて成り立っていること実感!!

 

私は「介護しながらよくできるね」

と、言われることありますが、

毎日決まった一つのことを徹底的にすることが

とても苦手なこと。資質から納得できます

 

 

コーチングをオンラインでゆるく、楽しく、学ぶ
 
アンバサダー(サポーター)として
入っている講座、前回#12の「承認」から
今回13回目の「フィードバック」
相手のやる気を引き出す関わり方についてです。 
 
コーチングのフィードバックとは
今の状態を伝える「情報提供」。
 
フィードバックがアドバイスにならないように
客観的事実や主観的事実を伝えます。
 
・相手の発信に対して気づいたこと
・相手がどのように見えるか伝える(表情・声のトーン)
 
「気づいてない自分の状態を知ってもらうため」
 
 ↓
 
自分では気づかないところを、他の人に言ってもらう
ことで気づくことができる。
 
  ↓
 
人は気づくことで行動を改善できる。
 
 
アドバイスでもなく評価でもなく
ありのままの事実を伝えること。
 
 
コーチングを学ぶ前の私にとって
フィードバックとは
「ミスを指摘されて、再発防止を考えさせられる」
という受け身の認識で、言葉そのものが
好きではありませんでした。
 
コーチングでは概念が全く違うので
それがどのような効果に繋がるのか
講座の受講中はわかりませんでした。
 
この思い込みを外すのには
私の場合時間がかかって
「コーチングを受ける、する、学ぶ」
ことを続けていくうちに
徐々に理解してきました。
 
最近は
「さりげなくフィードバックができるように」
を心がけ意識して使っています。