今回は、前回僕がオリンピックの与える大きな影響の中でも

特に重要であると提示した二つの事項、

主に二つの関係性について詳しく説明をしていこうと思います。


僕が前回オリンピックが与える影響の中でも特に重要であると提示したのは

「健全なナショナリズムの復活」「投資活動(公共投資)の促進」の二つです。



ナショナリズムとはすなわち国民意識のことをいいます。


例えば、サッカー日本代表がW杯で活躍したり、

野球日本代表がWBCで優勝したりすると嬉しいですよね。

こういった感情は自らが日本人であるという

アイデンティティーの下に成り立っています。

(例外はもちろんあるとは思いますが。)


こういった自らが日本人であるため、
日本人の活躍は誇らしいといった考えはナショナリズムの一種です。



そして公共投資とは現在はもちろんのこと、

将来の国民がより良く、また安全な生活をするために行われるものです


政府が公共投資を積極的に行うためには、

国家全体の意識が

「一日本国民として将来の日本国民のため、

国家の繁栄のために投資しよう」といった

ナショナリズムを持たない限り、


将来への投資である側面の大きい公共投資事業は

「無駄遣いをするな。そんなことをして俺たちに何の得があるのか。

建設関係者との癒着だ。」などと批判されがちです。


これは将来への投資であるはずの公共事業が、

目先の利益を優先しようとする国民意識が

蔓延しているために拒絶されているという状況です。



現在の日本は「失われた20年」と言われる

1991年から約20年以上にわたる経済の低迷期にあります。


この二十年間は深刻なデフレーションが改善されぬまま放置されました。

企業や個人事業主はいくらモノやサービスを生産しても

需要、消費意欲の低下により消費者に売れず、

経済成長率は低迷し、

投資意欲やナショナリズムはどんどん失われていきました。



デフレーションとは、需要<供給の状態で、

僕らが普段買っている日用品やサービスの値段(物価)が

全体的に下がり続けていく現象のことを言います。

つまりモノに対して、貨幣の価値が上がっていく状態です。


デフレーションに陥るとモノは売れず不景気になります。

そのため、従業員の給与が減ったり、

リストラや新規雇用の縮小などにより失業率は上昇します。


そうなると国民全体の所得が減るため、

消費を控え、お金を貯めこむようになります。

そして企業はモノの在庫を売るために価格を安くする。

すると国民全体の所得が減少し消費行動を控えモノを買わなくなる。

このデフレーションにより引き起こされる経済の悪循環をデフレスパイラルと呼びます。


しかし、こういった投資意欲の低下やナショナリズムの低迷も

当然かもしれません。

企業がいくら頑張って新製品の開発や大規模なマーケティングに尽力しても、

政府がまともなデフレーション対策を打たず、

国内需要がどんどん低迷していったのですから、

「日本はもう駄目だ。これからはグローバルだ。

国内に投資したところで赤字になるだけだ。」という風潮

ひいては国民意識が形成されていったのも仕方がない部分があります。

国民意識として、自分たちの生活が第一で国家全体の利益や、

将来の日本を考える余裕はなかったでしょう。



そういった国民意識の中、

2009年8月31日に誕生したのが民主党政権です。

民主党政権は「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げ

政権与党の座を勝ち取りました。

これは「将来の国民のための投資はどうでもいい。

現在の国民の利益だけを追求する。」と変換できると思います。



では、「なぜオリンピックが国民意識の改善、

またそれに伴う公共投資を促進させることができるのか。」

「公共投資の増加は日本経済にどういった影響を与えるのか。」は次回、

順を追って説明していこうと思います。




少し遅くなりましたが


2020年 オリンピック・パラリンピック東京開催決定おめでとう!!



今回の招致戦では東京電力福島第一原発の汚染水問題が最終決戦日であるIOC総会の直前に問題になるなど大変な苦戦を強いられましたが、安倍首相が現地に出向いて汚染水問題に政府が責任を持って取り組むことを明言するなどしてIOC委員の懸念を払拭するなど信頼回復に努めました。


また、総理はタイのインラック首相との首脳会談でスーツ左胸につけた五輪招致キャンペーンのピンバッジを外し相手に手渡すなど、直接的な招致活動以外の場である外遊の際などにもアピールを怠っていなかった。

その際インラック首相はバッジを受け取るとその場で自分の胸につけ、ほほ笑み返してきたという。


今回、東京での開催が決定に至ったのは、こういった招致委員や安倍総理などの国家一丸となった懸命な招致活動が大きく実を結んだ結果と言えるでしょう。(トルコのシリア問題による中東情勢の悪化、スペインの若者の失業率が50%という深刻な経済危機を考慮したのも大きな一因ではありますが)。



僕も前日から徹夜でIOC総会の様子をテレビ中継で見ていましたが、IOCのロゲ会長が「TOKYO 2020」の紙を掲げた瞬間には、思わず飛び跳ねてしまいました。


貴重な睡眠時間をオリンピック招致戦の最終決戦に費やせたことに寸分の後悔もありません。とにかく東京開催に向けて尽力した猪瀬都知事や招致委員の太田雄貴選手などの方々に心から感謝するとともに、同じく2020年東京オリンピック開催に歓喜する周囲の人々と喜びを分かち合いたいと思います。

はるきんときBLOG


ところで、今回のオリンピック東京開催の決定は我が国の経済はもちろんあらゆる方面に多大な影響を与えます。それは以前の東京オリンピックが当時大きな影響を持ったことに裏付けられます。


そのあらゆる影響の中でも特に重要であると考えるのは


「健全なナショナリズムの復活」「投資活動の促進」です。


この二つの詳しい説明は、次回書こうと思います。



オリンピックが大好きな方は、また機会がありましたら語り合いましょう。

僕はロンドンオリンピックの際はあまりにものめりこみすぎて、食事や睡眠など最低限生活に必要な時間以外はほとんどオリンピック観戦などオリンピック関連のものに費やしました。全ての生産的活動がオリンピックに搾取されたも同然です。

まあオリンピックを観ることも僕のなかでは生産活動の一種に分類されるのかもしれませんが。

今回は前回言及した現代的無関心とはなにか。また、現代的無関心が引き起こす諸問題について書いていこうと思います。







現代型無関心




…国民が政治を他人事のように捉え、関心を抱かない状態。政治を解する予備知識や学識を持ち合わせていても、自分には関係がないとして参政しようとしない。または、わかりにくい政治を理解しようとしない。




現代型無関心は、アメリカの社会学者であるデイヴィッド・リースマンが政治的無関心を二つに分類したうちの一つである。前回も言及したが、現代の若年層の政治無関心はの問題の本質はここにあるとされる。










若年層の現代型無関心による選挙投票率の低迷


それは、現代社会にどのような影響を与えるのか。










一番大きな影響として揚げられるのが、老年世代の政治影響力の更なる増大である。簡単に言うと、政治が高齢者世代優先の政治と化すということである。










順に説明する。


今の日本は戦後の人口転換によって高齢化社会となっている。2011年の内閣府の調査では65歳以上の高齢者人口は2975万人となり、総人口にしめる割合は23.3%となっている。そして、2013年には24.1%となった。この数値はいずれも過去最高である。毎年、高齢化率は上昇の一途をたどっているということである。






高齢化率の上昇は、老年世代の政治影響力の増大にそのまま繋がる。なぜならば、選挙の投票権のある人口における高齢者人口が増加しているということは、それだけ高齢者の投票が選挙結果に影響を及ぼす割合が大きいということだからである。






そのため、現在の日本は高齢者の政治における意思決定権が強い。これは、そのまま政策に反映され、現在の高齢者世代のための社会福祉支出の増加や将来世代のための施策である教育支出などの減少の一因になっている。




もちろん、社会福祉など高齢世代への支出も重要であるのは言うまでもないが、教育や子育て支援などの将来世代のための投資なくしては国家は成長しない。これからの日本経済を担う優秀な若者が成長しないのである。












この状態が若年層の政治無関心によってさらに深刻化している。若者が投票に行かないことで高齢者以外の投票率の絶対数が減少し、老年世代の政治影響力が更に増加しているのだ。このようなある一定の世代に権力が集中してしまっている状態は、民主主義が健全に機能しているとは言い難く、一刻も早く改善されねばならない。










では、若年層に政治関心を持たせ、選挙投票率をあげるにはどうすればよいのか。






今回は、政治に関心を持たない理由として最も多い「関心をもったところで何もかわらないから」という意見に焦点を当てようと思う。








今の日本国ではこういった「関心を持ったところで何も変わらないから」といった理由で、政治について不勉強になる。そのため、どこの政党、候補者に票をいれていいかわからず、選挙に行かなくなる。その結果、政党や政治家も若者向けの政策を提示しても選挙対策とならないため、若者向けの政策を提示しない。そして若者は自分たちの生活に直結する政策が少ないがために、また政治への関心を失くしていく。




こういった負のスパイラルが日本の若者に定着しているのではないだろうか。








このスパイラルを断ち切るにはどうすればよいのか。


まず、前回言及したが、「何も変わらないから」というのは思い込みであり、実際はそんなことはない。選挙にいくことで政治はかわるのだ。




ではこういった思い込みを若者世代から払拭するということが解決法になる。では解決法とはなにか。






私見ではあるが、やはり一番は教育の徹底であろう。義務教育課程の中の高等教育などの知的水準


が高い段階で政治参加と選挙など基本的な政治教養を必修とし教育するのだ。しかし、これは効果的ではあるとは思うが、実現性は低い。なぜなら、教育支出が低い水準で停滞する中、このような抜本的改革は難しいし政治というデリケートな問題を扱うということで思想の問題なども頻出するであろうからだ。






では、どうすればよいのか。私は、我々市民でこういった状況に危機感を持った識者が、周りの人間一人一人に働きかけていくしかないと思う。政府がいくら選挙参加を呼び掛けようと、政治に関心を失った人々にその声は響かない。そのような人々が話を聞くのは周りの親しい友人や家族なのである。







私もその一員として、若年層にもっと政治への関心を持ってもらえるよう若者の立場からできる限りわかりやすく政策提言や政治解説をしていこうとこのブログを開設したのである。文章力も未熟で、浅学ではあるかもしれないが、気の向いたときに少しでも目を通して頂けると幸いである。