無性別-狭鼻下目ヒト科ヒト属ほぼサピエンス- | ©猫と春風の花慈しみ愛で。心。

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猫たちと暮らす穏やかでささやかな日常。
当たり前だけど、当たり前じゃない、
がかけがえない特別な宝物の瞬間瞬間。
一日一日大切に丁寧に重ねています。
(旧ブログ「神様がくれた宝物2007〜」より)




哺乳綱霊長目真猿亜目狭鼻下目(略)ほぼサピエンス。

無性別化現象。
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私は四人兄妹の末っ子で生まれて。

四つずつ離れた兄が三人の一人娘で長女。

本当はもう一人二歳上の兄がいたそうで、母が妊娠中毒症から出産し、何ヶ月かの短い命を終えて旅立ってしまったそう。

「○」という名の顔も知らない兄。

その兄が生きていたなら、私は生まれなかった。

四人で終わりだったから。

私は顔も知らない兄の代わりに産まれた。

そう考えると、兄ばかりの中で育った環境もあるけれど、無性別みたいな感覚になる。

母は初めての女の子で大層喜び、大切に育ててくれた。

でもたった一人の女の子であるが故に「もっと女の子らしく」が口癖で、小さな子供には毎日呪文のように聴こえた。

今なら一人娘への切なる希望と愛情だと理解できるけれど。

反発と同意。

それの繰り返し。

でも身内で周りに女の子のお手本がいない。

何を持ってして「女の子」というのかがよく判らない。

だから「なんとなく女の子」で育ってしまった。

女性らしくありたいと強く思うけれど未だにその意味がよく判らない。

反発と同意。

女性は苦手。

友達はさばさばした子しかいない。

余程さっぱりした中性的な子しか付き合えない。

性別へのコンプレックスはあまりなく、ただどっちでもいい。

変幻自在な感じ。

バレエが教えてくれた女性らしいしなやかさと、同じバレエが教えてくれた男性的な基礎訓練。

足は常に外側に開いていますので。

体操競技は男性的な感覚もないと技術が伴わない。

様々な要因が重なり、私は性別を超えた人格かなと思うことがあります。

どーでも良かったですね。

女性である時は、多分思い切り女性。




おはようございます。

夕べあれからまた直ぐに眠り。

今朝はいつも通りくらい早くに目覚めまています。

よく眠れる。

とても幸せなことです。

今朝は清々しい青い空。

空気も冷えて良いお天気になりそう。


どうぞ温かくされて、素敵な一日になりますように。





Happy!


春風

ヒールは憧れるけれど苦手。


08:45