昨年9月に三男を出産してから半年。

先日、無事に生後6ヶ月を迎え、ささやかにハーフバースデーをお祝いしました。

一年前の3月は、NIPTを受けていた頃で、

あの頃の不安と緊張を思うと、一年後にこの未来がやってきて本当に良かったと感謝します。

44歳で妊活・妊娠すると、必ずリスクやデメリットを強調されますが、

私の場合は、排卵障害がありながらも、地道なタイミング法で1年3ヶ月で妊活成功し、妊娠経過は順調、出産(予定帝王切開)の大きなトラブルもなく、生まれた三男に問題もなく、至って健康に生後6ヶ月まで育っています。

また、次男の時は腱鞘炎や腰痛に悩まされましたが、2回目の育児で慣れているせいか、今回はそういった痛みとは無縁。

さらに40代のメリットを意識するなら、30代に比べて経済的に安定している分、社会資源をフル活用できるし、精神的にも余裕があるので、「平均・標準・普通」や「承認欲求」に振り回されることなく落ち着いて子育てできています。

以前の記事で書いたように、出産・育児の大変さは、年齢に関係のない、他の要因に左右される部分もとても大きいと感じていて、

 

 

 


ネット上で調べても、育児がしんどい人と平気な人の違いとして、「母親のキャパシティ」だけでなく「子ども側の要因」と「周囲のサポート度」が挙げられています。

もし、タイムマシーンに乗って3年前の自分に会えるとしたら、

「43歳から妊活再開して、授かるまでに少し時間はかかったけど、その後はスーッとうまくいったよ。不安の9割は杞憂に終わったよ」


「年齢によるデメリットはもちろんあるけれど、何歳だってそれぞれにデメリットはあるし、当然年齢に応じたメリットもあるよ」


「育児の大変さは、母親要因以外の部分も大きくて、そこは自分にはコントロールできないからあまり気にしなくていいよ」

…と、声をかけてあげたいです。

ともあれ、個人的に最も大変だと思う最初の半年の怒涛育児を何とか乗り切れたことに安堵の気持ちでいっぱいで、今週は「はー疲れた」と思っても、「あ、もう生後半年を越えたんだから、死に物狂いで頑張らなくていいんだった」と、ホッとする気持ちがセットでついてきます。

年齢で諦めずに、淡々と妊活を続けて本当に良かったと、ぷくぷくした三男の顔を見つめながら思っています。

昨年9月に、3回目の帝王切開で三男を出産しました。

術後の体調不良に加えて、怒涛の二人育児、子ども側の要因(次男の赤ちゃん返り&アレルギー問題、三男の寝ない&泣き続ける)が重なって、昼も夜も休めずストレスMAXな日々。

そのストレスから食に走って、産後も全く痩せず、現在は妊娠前+10kg…

そんな現状を、「よくある普通の産後太り」だと思っていました。

が、どうもおかしい…

なんか変…


例えば、ストレスが減っているはずの夫の休日でもどんどん食べたり、

お腹が空いていないと分かっているのに、食べるのをやめられなかったり…

……

……

そんなおかしさを色々と考えたり調べたりした結果、

自分は「過食症」だろうと行き当たりました。

おそらく私は、産後の体調不良や体型変化のショック、二人育児のしんどさなどを、「もうダメだ、取り返しがつかない」「状況はもう良くならない」などと超ネガティブに捉えて、それを事実だと思い込み…

その悲惨で手遅れな現実(と思い込んでいるもの)に心が耐えきれず、一気に劇的に改善させたくて、「食べる」という間違った対処行動に走っていたんだと思います。


食べると一時的に気を紛らわせられるものの、食べ終わるとまた悲惨で手遅れな現実(と思い込んでいるもの)を直視するハメになるので、また心が耐えきれなくなり、再び食べる…の繰り返し。

他の対処行動を探せば良かったのですが、気が紛れて楽になるのは本当だし、即効性があるし、手軽だしで、いつでもどんな時でも「食べる」一択。

それは+10kgになるわ…と深く頷きました。

もっとも、この対処行動は今に始まったことではなく、振り返ると30年くらい同じパターンです。こんなに体重増加するほど食べ続けなかったので、今までは問題が顕在化しなかったのだと思います

もし私が、本当に「過食症」だとしたら…

……

問題の核は、「食べる」部分ではなく「超ネガティブな捉え方」にある気がしました。

つまり、「しんどい状況で、良くなるには時間がかかる」事態を、「もうダメだ、取り返しがつかない、決して良くならない」などと極端に捉えるクセを自覚して、

そのクセに走りたくなるのをグッとこらえて、

しんどい、疲れた、不安、途方に暮れる…といったネガティブな感覚や感情を、ありのまま感じ続けることが、最も建設的な対処行動のように感じました。

……

現在、10kg太った姿を鏡で見ると「これは誰!?」とかなり落ち込みます。

が、ここまで太らなければ30年続く問題(過食症)に、本気で向き合わなかった気がします。

よりポジティブに捉えるなら、自分の問題を根本解決するためには、人生で一度、ここまで体重増加する必要があったとも言えます。


日々の育児疲れに加えて、激太りの後悔や自責の念まで負うことにはなりましたが…

45歳にして人生を変えるチャンスを手にしたのも事実なので、今日から一日ずつ地道に、超ネガティブな捉え方を見直していこうと思います。

先日、次男が3歳の誕生日を迎えました。

次男を出産してから丸3年…

一日も休まず自宅保育に奮闘し、自分に育児は向いていないと痛感し、自宅保育の選択を何度も後悔し、ほとほと限界を感じながら、何とかここまでこぎつけました。

いよいよ4月から、待ちに待った幼稚園です。

あと1ヶ月半で、気が遠くなるほど長かった自宅保育も終わります。

周りからは、「四六時中一緒にいられるのは今だけだよ」「かわいい時期を楽しんで」とよく言われるし、

実際、自宅保育が終わった後になれば、「あの頃はあの頃で良かった」「もっと楽しんでおけば良かった」と思うのでしょうが、

それは渦中を過ぎた時にしか思えない(過ぎた人にしか言えない)実感であって、

渦中にいる今は、毎日しんどい、大変、限界、どうやって今日一日乗り切るか…というのが紛れもない実感です。


個人的には、「後になってから気づく」は、「渦中にいるその時に気づけば良かった」に無理して繋げなくていい気がしています。

それが無くなってから気づく事柄は、決して悪いことではなく、

その日その日を一生懸命生きている証でもあるし、

後悔もまた味わい深い人生の一要素ではないかと、40代になって思うようになりました。

今は、荒れ狂う大波に呑まれるような怒涛の二人育児の毎日から振り落とされないよう必死でしがみつきながら、

時折ほんの少し訪れる凪の時間に、次男が元気で生きてくれていること、着実に成長してくれていることをそっと喜ぼうと思います。

三つ目に思うのは、【出産・育児の大変さは、年齢に関係のない、他の要因に左右される部分がとても大きい】ということ。

これは、「世間がもっとこの部分を伝えてくれていたら、当時あんなに年齢で悲観的になることはなかったのに」と強く思います。

年齢が関係しない他の要因というのは、例えば、

・出産が何回目か
・自然分娩か帝王切開か
・何人目の子どもか(上の子の育児があるか)
・子どもの性別
・産まれた子どもがよく寝る子か、寝ない子か
・授乳に問題があるか(子どもの飲み具合や乳房トラブルなど…)
・夫がどの程度育児してくれるか
・夫以外にサポートしてくれる人はいるか


…などです。

これらの要因によって、出産や育児の大変さは大きく変動する、というのが率直な感想です。

………

最後にしみじみ思うのは、【最も大変な要素は「3回目の帝王切開×二人育児」だった】ということ。

1回目、2回目は何とかなったものの、やはり3回目の帝王切開は手強かったです(苦笑)

産後の体調回復に時間がかかる上に、腹直筋離開や内臓下垂の程度が大きいため、未だに妊娠後期並のお腹ポッコリが治らず。

また、二人育児のカオスが想像以上で、おまけに次男のアレルギー問題や赤ちゃん返りに尋常じゃなく手がかかり、それらのストレスから食に走ってしまう癖が今回も発動。おかげで出産後も全く痩せず、妊娠前+8kgの体重のまま。

体型も体重も激変してしまい、未だに元に戻せる目処が立っていません。

育児の負担よりも実はこちらの方が、今一番の悩みになっています

………

これらが、40代での出産・育児の大変さについて実感していることです。

ただ、そもそも論として、何歳であっても出産・育児は人生で最も大変なイベントの一つだと思うんです。

夫がよく、「子育てじゃなくて命育て。命を育ててるんだから、めちゃくちゃしんどくて当たり前だよ」と言っている意見に賛同します。

出産・育児は、仕事や家事のように効率化・合理化を図れる部分が少なく、基本的に毎日クタクタのヘトヘトになりながら、泥くさく渦中でもがくものだと感じています。30代と40代では大変さの質が違うだけで、結局のところ大変であることには変わりなく、それこそが出産であり育児ではないかと。

さらには、大変さの程度と、幸せかどうかはまた別の話だと思っています。

夫は、毎日ものすごく大変でしんどいけど、今が人生で一番幸せだと話しています。

ネガティブ思考の私は、「体型と体重さえ元に戻れば幸せなのになぁ…」と思うものの、

もし妊活している時に、「成功したら体型と体重がこうなるけどどうする?」と未来を教えられていたとしても、1ミリの迷いもなく今の道を選びます。

…こうして整理してみると、

「毎日大変だけど幸せ」
「体の激変に悩んでいるけど幸せ」


今の私はそういう状態なのだと気づかされます。

 

40代だから幸せになれるとかなれないとか、そんな抽象的で一面的な議論はあまり現実的ではないんだな…と改めて考えさせられています。

「40代の妊娠・出産・育児は大変なことばかり…」
「デメリットが大きい…」
「もっと若いうちの方がいい…」

妊活中に、そんな意見に触れる機会が多かった私は、40代で子どもを持つと幸せになれないのか?と不安になる事がしばしばありました

では、実際のところどうなのか…

世の中の意見を意識しながら、自分が30代だった頃と比較した時に、40代の出産&育児について思うことが幾つかあります。

………

まず思うのは、【30代よりも40代の方が体力面では劣るけど、それを経済面で補えるので意外とやれる】ということ。

例えば、出産入院では迷わず個室を選択でき、おかげで気兼ねない入院生活を送れました。

夫が仕事の日に、次男と三男を一人で見続ける気力体力はないので、ファミリーサポートやベビーシッターを必要な日に必要なだけ利用しています。

体のメンテナンスで骨盤矯正に行く時も、値段は張るものの良いと思ったところに通うことができています。

もしこれが10年前の自分だったら、電卓を叩きながら予算オーバーな部分は諦めていたので、必要なところにしっかりお金をかけられるのは40代の強みだなぁ、と感じます。(ひとえに夫に感謝)


また、30代であれば体力を存分に使うアウトドア系やアスレチック系に次男を連れて行けるのかもしれませんが、その代わりに、動物園や水族館、キッズパークといった施設の力を借りて遊ぶことができています。

セカンドハウスのある田舎に泊まりに行くと(現在住んでいるのは都市部)、次男は田んぼの畦道を駆けまわったり、虫を見たり、木の枝を振り回すだけで楽しそうで、親が体力を存分に使わなくても、充実した育児ライフが送れています。

………

次に思うのは、【30代よりも40代の方が自分の型ができているから、育児でそれが崩れる負担は大きい。と同時に、その型があるから育児100%の生活が送れる】ということ。

私の場合は、自分が快適に暮らせる型がはっりと出来上がっていて毎日のジョギングとカフェでの潤沢な一人時間は必須でしたし、服や靴にもそれなりのこだわりがありました。

が、次男の育児がスタートしてからのここ3年は、それら全てがかき消えています。今はジョギングする時間なんてどこにもなく、一人時間もほぼゼロ。服は汚れてもいい動きやすい服4着の着回しで、靴は手を使わずに履けるナイキのスニーカーです。

やはり、ジョギングと一人時間が無いことはこたえます。かなりのストレスです。もし10年前だったら、そこまではっきりと型が出来ていなかったので、ある程度柔軟に、今の育児生活を受け入れられた気はします。

一方で、自分の型がある=思春期から続いた自分探しの旅がほぼ終わっているので、30代の頃のように承認欲求に振り回されることも、世間や他者の評価を気にし過ぎることも殆どありません。おかげで周りの影響を受けにくく、ニュートラルに育児100%の生活を送れているのも事実だなと思っています。


(つづく)